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2006年5月 9日 (火)

排出権取引は地球環境を救えるか?(3)

今日も引き続いて、排出権ビジネスについて考察をめぐらせてみたい。

私の結論は、「排出権ビジネスはたしかに必要なことだが、それは次善の策にすぎない」ということである。

一方で、ビジネスだからこそできることもあるだろう。ナット・ソース社はアメリカの企業であるが、言うまでもなく、ブッシュ政権下のアメリカは、世界最大の排出国であるにもかかわらず、「まず途上国が排出削減義務を受け入れるべきである」と主張して京都議定書への参加を拒否し続けているのである。このことは、もはや旧聞に属する事柄だろう。

ところが、そのアメリカにあるナット・ソース社は、「国の政策とビジネスとは別問題である」として、排出権ビジネスを大変活発に展開しているのである。この場合、必ずしも国の政治の論理に従うとは限らない経済の論理が、アメリカ政治の現状において、地球温暖化防止にとってプラスに働いているというわけである。

しかしながら、他方で、ナ社のような排出権ビジネス企業にとって、ビジネスチャンスという観点だけから考えて最もよいこととは、排出権の価格が上昇し、高く売れることである。しかし、「排出権の価格が上昇する」とは、一体どういうことだろうか?

一般的に、モノやサービスの値段が上がるのは、需要が供給を上回る場合である。もっと簡単に言うならば、あるモノやサービスを欲しがる人の数がそれを提供しようとする人の数を上回るならば、そのモノやサービスの値段は上昇することになる。

これを排出権に当てはめてみるならば、排出権の値段が上がるのは、排出権を買いたい人の数が、それを売りたいという人の数を上回った場合である、ということになる。

それでは、「排出権を買いたい人が増える」というのは、いったい何を意味しているのだろうか?

それはとりもなおさず、「京都議定書によって課せられた排出量削減目標の達成に苦しむ人の数が増えている」ということだ。

すなわち、排出権の需要が増大して排出権ビジネスが活気を帯びるということは、たしかに排出権ビジネスを手がける企業にとっては非常に喜ばしいことかもしれない。しかしながら、排出量を効果的に削減して地球温暖化を食い止めるという観点からすると、それはあまり喜ばしいことではないのである。

たしかに、削減目標の達成に苦しむ人が増えているという状況が実際に生じてしまっているとするならば、それによってさらに温暖化状況が悪化するのを食い止める(あるいは少なくともその悪化の速度を遅らせる)ためには、排出権取引は有効な手段たりうるだろう。

しかしながら、以上の考察から分かるように、「削減目標の達成に苦しむ人が増えている」という状況は、たしかに排出権ビジネスにとっては大変喜ばしいことであったとしても、それが温暖化をめぐる状況を好転させるというもっと積極的な目的にとっても非常によいことになるとは、必ずしも限らないのである。

もちろん、逆にもしも排出権を売りたいという企業やそれ以外の民間団体が、「温室効果ガスの削減に貢献したい」という動機から数多く登場するならば、それは大変素晴らしいことである。現にCarbonfund.org(炭素基金)というアメリカの非営利団体は、排出削減活動を行なっている団体や企業に資金を回すために、1トン当たりのCO2を5.5ドルで販売しているという。

ちなみに、私がこの炭素基金というアメリカの非営利団体の存在を知ったのは、『小閑雑感』と題されたブログの「温暖化防止は、これから」と題された記事によってであった。このブログは生長の家副総裁という立場にある谷口雅宣氏によるものであり、その生長の家という団体は現在、その宗教活動の現代的展開として、積極的に環境保全活動に取り組んでいるとのことである。

いずれにせよ、この炭素基金--そういえば、これもあの京都議定書から脱退しているアメリカにある団体である--のようなNPOの活動によって、削減努力を行なう企業や団体に資金提供できるチャンスがわれわれ個人にも開かれているということは、大変素晴らしいことだと思う。

だが、その一方で、「排出権を喜んで売りましょう」と名乗り出てくる団体が、必ずしも温暖化防止には熱心でない場合もある。その「団体」とは、実は中国のことである。というのも、例のNHKスペシャル「煙と金と沈む島」(4月30日放映)で、中国政府の高官がNHKの取材に対して「われわれは排出権の輸出大国になります」と言っており、現にいま世界中が排出権取引の相手として中国に大いに注目しているからである。

しかし、なぜ中国が排出権の輸出大国になれるのかといえば、それは中国が京都議定書の排出削減義務を負わず--京都議定書は途上国には削減義務を課していない--、温室効果ガスをバンバン排出しているからこそなのである。

しかも、中国が排出権の輸出大国になろうとしている動機は、温暖化防止のためとは必ずしも言えないようである。というのも、京都議定書では排出権売却によって得た利益をその途上国がどういう目的で使うべきかは、何も規定していないからである。

したがって、もしもその排出権売却利益が、化石燃料型の経済発展につぎ込まれるようなことにでもなれば--それは大いに考えられることだ--排出権売却による削減効果は、ほどなく無に帰することになってしまうのである。

こうして考えていくならば、やはり排出権取引という仕組みだけでは、地球温暖化による気候変動の脅威を効果的に防ぐことは難しいということが分かるだろう。そもそも、この「排出権取引」というのは、「削減目標が達成できない国や企業がありうる」という、それ自体は決して好ましくない事態を前提として、それに対処しようとする仕組みなのだから、考えてみれば、それが次善の策にとどまることは当たり前のことだったのである。

だとするならば、今の状況下でわれわれに必要なことは、やはり京都議定書からさらに踏み込んだ国際的な共同歩調を、それもアメリカも途上諸国をも巻き込んだ共同歩調を、政治的に強力に推し進めていくことであろう。市場におけるビジネスの論理による自生的な過程も一定の役割を果たせはするだろう。しかし、それのみに任せているだけでは、たとえ前進する場合であっても、その前進は緩慢なものでしかないに違いない。おそらく、今はそんなに悠長に構えている場合ではないはずなのである。

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