« 開発主義の視点を導入する試みを始めます | トップページ | 主体的に読むこと »

2005年8月 6日 (土)

ノートをとること

村上泰亮『反古典の政治経済学』(全二巻、中央公論社)を読み終えた。やはり非常に内容の濃い良書であった。

途中、試験の採点の仕事もあったので少し苦労したが、村上を読むこと自体は楽しいことであった。

さて当面の私の課題は、「社会主義なき21世紀にわれわれはハイエクをどう受け止めるべきか」という問題を考えるための一環として、村上の開発主義の議論を咀嚼することである。

しかし、非常に内容豊かであったため、頭の中がまだよく整理されていないようだ。

本欄5月10日「自然体で書くこと」で、私はつぎのように書いた:

書き始める前から、書こうとする内容について、あれこれと細部にわたって完璧に構想が立ってから書くのではない。もちろん、アウトラインとしては構想を立てているが、いざ書き始めるときには、書こうとする内容が、“漠然と”思い浮かんでいるだけだ。

ところが、書き進めていくうちに、不思議や不思議、書きたいことが芋づる式に、スルスル、ズルズルと出てくるのである。

そうしてひととおり書いてしまった後で読み直してみると、もちろん修正・加筆を要する箇所も出てくる。しかし全体としては、意外にも、結構ちゃんと書けているのである…!

ところが、今回はまだ、アウトラインとしても、構想がまだ浮かんでこないのである。何かこう、まだ頭の中がモヤモヤしている。

読んでいる最中にいろいろ思い浮かんではいたし、もちろん、本に線は引いている(ちなみに、私は昨年より、齋藤孝氏の“三色ボールペン方式”で線を引いている)のだが、今朝になっていざ文章を書いてみようと思っても、まだ構想が思い浮かんでこないのである。これはたぶん、まだ頭の中がよく整理されていないからだ。

そこで、初心に帰って、ノートを作成することにした。つまり、要約ノートである。たぶん、これを作成していくうちに、頭の中が整理されてくるだろう。とにかく行動あるのみである。

|

« 開発主義の視点を導入する試みを始めます | トップページ | 主体的に読むこと »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 開発主義の視点を導入する試みを始めます | トップページ | 主体的に読むこと »