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2006年5月17日 (水)

道路公団民営化をめぐって(4)

○国の果たした役割:とくに中部横断道の場合
この場合、福井県も山梨県も、実は国に、すなわち国土交通省に陳情していた。つまり国の力を頼りにしていたのである。福井県と山梨県は、国を通じて、新会社に対して間接的に圧力をかけたというわけである。

それにしても、なぜこのようなことが可能だったのだろうか? ここでは、新直轄方式のみならず、もう一つの仕組みが大きな威力を発揮していた。それは、新会社の経営判断のみで新会社の手による建設が決まるのではなく、新会社の自主的な判断を尊重しつつ、最終的には新会社と国とが“協議の上で”、新会社がどの路線を建設するかを決定する、という仕組みである。

この仕組みのもと、国は中日本高速道路株式会社に対して、中部横断道のどの区間を新直轄で建設するかについて、新会社の原案ではなく、山梨県の譲歩案を国の案として、新会社に対して提示してきたのである。

そこで新会社はどうしたか? 国の案(=山梨県の譲歩案)を蹴って、あくまでも新会社の原案を貫き通すことも不可能ではなかった。しかし、そうなると【①富沢-②南部-③六郷-④増穂】がつながらなくなってしまうことになる。

つまり、
新会社の原案 :      ②南部-③六郷-④増穂 を新直轄で

          (①富沢-②南部は新会社)

山梨県の譲歩案:①富沢-②南部-③六郷       を新直轄で

であったが、新会社が自らの原案を貫き通せば、③六郷-④増穂の区間は、新会社も山梨県・国も建設しない、つまり誰も建設しないことになる。

そうなると【①富沢-②南部-③六郷-④増穂】が全部はつながらなくなってしまうため、利用者の大幅減が考えられるから、新会社の採算見込みが大幅に悪化することになる。そうすると、新会社が道路公団から引き継いだ巨額の借金の返済計画も大幅に狂ってくるから、それだけは新会社としては避けたかったのである。そこで、結局、中日本高速道路株式会社としては、国の案=山梨県の譲歩案を呑まざるを得なかった、と近藤氏はNHKのインタビューに対して答えていた。

○中日本管轄内の未開通高速道路建設についての結論
以上要するに、第二東名、舞鶴若狭道、それに中部横断道の3つの路線について出された結論は、以下の通りであった:

第二東名は新会社が建設(←採算性が高いため)
舞鶴若狭道も新会社が建設(←採算性は低いが、原発という特殊事情を考慮)
中部横断道は、国の案=山梨県の譲歩案で新直轄を併用

これについて、われわれはどう考えるべきでなのであろうか?

《続く》

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