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2005年7月24日 (日)

ロンドンのテロをめぐって:宗教テロは“自由からの逃走”か?

本欄に721日付で「博士論文執筆再開」を書いた途端に、またもやロンドンで爆破事件が起こった。それに引き続き、昨日723日にはエジプトでテロである。「しばらく現実の動きから一歩身を引いて執筆に専念しようか…」と思っていた矢先のことだった。いやが応でも、「なぜこれほどまでに宗教テロが頻発するのか?」という問いが、またもやむくむくと湧き起こってこざるを得ない。

この『研究日記』で「国際テロとグローバリゼーションをめぐって」と題して書いたときには、昨今のテロの原因を、経済的に欧米と肩を並べたいにもかかわらずそれが叶わないことに対する苛立ちに求めた。

しかし、そのような経済的要因だけではなく、それとはまた別の要因にも目を向けなければならないのではないか-と思うようになってきた。それは、「自由という価値そのものに孕む問題性」という要因である。

私が購読している英字新聞はInternational Herald TribuneIHT)であるが(より正確には『ヘラルド朝日』と言って、朝日新聞の英語版が合わさったものだ。ちなみに日本語の新聞は産経を購読している)、私が自由という価値の問題性にも注目すべきだと思うようになったのは、720日付IHTに掲載された論説を読んでのことである。

私の目を引いたのは、ロジャー・コーエン氏(Roger Cohen)によるものであった。タイトルは A deadly idea defies any simple doctrines である。“a deadly idea というのは、自爆テロを促すイスラム原理主義のことであるが、それをうまく説明できない単純な教義として氏が指しているのは、イスラムのテロリズムの原因を〔テロを働くことになる者たちが〕抑圧や排除を受けてきたこと、すなわち自由の欠如による絶望の産物とみなし、テロをなくすための解決策をそのような国々に〔欧米的な〕自由を広げることに求めようとする考え方のことを指している。

この考え方は米ブッシュ大統領や英ブレア首相が抱いているものであるが、コーエン氏に言わせると、今回のロンドンのテロは、その考え方によってはうまく説明できない。なぜなら、今回のロンドンのテロの実行犯が住んでいたイギリスの都市リーズLeedsは、決して自由を知らない都市ではなかったからだ。また、9・11の実行犯モハマド・アタにしても、ドイツのハンブルグに10年間住んでおり、そのハンブルグも自由を知らない都市ではなかったのである。

今日(7/24)午後610分より放映されたNHKの「海外ネットワーク」を見たが、たしかに彼らは自由な生活を送っていたようである。この番組では、ロンドンのテロの実行犯となった四人の青年のうち、パキスタン系のイギリス人青年二人のリーズでの生活ぶりについて伝えていた。モハンマド・シディック・カーン(30)は、リーズの小学校で補助教員をしていたという。教えられていた小学生の一人は「いい先生だったよ」と言い、ある女性(教え子の母親だったのか、あるいは同じ学校の同僚教師あるいは事務職員だったのか、それとも近所の住民なのかは分からないが)は、「カーン先生があのテロに関わっていたなんて信じられない」とインタビュアーに答えていた。

もう一人の青年シャハサド・タンウィール(22)の親は飲食店を経営していた。看板にはSouth Leeds Fisheriesと書いてある。店内の様子を映した映像で見たところ、明らかにそれは、欧米社会によくあるファースト・フードの店構えであった。ただし、Fisheriesと書いてあるところを見ると、イスラムでタブーとされる豚肉はもちろんのこと、牛肉でも鶏肉でもなく、魚肉を出していたのだろうか。そうすることで、イスラムとしてのアイデンティティを保持しようとしていたのかもしれない。しかしながら、その店構え自体は、明らかに欧米的なファースト・フード店そのものであった。いずれにせよ、その父の店で時々親の手伝いをして働いていたというタンウィールはお客に笑顔で接し、同店で働いていた従業員の話によると、助けを求められればいつでもその手助けをしていたらしい。友人の話では、クリケット好きのごく普通の青年だったという。言うまでもなく、クリケットはまさにイギリスのスポーツである。

彼らは地元のモスクに併設されたスポーツ・ジムで知り合ったらしい。小学校の補助教員だったカーンがそこでトレーナーとしても働いており、タンウィールともう一人のパキスタン系イギリス人の青年(18)とがそのジムに通っていて、今回の実行犯四人のうち、ジャマイカ系イギリス人の青年(19)を除いた、パキスタン系の青年三人の接点のひとつがこのジムにあったと考えられているそうだが、日々の生活が苦しく、食べ物にも困るぐらいだったとしたら、スポーツ・ジムに通うどころではなかったはずである。そのジムの利用に料金が必要だったかどうかはその番組を見るかぎりでは分からなかったが、かりに無料だったとしても、栄養不足や空腹で悩む青年だったとしたら、スポーツ・ジムで身体を鍛える気力など湧かなかったにちがいないのである。

要するに、このパキスタン系のイギリス人青年は、イギリス政府によって抑圧されてもいなければ、社会的に排除されていたわけでもない。裕福ではなかったかもしれないが、社会の底辺においやられて日々の生活に困っていたわけでもない。移民であるがゆえに政治的抑圧や社会的排除を受けるといったことはなく、ごく普通に、自由に暮らしていたのである。

だとしたら、彼らはなぜ、自爆テロを促すイスラム過激派の原理主義的な信仰から多大な影響を受けることになったのか?

ここで先ほどのコーエン氏の論説に戻ろう。氏に言わせると、今回の実行犯となった青年たちがリーズで生活を送っていたという事実は、テロを「抑圧と排除を受けたことによる絶望の産物」とする考え方とは別の結論をわれわれに示唆している。その結論とは、次のとおりである(まずは英語の原文を掲げ、その後に拙訳を試みてみよう):

perhaps it is the very onerous nature of Western freedom, with its multiplicity of choices and absence of moral absolutism, that led them to seek refuge in a fanatical faith.

おそらく、西洋的自由のまさにあのやっかいな性質が、選択の多様性と道徳的絶対論の欠如とあいまって、彼らを狂信的な信仰へと逃避させたのである。

このコーエン氏の議論を読んで私が真っ先に連想したのは、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』(日高六郎訳、東京創元社、新版1965年[原著1941年])の議論である。この書は言うまでもなく、全体主義の原因を“自由からの逃走”に求めようとしたものであるが、この書の序文には次のような文章がある:

自由は近代人に独立と合理性を与えたが、一方個人を孤独に陥れ、そのため自由の重荷からのがれて新しい依存と従属を求めるか、あるいは人間の独自性と個性とにもとづいた積極的な自由の完全な実現に進むかの二者択一に迫られる。〔中略〕全体主義がなぜ自由から逃避しようとするのかを理解することが、全体主義的な力を征服しようとするすべての行為の前提である。(同書4頁)

もしもコーエン氏がこのフロムの議論を念頭に置いており、そしてそれが昨今の宗教テロリズムを理解するための重要な鍵の一つだとするならば、まさにハイエク研究者としても、これを看過するわけにはいかない。というのも、かつてハイエク自身も、このフロムの議論を念頭に置きつつ、自由と責任の不可分性について、次のように論じていたからである:

責任の否定は、通常、責任を恐れるからであり、その恐れは必然的に自由を恐れることである〔ここでハイエクは注をほどこし、その注でフロムの『自由からの逃走』の参照を読者に促している-山中〕。疑うまでもなく、自分自身の人生を築き上げる機会は、絶えることのない課題、すなわち、もしも人が自分の目的を達成しようとするならば、自分に課さなければならない訓練を意味するのであるから、多くの人々は自由を恐れるのである。(『ハイエク全集5 自由の条件  自由の価値』春秋社、1986年[原著1960年]、106頁)

もちろん、コーエン氏が本当にフロムの“自由からの逃走”という議論を念頭においていたかどうかは分からないし、このフロムの議論が本当に昨今の宗教テロを理解する鍵となるかどうかについても、私にはまだ100%の確信はないが、もしもフロムの議論がまさにそのための鍵だとするならば、私の博士論文の第5章でハイエクの現代的意味を論じようとする場合に、取り上げないわけにはいかない非常に重要なトピックになることと思う。

このまま中途半端にこの問題を脇においておくことはできないので、またしばらく、博士論文の執筆の手を止めて、原理主義による宗教テロの問題を考えるための読書に邁進することにしよう。いまさら躊躇していても始まらない。脇においておくには、あまりにも重要なトピックと私には思われてならないのである。

この問題が私のハイエク研究とどのようにつながることになるのかはまだ明白には分からない。ただ、「どうもつながるような気がする…」という直観としか言いようのないものである。しかし、かくも強く私の心を駆り立てる以上、そこには何かがあるに違いない。

現実と理論の往還運動は、相変わらず多大な労力を要する作業であるが、そこにこそ、私の研究の生命線もあるように思われる。躊躇逡巡することなく、前進あるのみである。

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