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2005年10月17日 (月)

多用な中での時間の活用法:コマ切れの時間を生かすということ

現在博士論文の脚注の作成作業中であることは本欄でも何度も書いているが、10月から授業が始まったので、博士論文の作業を、夏休み中のようにはまとまった時間を使って集中的に行うことができなくなり、滞りがちになっていた。

授業の準備を怠るわけにはいかないし、私の性格はやりだすと中途半端で投げ出したくないタチであるから、授業の仕事のため論文の作業に戻れず、多少なりとも焦る気持ちになることもしばしばであった。

しかし昨日あたりから、そのイライラを解消できるようになってきた。「コマ切れの時間」を利用し、それをこまめに積み重ねていこう-と気持ちを切り替えることができたからである。

多用な中で研究のための時間をうまく取るために、「早めに起きて早朝の時間を利用する」という方法をとろうと努めていることは以前にも本欄に書いた。だが、これまではともすると、その早朝の時間を、やはり「一度にまとまった形で」取れるよう、すごく早く起きようと無理をし、それが長続きしない--ということを、これまで何度も経験してきたのである。「コマ切れの時間を使う」ということは頭では分かっているつもりだったが、まだまだ一気に進めてしまおうという傾向に執着していた自分に気がついたのだった。

しかし、考えてみると、そんなに一度にいっぺんに事を済まそうとする必要はなかったのである。コツコツと積み重ねていけばよいのだ。もちろん、まとまった時間が取れるに越した事はない。しかし、状況がそれを許さない以上、それに適応して時間の取り方を工夫する、というのが賢明な対処の仕方というものだろう。それに、考えようによっては、短時間のコマ切れの時間の方が、かえって集中力を持続させやすいというものだ。取り掛かるときに、変に大仰に構えることなく、いい意味で気軽に取り掛かることもできる。

そんなわけで、これからは、朝少しだけ早く起きてコマ切れの時間を作り、それを毎日積み重ねていく事によって、論文の作業を進捗させていこうと思う。「塵も積もれば山となる」。着実に積み重ねていくべし!

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