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2005年7月 6日 (水)

スティグリッツとバグワティのグローバリゼーション論(3・完)

スティグリッツ氏(ス氏)はグローバリズムを「世界にとって不幸なものにした」元凶をIMFと米国財務省に求めているが、バグワティ氏(バ氏)の方もグローバリゼーションの本当の顔とは異なる「その他の側面」として、(国境を越える人の移動と共に)「無謀な国際金融資本主義の危険性」をあげ、よく使われる“ウォール街=財務省複合体”という言い回しにバ氏は言及している。

IMFを含めるか否かの違いはあれ、両者ともに米国務省の行動を問題視し、国際金融資本の地球大での膨大な投機行動に、グローバリゼーションの負の側面を認めているのである。ス氏は言うまでもないが、バ氏でさえ、「肝心なのは最大ではなく最適の速さ」として、自由貿易体制への移行期に際して、途上国に最適ではなく最大の速さを不当に要求する“ウォール街=財務省複合体”の強大な政治的影響力とその奥に控える富裕国の圧力団体を、辛辣に批判していた(397頁)。

また、途上国が保護貿易から自由貿易へと転換する際に、たしかにバ氏はス氏ほどには失業率増大の危機について悲観的ではないものの、それと同時にバ氏は、国際競争によって打撃を受けた労働者や業界に調整支援を行なう必要性を力説している(『擁護する』355-364頁)。

それに何よりも重要なのは、両者ともに、現在のグローバリゼーションの最大の問題点をグローバル・ガヴァナンスの欠如、すなわちグローバリゼーションが世界大での粗暴な自由放任主義に成り下がっている点に求めていることである。ス氏は『正体』においてそれを「世界政府のない世界統括」と表現しているが(『正体』39-44頁)、バ氏でさえ『擁護する』の第4部のタイトルを「適切なガバナンス-よりよいグローバリゼーションのために」とし、「グローバリゼーションは放っておいて最大の効果を発揮するわけではない。〔中略〕グローバリゼーションは適切に管理してこそ、よりいっそうの効果を生むのである」と主張して、そのための方策を詳しく論じていたのである(『擁護する』339-397頁)。

このように、この二人の一流の経済学者が、多少スタンスを異にしつつも、現在のグローバリゼーションの最大の問題点を、要するにそれが世界大での粗暴な自由放任主義に陥っている点に求めていたことの意味は非常に大きいと思われる。

それはまた、ハイエクの残したメッセージを21世紀のわれわれがどのように受け止めるべきかという私自身の研究課題にも大変に大きな意味をもつだろうと思う。というのも、自生的秩序論で有名なハイエクではあるが、それは言うまでもなく、ハイエク自身も強調していたように、決して無責任な自由放任主義ではなかったからである。

そういう意味で、スティグリッツ氏とバグワティ氏という、いずれも一流の経済学者が、グローバリゼーションの本来の姿を人々にとって有益なものとしつつも、現在のグローバリゼーションの問題点について共通の認識を実は持っているということは、筆者のハイエク研究にとっても、非常に大きな意味をもつことになるだろうと思う。

ここでスティグリッツ氏とバグワティ氏のグローバリゼーション論についての(簡単な)比較を終え、そこから得られた結論――現在のグローバリゼーションは世界大での自由放任主義――を踏まえつつ、ハイエク的観点から現在のグローバリゼーションをどのように考えるべきかについて、いずれまた機会を改めて論じてみることにしたい。

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コメント

今後も楽しみにしています。

投稿: 舎 亜歴 | 2005年7月 9日 (土) 13時15分

ありがとうございます。

投稿: 山中 | 2005年7月14日 (木) 12時40分

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