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2005年12月18日 (日)

研究会の恩恵:重要な加筆・修正の絶好の契機

昨日の土曜日に、ある研究会で研究報告をさせていただいた。それは、私の大学院時代の恩師の弟子たちで構成している「比較政治研究会」という名の研究会である。そこで、私の博士論文草稿の後半部分を報告させていただいた。

大変ありがたかったことは、そこで非常に有益なコメントをいくつもいただいたことである。そのなかでも、特に次の二点に関するものが私にとって非常に有難いものであった。そのコメントの主旨を私なりに要約すると、それは次のようなものであった:

①ハイエクのもっていた三つの顔--(1)『自由の条件』以前、(2)『自由の条件』、(3)『自由の条件』以後--について、それを無理やり統一的に理解しようとはせずに、それらは互いに異なる三つの別々の顔だったとみなせるのだから、だったら、あなたの重視するハイエクの顔--(3)のハイエク--を前面に出して、なぜあなたがハイエクのその顔を重視するのか、その理由をハッキリと述べればよい。

②ハイエクと開発主義の関係について:あなたはハイエクを「途上国が開発主義を採ることについて、ハイエクは、積極的に唱えないまでも、それを許容するだけの懐の深さを持っていたのではないか」とおっしゃったが、とてもそうは思えない。むしろ、ハイエクはやはり先進国しか見ていなかったのではないか。だとしたら、それがハイエクの途上国にとっての限界なのだから、それはあなたが「ハイエクの限界」として明確に指摘した上で、あなた自身の見解を打ち出せばよい。

この二点について、言われてみると、いずれもまったくその通りであり、非常にありがたい指摘であった。

そして今日、その指摘を踏まえて、論文を加筆・修正することができた。その過程で、以前から、文化的進化論に加えてもう一つの重要な加筆材料だった、ハイエクの分配的正義批判についても、勢いに乗って、今日一気に加筆することができたことは、非常に大きな進展であった。

これで、重要な加筆・修正については、一段落したように思う。これからは、本文を創造的に書き加える作業、そして脚注において補足的に論じる作業を終え、出典を示すだけの単純・地道な脚注作業に戻って、ゴールに向かって邁進するのみである。マラソンで言うと、40キロ地点にさしかかった、といったところだろうか。いずれにせよ、「創造的に論じる」という点においては、「やるだけやった!」という実感をもつことができたのであった。

それにしても、研究会でいただいたコメントは、いずれも大変有益なものばかりであった。このような場で報告させていただくことは、そしてそこで批判的・建設的なコメントをいただくことは、やはりとても大切なことであることを、改めて実感した次第である。

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