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2006年4月24日 (月)

悪戦苦闘の末、補論を断念

今日はうかつにも少し体調を崩し、授業を休講してしまった。午前・午後とずっと眠っていたが、睡眠を十分とったおかげか、体調が回復してきたようである。幸い、気分もゆったりしているので、今日は先日予告しておいた「補論を書こうとしての悪戦苦闘ぶり」について、思い出すままに書き綴ってみようと思う。

2月の中旬に博士論文の原稿を書き上げたといったんは判断したものの(その時点で原稿用紙換算でおよそ360枚であった)、分量をもう少し増やし、せめて400枚ぐらいにできれば…と思い、補論を加えようとしてきた。ところが、2月下旬から3月末までの間、やってみてはダメ、またやってみてはダメ……と繰り返した末に、それが全くうまく行かないことが分かり、結局は補論を付け加えることを断念したのである。

非常に苦い経験であり、その最中は心理的に非常に苦しかったが、貴重な教訓を得ることもできた。

その教訓というのは――“焦りは禁物”ということである。

大変よく知られた表現であり、筆者自身も頭ではよく知っていたはずの言葉ではある。だが、今回の経験でその意味を頭でだけでなく、身体全体で如実に実感したのである。

補論の構想としてどのようなことを考えていたのかというと、次のハイエク研究書の内容を契機とした、スコットランド啓蒙からハイエクへと至る「見えざる手」の議論あるいは「自生的秩序論」の継承と変容について、素描することであった:

Christina Petsoulas, Hayek’s Liberalism and its Origins: His idea of spontaneous order and the Scottish Enlightenment (Routledge, 2001)

この本の眼目は、要するに、これまで疑問視されてこなかった「ハイエクの思想的起源としてのスコットランド啓蒙」というテーゼに対して「ハイエク進化論への批判」という観点から異議を唱えることである。すなわち、マンデヴィル、ヒューム、スミスといったスコットランド啓蒙思想においてはハイエクの展開したような進化論は決して見られなかった、というのである。

ここでPetsoulasが行なっているハイエク進化論への批判それ自体は、ハイエク研究の世界ではすでにお馴染みのものであり、私の博士論文の原稿でもかなりの字数を割いて取り上げていたトピックだったため、そのトピックを別の角度から取り上げなおすことで、補論として付け加えることができないか、と考えたのであった。

ところがである。いざやってみると、どうやっても、どうあがいてみても、どれもこれも中途半端になることが分かった。というのも、マンデヴィル、ヒューム、スミスといったスコットランド啓蒙の思想をまだ私が本格的に勉強したことがなかったために、本当に自信を持って書くことができていなかったからである。上記の書物を通して間接的に知ることはできるとはいえ、そのPetsoulasのマンデヴィル、ヒューム、スミスについての議論(およびそれらとハイエクとの比較)の妥当性を自分で判断する用意が、まだ今の自分にはないことが分かった。マンデヴィルにせよ、ヒュームにせよ、スミスにせよ、大学院生時代にある程度は読んでいたものの、そのときに真に理解していたわけでは全くなかった。要するに、まだ私が研究者の一人として真に知っていると多少なりとも自信を持って言えるのはただハイエクのみである――ということを、イヤというほど思い知らされたのである。

「まだ自分はハイエクしか本当には知らない」――そう思うと、研究者としてまだまだであるような気がして、非常に苦々しい思いがした。悔しかったのである。

しかしながら他方で、私は少なくともハイエクは知っている。大学院生のときから数えてすでに13年もの間、ハイエクを本当の意味で理解するため、誠に遅々とした歩みではあったが、途中で諦めることなく、食らいついてやってきた。ハイエクの思想体系は、単純な理解を許さない非常に複雑なものだったが、その甲斐あって、自分なりにやっと理解することができたのである。

何事も「はじめの第一歩」からである。マンデヴィルにせよ、ヒュームにせよ、スミスにせよ、とくにヒュームとスミスは言わずと知れた18世紀イギリス社会思想の巨人であるが、ハイエクもそれに劣らず、二十世紀の巨人といってよいだろう。そのハイエクを理解できたのである(少なくとも自分はそう信じている)。だとするならば、時間をかけて着実に勉強していけば、ヒュームやスミスを自分なりに理解することもできるはずである。

しかも、私の場合は、ハイエクについての理解を足場として、それができる可能性があるのである。ヒュームやスミス自身の研究はわが国にもこれまで相当な研究の蓄積があるが、ハイエク研究からスタートした私にも、何かしら貢献できることもあるにちがいない。ただそのためには、また一から始める必要があるがゆえに、今すぐにはできないだけに過ぎないのである。

今回の失敗は「補論を何とか春休み中に仕上げてしまいたい!」と焦りに焦った結果のことであった。しかし、何も焦る必要はなかったのである。また次の研究への新たな第一歩を踏み出しただけのことなのだ。こうして、補論を付け加えることは断念するに至ったというわけである。

そう決めてしまえば、それまでのモヤモヤが嘘のように、心が晴れ晴れとするのを覚えた。非常に清々しい気分になれたのである。もうこれで、ハイエクについて勉強してきた私がその研究の蓄積から書けるだけのことは、もうスッカリ書いてしまった。これを世に出すことになるのだと思うと、「本当に大丈夫か?」という不安がよぎらないではないが、もうどう考えても、私にはすでに原稿に書いたようにしか、ハイエクを解釈することができないのである。だとするならば、もうこれ以上、先送りしていても仕方がない。思い切って私のハイエク理解を世に問うしかないだろう。

そのようなわけで、博士論文の原稿執筆については、これで今度こそ本当に一段落したことと思う。出版に向けての具体的な作業はまだ残されているだろうが(たとえば本文で取り上げた参考文献のリスト作成など)、内容的にはもう書くだけのことは書いてしまった。補論を付け加えようとして最後の最後に悪足掻きをしてしまったが、そのおかげで、「今の自分にもうこれ以上書けることはない!」という踏ん切りをつけることができた。これからはいよいよ出版に向けて動き出そうと思う次第である。

≪追伸≫以上のようなわけで、今後当分の間、ヒューム、スミスの原典(邦訳であるが)にじっくり当たっていくことにしようと思う。本欄に書きかけたまま保留中のトピックである「格差社会」についても大変気になるところではあるが、これから当分の間は、「格差社会」といった、まさに現代的でホットなトピックについては、もちろん頭の片隅は置きつつも、いったんは一歩退き、授業(やその準備)以外の研究の時間の当て方としては、ヒューム、スミスの世界に没頭することにしたい。

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2006年4月21日 (金)

更新を再開します

ずいぶん長い間、本欄の更新が滞ってしまった。実はその間、例の博士論文に補論を付け加えようとして、七転八倒、悪戦苦闘していたのである…。

そうこうしているうちに新年度の授業期間にも突入したため、余計に更新が滞ってしまっていた。

だが、ここにきてようやく授業も軌道に乗ってきて、少し余裕も出てきたので、博士論文の補論を書こうとしての“悪戦苦闘ぶり”について、また追って本欄に記載するつもりである。

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