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2006年5月12日 (金)

道路公団民営化をめぐって(1)

政治学概論(名張・伊勢)の学生諸君へ

本欄の5月8日の記事で「専門的・時事的な話題を取り上げます」と宣言しておいたので、その約束を守ることにしよう。

最初のトピックとして選んだのは、「道路公団民営化」についてである。これは、政治学概論(名張)ではテキスト『新版 はじめて出会う政治学』第2章で取り上げられているトピックである。政治学概論(伊勢)のテキスト『新版 現代政治学』では直接に取り上げられてはいないが、内容的には第2章の中の「自由民主主義のゆらぎ」の具体例の一つと言える。名張でも伊勢でも授業はテキストの第2章に入っているから、この「道路公団民営化」は、双方の学生諸君に対して、テキストに関係する専門的・時事的な話題として、参考のために最初に取り上げるにふさわしいトピックの1つだと思う。

この「道路公団民営化」について、われわれにとって実にタイミングのよかったことに、4月26日に「 “全線建設”はこうして決まった~道路公団民営化・半年の攻防~」と題されたNHKスペシャルが放映されたばかりなのである。これをDVDに録画しておき、じっくりと見たが、こういうドキュメンタリー〔documentary:フィクションではなく、実際の記録に基づいて作ったもの〕を作らせると、やはりNHKは上手いものだとつくづく思う。その番組の内容を踏まえつつ、「道路公団民営化」についてここに書いてみることにしよう。

日本道路公団は、昨年10月1日に、地域別に分割民営化された。その結果生まれたのは、「東日本高速道路」「中日本高速道路」「西日本高速道路」--この三つの株式会社である。

そのうちNHKスペシャルで取り上げられていたのは、名古屋に本拠を置く「中日本高速道路株式会社」であった。その会長に就任したのは、道路公団最後の総裁だった近藤剛氏である。近藤氏は大手商社出身で、その後参議院議員へと転じていたが、2003年、小泉内閣による構造改革の目玉の一つとして道路公団民営化を目指すことが謳われる中で、公団の総裁に指名された人物である。その最後の総裁だった近藤氏が分割民営化後に会長に就任したのが「中日本高速道路株式会社」だったのである。

それにしても、なぜ日本道路公団は分割民営化されることになったのだろうか? それはあまりにもその累積債務、もっと簡単に言えば、要するに赤字金額が膨れ上がってしまったからである。

諸君はわが国の道路公団がいったいどれほどの赤字を積み重ねてきたと思うだろうか?--実はその額は、なんと40兆円である。40兆円……それがどれだけの札束の量になるのか、私にもまったく見当がつかないのだが、試しに0を並べて書いてみると、¥40,000,000,000,000となる。いずれにせよ、莫大な金額の借金を日本道路公団は蓄積してきたというわけである。

それでは一体、なぜ日本道路公団は、これほどまでの借金を残すことになってしまったのだろうか?

それは、経営努力をしなくても何とか商売ができるという気の緩み(すなわちモラルハザード)が起こってしまったからである。

道路公団時代には、高速道路の建設は国が決定し、その国の命令によって公団が行なっていた。したがって、たとえ料金収入によって賄いきれない赤字が出ても、いざというときには国がお金を出してくれるから、民間企業のように倒産する心配はなかったのである。

ちなみに道路公団の場合、郵便貯金や公的年金資金が、「財政投融資」として、高速道路の建設に当てられてきた。小泉首相の掲げる構造改革で、道路公団のみならず郵政公社も民営化の対象とされたのは、高速道路の(経済効率性の観点からすれば)無駄な建設と、郵便貯金の運用のされ方とが、実はつながっていたからである。

そこでそのような経営上の気の緩みをなくし、無駄を省いて借金を返済していくために、日本道路公団は分割民営化され、民間企業として、自助努力で経営しなければならないことになったのである。

昨年10月に民営化された後、各高速道路会社が早速決めなければならなかったのは、道路公団時代に整備計画としてすでに建設が決められていた路線のうち、実際にはまだ建設されていない高速道路について、どれを作り、どれを作らないかであった。

民間会社としての経営の論理を素直に貫けば、当然、現実には建設できない路線も出てくる。実際、NHKスペシャルによると、「中日本高速道路」の近藤会長は、昨年12月に、「(中日本…の管轄区域の路線のうち)すべての未着工道路を建設することはできない。優先順位を決めて、建設できるものだけを建設していく」という方針を打ち出していたのである。

ところが、最終的には、未着工の路線について今年の2月7日に決定されたのは、NHKスペシャルのタイトルにもあるように、“全線建設”--すなわち民間の論理だけからすれば到底採算の合わないはずの路線も、実際に建設に踏み切ることだったのである。

いったいどうしてこのようなことになったのだろうか? 実はこの“全線建設”は、分割民営化された3社だけがすべてを引き受けるわけではない。日本道路公団が民営化されたとはいえ、そこには従来どおり国と地方自治体とが税金を投入して、「民の論理」ではなく「官の論理」で政治的に建設できる余地が制度上残されていたのである。それは一体どのような仕組みなのであろうか?

今日はこの辺までにして、続きはまた次回に回すことにしよう。

山中 優

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