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2006年5月15日 (月)

道路公団民営化をめぐって(2)

政治学概論(名張・伊勢)の学生諸君へ

5月12日の記事に引き続いて、NHKスペシャルの内容をもとに、昨年10月1日に道路公団が民営化された後、半年の間に繰り広げられた、未開通の高速道路の建設をめぐる攻防について、ここに書いていくことにしよう。この「道路公団民営化をめぐって」のシリーズは、今回が(2)であるが、(5)まで続く予定であることを予め伝えておく。

○新直轄方式:平等を重んずる民主主義の論理の一例として
採算性のみを考えれば民営化された新会社の手によっては建設できるはずのない路線も、結局は建設されることが決まったのは、高速道路の建設が純粋に民の手によって行なわれるのではなく、官の手によっても建設できる余地が制度上残されたからであった。その仕組みとは、“新直轄方式”である。

この“新直轄方式”とは、国と地方自治体とが税金を使って高速道路を建設する方式である。つまり、道路公団が分割民営化されたといっても、それはすべてが民間の手によって採算性をもとに建設すべきか否かを判断するのではなく、たとえ採算性の低い地方の路線であっても、地元の要望に応え、地域格差をなくすという政治的判断から、官の手によって建設できる道がまだ残されていたのである。

つまりこの場合、平等という共通善(の1つ)を実現するためならば政治権力を積極的に使ってもよい、という民主主義の論理が働いたのである。この民主主義の論理については、名張のテキスト『新版 はじめて出会う政治学』でいえばpp. 31-32において国鉄の例に即して説明がされており、伊勢のテキスト『新版 現代政治学』ではpp. 40-41において抽象的に民主主義の論理が説明されているので、参照されたい。

いずれにせよ、民の論理(すなわち経済的自由を重視し政治権力を警戒する考え方)のみならず、官の論理(すなわち政治的・社会的平等を重視し政治権力の積極的行使を求める考え方)が、道路公団民営化後も、高速道路の建設をめぐって依然として根強く働いていた、というわけである。

しかし、話はここで終わらない。すなわち、新会社と新直轄方式との併用による“全線建設”が決まった、というだけで話は終わらないのである。というのも、両者をどのように併用するか、すなわち、どの路線を、新会社と新直轄方式とのどちらが建設を請け負うのかをめぐって、国・地方自治体と新会社との間で、激しい攻防が繰り広げられていたからである。

《続く》

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