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2005年6月28日 (火)

健康診断でうれしかったこと

今日からしばらくは、自分の健康について、書いてみようと思う。

ここに掲載する文章は、実は、勤務先の大学の学内サイト(つまり学内でのみアクセス可能なサイト)で、私の授業を受けている学生向けに開いているサイトに『日々のエッセイ』と題して掲載したものだが、この『研究日記』の話題にもなると思うので、ここに転載することにする。健康は研究を進めていく上でも大変重要なファクターだからである。

以下は、「健康診断でうれしかったこと」と題して6月7日に学内サイトに掲載したものである:

今日、6月7日は健康診断の日だった。例年どおりである。

体力に絶対の自信があるわけではないが、生活習慣病に至るようなことはまずない-という点では、健康だと思っている。タバコは吸わないし、お酒もほとんど飲まないからである。

宴会のときなど、必要なときには多少はビールを飲むが、普段は飲まない。飲むとしたら、ノン・アルコール・ビールぐらいのものである。おまけに肉もほとんどまったく食べない。魚もあんまりだ。野菜・穀類・果物の方が、ずっとずっと好きなのである。

そんなわけで、基本的には健康な方だと思うが、体格や運動体力の方はカラッキシである…。

正確な数値は忘れたが、身長は170cmぐらいで、体重は……51kgぐらいだった。う~む…やはり少しやせすぎか!? 

しかし、驚くなかれ、4年ほど前までは、なんと50kgを割っていたのである…!! それに比べれば、すこしは健康的に肥えられたと思う。日によっては53kgぐらいのときもあるのだが…(でもやっぱりやせすぎか?)

視力は矯正で両眼とも0.9。これはまぁ、こんなものか…。裸眼だと多分、両眼とも0.1ぐらいだと思う。

そんなわけだから、今やもう、高校生から大学生のときのように、サッカーを思い切って出来るような体ではなくなってしまった。これはもう36歳にもなったことだし、今生ではもうサッカーを自由自在にプレイすることは、あきらめることにしよう。

しかし、仕事を地道に末永く続けていけるのに充分な健康は、ぜひとも維持し続けたいものである。この仕事が好きだからだ。

そういう点では、大変満足な結果だった。尿検査でも特に問題はなかったようだし、何よりも、内科検診のときのお医者さんのお言葉に感激したのである。

今回のお医者さんは面白い人だった。

いつもなら、無言で診察されるのだが、今回の先生は違った。ちょうど電車の駅で駅員さんが声を出しながら指差し確認するのと同じような感じで、ひとつひとつ、小声ではあったが、声を出して確認してゆかれるのである。「瞳孔反応ヨシ、口内の殺菌能力ヨシ、味覚障害もナシ…」といった具合だ。おかげで、あの動作でいつも何を診察しておられたのかが大変よく分かった。

そして何よりも一番うれしかったのが、血圧と肺臓の正常さを褒められたことだ。そう、お医者さんから褒められたのである!!

どう褒められたのかというと、このお医者さんに言わせると、私の体のエネルギー効率は大変よく、たとえるなら、あの“ハイブリッド・カー”のように燃費が大変いいのだそうである。

ちなみに、血圧は、最高106、最低60であった。

そして何よりも、聴診器から聞こえる肺臓の中の呼吸音が、なんと「キレイ」だというのである!

それも“野原を吹くさわやかな風のように”
キレイな音が…!!

そう、今回の内科検診のお医者さんは、大変褒め上手で、しかもロマンチストだったのだ。

そんなわけで、私は大変上機嫌に健康診断を終えたのであった。ありがたや、ありがたや…。

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2005年6月20日 (月)

気になる南北問題

実をいうと、以前から南北問題が非常に気になっている。経済格差があまりにも巨大だからだ。

色々な指標があるようだが、ここでは簡単なものを一つだけ挙げておこう。有名な『世界がもし100人の村だったら』(マガジンハウス、2001年)によると、現在、世界の人口の20%を占めるにすぎない先進国の人たちが、世界のエネルギー消費の80%も占めているという。

このエネルギー消費の大半はもちろん石油などの化石燃料の使用である。そしてその化石燃料の大量消費が地球温暖化による海面上昇をもたらし、温室効果ガスをほとんど排出していない途上国たる南太平洋の国々が、国土が水没するという形で、その影響を被っているとすれば、これほど不公平なことはないだろう。人間の経済活動と地球温暖化・海面上昇との間での因果関係はまだ科学的には厳密に立証されていないとはいえ、その可能性はきわめて高いと考えておいた方がよいだろう(神保哲生『ツバル――地球温暖化に沈む国』春秋社、2004年を参照)。

少し話が地球温暖化・海面上昇の問題に逸れてしまったが、世界の貧困問題についても、それと同じような不公平感が蔓延してはいないか――ということが、大変気になるのである。

周知のように、ハイエク自身が南北問題に関して直接述べた見解は、「先進国に途上国を支援する義務などない」という、いささか挑発的なものだった(『F・A・ハイエク 「あすを語る」 新自由主義とは何か』東京新聞出版局、1977年、49-52頁)。その背後にあったハイエクの主張の要点は、要するに、途上国の経済的自立こそが大切であって、南北間での、自立を妨げる支援や富の再分配は、かえって貧困の解消を遅らせるだけだ――ということだった。

たしかに、このハイエクの一見冷たい主張には、傾聴すべき点が含まれているだろう。先進国による支援は、ともすると一時しのぎに終わってしまって、途上国の経済的な自立をかえって促さないことがあるからだ。

それに、そもそも途上国それ自体にも、貧困の責任がある。というのも、途上国内での貧富の格差は先進国以上に大きいが、その主な原因は、一握りの者だけが特権的に土地を所有するという、土地所有上の不平等にあると言われているからである(加茂利男ほか『新版 現代政治学』有斐閣、2003年、215頁)。

だとすれば、ただたんに先進国がむやみに支援したからといって、問題が解決するものではないだろう。その点で、ハイエクのメッセージは、傾聴に値するといわねばなるまい。

しかしながら、われわれは、このハイエクの主張を、南北問題に関して直接に言及したものだけを取り出して、それを文字通り現代の世界情勢に当てはめて考えてもよいのだろうか?私にはどうしてそうは思えない。なぜなら、現代の世界のありさまは、ハイエクの思想体系が思い描いていた理想像とは異なるものだからである。すなわち、現代のグローバリゼーションは、ハイエクの言う市場秩序、“extended order”とは似て非なるものだと思われるからである。

それでは一体、われわれは現代の南北問題を考えるに際して、ハイエクをどのように解釈すべきなのだろうか?――これが私の気になって仕方のない論点なのである。

すぐに答えを出せるとは限らないが、これからもこの問題を考えつつ、考えが熟してきたら、この研究日記上に書き綴っていきつつ、自分の考えを形にしていきたいと思う。

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2005年6月17日 (金)

サマータイムのつもりで

今日からサマータイムのつもりで早起きすることにした。朝の時間を活用するのにちょうどよいと思ったからだ。

きっかけは、6月12日の産経新聞に載っていた「しんぶん副読本 サマータイム効果は?」と題された記事を目にしたことだった。

周知の方も多いと思うが、サマータイムというのは、「日の出時刻が早くなる4-10月に時計の針を1時間進める」というやり方だ。朝早くから充分に明るいのだから、たとえば今の日本で午前6時となっているのを、午前5時と考えるのである。

同記事によると、この制度は現在、世界70ヵ国以上で導入されていて、経済開発協力機構(OECD)に加盟する30ヵ国の中では、日本と韓国、それに夏場は白夜となるため導入の必要がないアイスランド以外では、すべての国で実施しているという。

たしかに、午前5時の夏空はもう冬空の午前6時のように明るいから、たとえば夏の午前5時を「午前6時」と考えてしまえ-ということだろう。冬の午前5時だと空はまだ真っ暗だが、夏の午前5時ならもう充分に明るいから、それを「午前6時」と考えるということには、たしかに一理あると思う。

また、同記事によると、日没が1時間遅くなる分、照明の点灯時間を遅くすることができるから、朝夕の照明時間や冷房費などを節約でき、省エネ対策にもつながるとも言われているそうだ。

実を言うと、以上のようなサマータイムの効用について、上記の新聞記事に出会うまでは、私もあまり深く考えたことはなかった。去年の夏、米国ソルトレークシティで行われたモンペルラン協会(The Mont Pelerin Society)の世界大会に参加したが、そのときに時計を合わせる必要上、「時計の針を1時間進めるというやり方らしい」ということを単に知っていただけである。

しかし、よくよく考えてみると、この研究日記上で「私の研究時間帯」と題して以前に書いたように、早朝の時間を少しでも有効に活用したいと思っている私のような人間には、このサマータイムのやり方が大変便利であることに気がついた。たとえば今の午前4時を「午前5時」と考えると、その時間に起床することが、心理的にずっとラクになるだろう。また、たとえば今の午後9時を「午後10時」と考えることによって、「早く就寝しよう」と思うこともできるに違いない。

要するに、早寝早起きがより一層しやすくなると思うのである。

とはいえ、日本でそれが今すぐ導入されるかどうかは分からない。省エネの観点から、いま改めて注目を集めつつあるらしいが、反対の人も少なくはないようだ。

同記事によると、賛否の割合は、環境省の調べで、「賛成」13.5%、「条件が整備されれば賛成」46.2%、「反対」20%、「分からない」20%というものらしい。

「過半数が賛成だから、ほどなく導入されるはずだ」と考えることもできるかもしれないが、反対20%というのは決して少なくはない割合だ。この反対派が熱心に、強力に反対し、その一方で割合の上では過半数の賛成派がその熱心さでは劣るということになったならば、政治の世界では逆に「反対」という結論に落ち着くということもありうるだろう。

しかしながら、制度的に導入されるまで待つには及ばない。まずは自分個人として行動すればよいのだ。実際に今日は、授業の準備の必要上、ためしに午前4時半に起床してみたが、外は充分に「午前5時半」のように明るかった。夏の朝はほんのり涼しくて、本当に爽やかだ。鳥もすでにさえずっていた。文字通り、“The early bird catches the worm.” ――「早起きは三文の得」――というわけである。

そんなわけで、これからは“サマータイム”のつもりで、毎日の生活を送ってみようと思う。はたしてこれが続くのかどうか、その結果や如何に……これについては、また後日報告することにしよう(楽しみにしていて下さい!?)。

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2005年6月 8日 (水)

JR脱線事故は民営化のせい?(2・完)

527日の産経新聞では、あるJR西の幹部の指摘として、次のような言葉を伝えていた:

われわれは、民間企業の何たるかを知らずに「真の民間企業になる」との目標を掲げていた。どこかにひずみが生じていたんでしょう。

確かにJR西には他のJR各社に比べて不利な条件があったという。それは、周知のように、赤字ローカル線の比率の大きさである。これはまさに、国鉄時代の政治的な“我田引鉄”の産物、まさに“政府の失敗”による「負の遺産」と言うべきであろう。その点では気の毒であったという他ない。

しかしながら、「真の民間企業になる」のであれば、やはりそれは赤字路線の整理を断行するほかないだろう。たしかにそれは「痛み」を伴うだろうが、それこそが、われわれの引き受けねばならない市場経済の常なのである。

たしかに鉄道は公益性も兼ね備えた事業だから、他の民間事業と全く同日に論ずることはできないかもしれないが、交通機関ということであれば、当然バスもあるはずである。それを無理に維持し、その穴埋めを京阪神の利益で無理やり行おうとしたところに、今回の脱線事故の要因があるのだから、やはりそれは、あまりにも性急な運転士育成と並んで、民営事業のイロハをおろそかにした結果だと言わざるを得まい。

とはいえ、たしかに、JRには、他の私鉄にはない、もう一つの不利な初期条件――それも非常に重大なそれ――があったらしい。それは、「狭いレール」である。


5
30日の産経新聞の「複眼鏡」と題された、ジャーナリストの武田徹氏の論説によると、日本の鉄道は1067ミリメートルの軌道幅(二本のレールの間の幅)を採用してスタートを切ったが、これは国際標準の軌道幅1435ミリメートルよりも狭いことから、鉄道技術の世界では「狭軌」と呼ばれているという。

日本の鉄道が狭軌を採用したのは、鉄道に関する知識が明治政府の要人に乏しく、「日本は国土が狭いから軌道幅も狭くて良い」と根拠なく考えたからだと伝えられている――というのである!

武田徹氏はまた、次のように述べている:

関西ではJRと私鉄が並行して走る路線が多く、熾烈な競争が繰り広げられているが、JR在来線は狭軌、私鉄の多くは標準軌なのだ。つまり、その戦いは骨格で劣るJRが偉丈夫の私鉄に挑むようなもの。JRは初めからハンディを負っていた。

不利な狭軌道の上で早く走らせるために一層の車両の軽量化が求められた。しかし、クーラーは快適性確保に必要なので屋根の上に重い空調機器を載せる。結果として車両の重心位置は高くなる。

武田氏によると、近代日本史には、「改主建従」と、その逆の「建主改従」が盛んに政策論争されていた歴史があったという。


前者は、狭軌のままでは輸送力増強がかなわないとして、新規建設の手を休めてでも軌道幅を「標準軌」化すべきだという意見で、後者は、鉄道建設を望む地方の人々の声に応えることこそ重要として(またもや政治的な“我田引鉄”!)、改軌より新線建設を急ぐべしという意見である。


そして結局大勢を占めるにいたったのは後者であり、それが戦後に引き継がれて、旧国鉄から
JRに変わっても、依然として在来線はすべて狭軌のままだったというのである。その代わり、「改主建従」論は私鉄によって実践されていったという。

武田氏の結論は、もう一度この「改主建従」論を見直すべきであり、「不幸な結果を導かない民営化の在り方を検討する必要もあるだろう」というものであった。

私も、この武田氏の意見に賛成である。氏の意見は民営化そのものへの反対ではない。そうではなく、あくまでも「不幸な結果を招かない」民営化のあり方を検討すべしという意見であり、私も全く同感である。

そういう意味では、あの国鉄民営化は、あまりにも一気にやりすぎたのかもしれない。あれはきわめて政治的な争点だった。


しかしながら、なぜそんなにまで性急な、「改主建従」論をおろそかにしたままの民営化が政治的に断行されたのかと言えば、それは、国鉄の利害関係者が“鉄の三角同盟”をガッチリと組んで、「親方日の丸」のもと既得権益に執着し、頑なに抵抗していたからだったと言えまいか。だからこそ、それを打破しようとするあまり、民営化推進派の方も、稚拙な分割民営化に走ってしまったのではないか?

要するに、分割民営化をめぐる推進派と反対派の双方ともに、あまりにも“政治的”すぎたのである。


したがって、二度とこのような悲惨な結果を招かない民間企業へと脱皮していくためには、ぜひともJR西日本には、国鉄時代から引きずっていたその政治性をさらりと捨て去り、鉄道事業の基本をおろそかにしない「真の民間企業」へと成長していってもらいたい。さもなければ、JR西日本の未来はないからである。

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JR脱線事故は民営化のせい?(1)

あのJR福知山線の脱線事故から1ヶ月余り経った。あれ以来、私なりに新聞記事を収集し、あの事故の原因がどこにあったのかに関する分析に注意してきたが、どうもあの事故の原因を民営化そのものに求める議論もあるらしい。

しかしながら、私にはそう思えない。むしろ、民営化それ自体というよりも、基本を疎かにした民営化によるものだと思われるのである。

このトピックは、一個人としても無視しえない関心事だが、政府の役割を一定程度認めつつも「できるだけ市場に任せるべし」という立場をとっていたハイエクを研究している者としても、黙ってみているわけにはいかない論点だと思うので、今日はこの点について、私見を述べてみたい。

たしかに、民営化後にJR西運転士の勤務が過酷になったという事実はあるらしい。2005522日の産経新聞によると、「JR西日本が国鉄分割民営化前に比べ、運転士の勤務時間を1日30分増やす一方で、乗務の合間の休憩時間を減らしていたことが21日、複数の運転士の話で分かった」という。

また、懲罰的な性格が強かったと言われている、例の悪名高き“日勤教育”が現在のような形で行われるようになったのは、530日の産経新聞によると、昭和624月の国鉄分割民営化後のことだという。同記事はまた、「脱線した快速電車を運転していた高見隆二郎(23)=死亡=も、事故当日のオーバーランやダイヤの遅れのため、運転士になって二回目となる日勤教育を受けることを恐れ、無謀な高速運転につながった可能性があると指摘されている」とも述べている。

要するに、運転士の勤務が過酷になったのも日勤教育も、いずれも民営化後に起こったことである。だとすると、今回の脱線事故の原因(あるいは遠因)は民営化のせいなのだろうか?


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16日の産経新聞「論説委員室から」によると、「中には民営化そのものに遡って問題視する短絡的批判もあり、首をかしげたくなる見解も少なくない」とある。私自身はこのような見解に直接出会ったわけではないが、全国紙の論説委員が言うのだから、今回の脱線事故の原因として民営化そのものを挙げる議論が実際にあるのだろう。しかし、はたして本当にそうだろうか?

ここで注意したいのが、私鉄の運転士育成の状況である。上記の5月30日産経新聞の記事はまた、この点に関して、次のようにも伝えていた:

 競争相手となる私鉄では、新入社員が運転士になるまで、阪急電鉄、阪神電鉄では最低五年、京阪電鉄は『入社後十年は必要』(広報担当者)だ。飛行機の機長と同様に、各社とも列車運行の重責を担う運転士の登用に慎重を期している。
 それに比べて、JR西の運転士の若さは際立っており、関係者にも『JR西の運転士は促成栽培の感は否めない』との批判があるほどだ。

だとするならば、JR西は、むしろおよそ鉄道事業者として踏まえるべき運転士育成上の基本をきわめて疎かにしていたと言わざるを得まい。〔続く〕

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