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2005年9月23日 (金)

博士論文目次変更分(9月23日現在):次は脚注

本欄9月15日に、現在執筆中の博士論文目次を掲載したが、その後、第四章と「おわりに」の部分を変更した。9月15日現在「おわりに」にしていたところを第四章に組み込み、あらたに「おわりに」を書き加えた。変更部分の目次は次のとおりである(変更したところのみ掲げる):

第四章 自生的秩序と政治権力――その現代的含意

(一、は変更なし)

二、現代的含意――二十一世紀の国際政治経済システムにとってのハイエクの意味

IMF・世銀の新古典派的な市場移行戦略――そのハイエクとの異質性

途上国を襲う急激な国際統合の波――その危険性

途上国にとってのハイエクの意味とは?――開発主義の問題

ハイエクと村上泰亮――その相違点

(a)産業政策をめぐって

(b)分配平等化政策をめぐって

(c)まとめ

ハイエクと村上泰亮――その共通点

(a)創造型の技術革新の必要性

(b)国際的な雁行形態の経済成長

残された問題

おわりに――市場原理復権の理想と現実

市場原理復権の理想――利益誘導型政治の抑制

市場原理復権の現実――バブル経済・貧富の格差・国家の退場

(a)バブル経済――非生産的な投機行動

(b)貧富の格差――産業構造の根本的変革の中で

(c)国家の退場――グローバル時代における政府の苦境

結 論

これまで本文の執筆・推敲に取り組んできたが、これでもう、本文については今度こそ一段落ついたような気がする。

これまでは、心のうちから促されるままに本文を書き、推敲を重ね、加筆・修正してきたが、不思議なことに、「もう本文はこれでいい」という感じが、内から湧き起こってくるのである。「さぁ、次は脚注だ」という気に自然となってきた。

これで本文執筆という「創造性が要求される仕事」は一段落した。あとは、創造性というよりは、「実務的な緻密さ」が要求される脚注である。

新学期の授業開始を約1週間後に控えているが、授業準備もぼちぼちと進めつつ、博士論文の脚注作成に全力で取り組んで行きたい。いよいよラストスパートである。

脚注作りには、本文執筆時とはまた別の忍耐が要求される。「時間がかかりそうだなぁ…」という気もしていたが、「なぁに、やりだせば、意外とあっという間さ!」という気もしてくる。

脚注作成は面倒のようにも思えるが、本文での議論の根拠・出典を示すところだから、学術論文にとっては大変大切な部分である。それに、脚注をつけていくと、これまで本文だけでいわば「裸」だった論文に、重要な衣装が着せられ、学術論文らしく引き締まった姿になっていくから、面白いものである。

さぁ、あともう一息である。やるしかない!

追記:今日は私たち夫婦の3回目の結婚記念日であった。9月8日に2歳となった娘を連れて、ささやかながら、サンマルクというレストランで昼食をとった。結婚して丸三年がたったわけだ。改めて、私にとってかけがえのない妻であり、子である、ということをヒシヒシと感じた。この大切な家族のためにも、仕事に邁進せねばならない。明るく楽しく進んでいこう!!

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