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2005年6月20日 (月)

気になる南北問題

実をいうと、以前から南北問題が非常に気になっている。経済格差があまりにも巨大だからだ。

色々な指標があるようだが、ここでは簡単なものを一つだけ挙げておこう。有名な『世界がもし100人の村だったら』(マガジンハウス、2001年)によると、現在、世界の人口の20%を占めるにすぎない先進国の人たちが、世界のエネルギー消費の80%も占めているという。

このエネルギー消費の大半はもちろん石油などの化石燃料の使用である。そしてその化石燃料の大量消費が地球温暖化による海面上昇をもたらし、温室効果ガスをほとんど排出していない途上国たる南太平洋の国々が、国土が水没するという形で、その影響を被っているとすれば、これほど不公平なことはないだろう。人間の経済活動と地球温暖化・海面上昇との間での因果関係はまだ科学的には厳密に立証されていないとはいえ、その可能性はきわめて高いと考えておいた方がよいだろう(神保哲生『ツバル――地球温暖化に沈む国』春秋社、2004年を参照)。

少し話が地球温暖化・海面上昇の問題に逸れてしまったが、世界の貧困問題についても、それと同じような不公平感が蔓延してはいないか――ということが、大変気になるのである。

周知のように、ハイエク自身が南北問題に関して直接述べた見解は、「先進国に途上国を支援する義務などない」という、いささか挑発的なものだった(『F・A・ハイエク 「あすを語る」 新自由主義とは何か』東京新聞出版局、1977年、49-52頁)。その背後にあったハイエクの主張の要点は、要するに、途上国の経済的自立こそが大切であって、南北間での、自立を妨げる支援や富の再分配は、かえって貧困の解消を遅らせるだけだ――ということだった。

たしかに、このハイエクの一見冷たい主張には、傾聴すべき点が含まれているだろう。先進国による支援は、ともすると一時しのぎに終わってしまって、途上国の経済的な自立をかえって促さないことがあるからだ。

それに、そもそも途上国それ自体にも、貧困の責任がある。というのも、途上国内での貧富の格差は先進国以上に大きいが、その主な原因は、一握りの者だけが特権的に土地を所有するという、土地所有上の不平等にあると言われているからである(加茂利男ほか『新版 現代政治学』有斐閣、2003年、215頁)。

だとすれば、ただたんに先進国がむやみに支援したからといって、問題が解決するものではないだろう。その点で、ハイエクのメッセージは、傾聴に値するといわねばなるまい。

しかしながら、われわれは、このハイエクの主張を、南北問題に関して直接に言及したものだけを取り出して、それを文字通り現代の世界情勢に当てはめて考えてもよいのだろうか?私にはどうしてそうは思えない。なぜなら、現代の世界のありさまは、ハイエクの思想体系が思い描いていた理想像とは異なるものだからである。すなわち、現代のグローバリゼーションは、ハイエクの言う市場秩序、“extended order”とは似て非なるものだと思われるからである。

それでは一体、われわれは現代の南北問題を考えるに際して、ハイエクをどのように解釈すべきなのだろうか?――これが私の気になって仕方のない論点なのである。

すぐに答えを出せるとは限らないが、これからもこの問題を考えつつ、考えが熟してきたら、この研究日記上に書き綴っていきつつ、自分の考えを形にしていきたいと思う。

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コメント

直接は関係のないTBで申し訳ありません。こちらのブログを見て、南北問題を新自由主義から論じているのが新鮮に感じました。とかく途上国の開発問題に取り組む人の間で「陰謀理論」がはびこっている実態に辟易していたので。

私のブログは親米、タカ派、自由帝国主義を標榜しています。自身のホームページと英語版のブログにもリンクさせています。もしよろしければ、今後も何かとコメント頂ければ幸いです。

最近の国際政治に関するブログでは、中国と韓国への感情的な誹謗中傷が目立つので、一人でも多くの良識あるブロッガーとコメントを交わしてゆければ幸いです。

PS:TB記事も少しはこの記事に関係あるでしょうか?

投稿: 舎 亜歴 | 2005年6月20日 (月) 15時51分

舎亜歴さん、コメントとトラックバックをありがとうございました。

舎さんのブログと私のブログが、そのテーマにおいてどこまで重なり合うかは私には分かりませんが、南北問題は従来からマルクス主義の人たちが活発に議論を展開していた分野の一つなので(従属理論や世界システム論)、途上国自身の持つ問題を棚にあげて先進資本主義諸国にのみ責任を負わせようとする議論には賛成できない-という点においては、スタンスが共通していると言うことはできると思います。

にもかかわらず、私がなぜ南北問題を気にしているかといいますと、その大きな理由の一つは、故・高坂正堯・元京都大学教授(国際政治)が、その著『国際政治-恐怖と希望』(中公新書、1966年)第2章Ⅲで、「経済交流が平和を生み出すという〔自由貿易論の〕考えに対する最大の挑戦は、南北問題、すなわち先進諸国と発展途上国のあいだの巨大な富の差の存在である」と指摘されていたからです(同書106ページ)。

先進諸国がこの問題に無頓着でいることは、かえって途上国の不公平感をさらにかきたてるだけになることを、懸念しています。

実際、今月開かれているG8ではアフリカへの支援について協議がされたようですが、支援のみならず、貿易障壁についても、例のごとく、これからも大きな問題となっていくことでしょう。

グローバリゼーションの擁護論者として有名な経済学者バグワティ氏は、その著『グローバリゼーションを擁護する』(日本経済新聞社、2005年[原著2004年])において、「貧困国の保護関税は平均して富裕国のそれよりもずっと高い」と指摘し、国際機関や富裕国が自由化の推進を謳っていながら、その裏で自国産業の保護政策を行なっているのは偽善であり、ダブルスタンダードだ-という主張を「勝手な思い込み」として退けています(同書20ページ)。

貧困国の保護関税が富裕国のそれよりもずっと高いという氏の指摘は傾聴に値するものだと思いますし、それにご承知のように、途上国内には政治的な腐敗が蔓延していることが多いことも深刻な問題だと思います。

とはいえ、先進国が依然として、農業をはじめとした自国の産業を保護していることも事実であって、それが途上国の不公平感を掻き立てていることも間違いないと思いますので、やはり先進国がいかに南北問題に取り組むかという問題は、非常に重要だと思っています。

以上、コメントが大変長くなってしまい、失礼致しました。

投稿: 山中 | 2005年6月22日 (水) 16時28分

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