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2006年5月22日 (月)

CO2の増大は地球温暖化と無関係?

環境税について考える文章を連載するための準備を現在進めている最中であるが、そんな矢先、今日の『産経新聞』の「正論」欄に、地球環境問題について考えるにあたって、大前提としてまず押さえておかなければならない論点が取り上げられていたので、環境税についての連載を続ける前に、本欄でもその点についてコメントを加えておくことにしたい。

本日5月22日付けの『産経新聞』正論欄に文章を寄せておられたのは、総合研究大学院大学教授の池内了(いけうちさとる)氏であったが、氏によると、「地球温暖化は大気中の二酸化炭素量とは関係ない」という本が出回っているというのである。

私はそのような論調の本が出回っているという現象を迂闊にも知らなかったので非常に驚いたが、「地球温暖化は二酸化炭素量の増大とは無関係」という論を立てる場合の論拠については、私もすでに知ってはいた。ただ、そのような議論を立てた本が出回り、それを信用して「地球環境問題は、環境学者たちが自分の分野に金を引き出すための陰謀だ」と考える人々までいる、という氏の指摘には大変驚かされたのである。

しかし、氏が適切に論じておられるように、このような議論には、あとで取り返しのつかない致命的な結果を地球環境におよぼしかねない危険性が孕まれているのである。氏の議論の詳細については本日の産経新聞正論欄を読んでいただくとして(図書館でも読めます)、ここでは氏の議論の要点を簡潔にまとめつつ、私なりのコメントを加えておくことにしよう。

池内了氏も論じておられるように、「地球温暖化は大気中の二酸化炭素量とは無関係」という議論の根拠とされているのは、“二酸化炭素の増大”⇒“地球温暖化”という関係が≪因果関係≫といえるかどうか、厳密には科学的に証明されていない、ということである。

というのも、地球環境問題のような現象は、単純なものではなくて、非常に多くの諸要因が複雑に絡まりあった現象、すなわち“複雑系”と呼ばれる現象だからである。この“複雑系”の場合、直接の原因をハッキリと特定することは大変難しい。したがって、地球温暖化による気候変動の問題の場合も、地球温暖化という結果が、産業化による二酸化炭素量の人為的な急増という原因によってもたらされたと科学的に断定することは必ずしもできない、ということになる。たしかに、地球の長い歴史の中には温暖化した時期が何度もあったが、たしかにそれは必ずしも大気中の二酸化炭素の量が増大したからではなかった。したがって、大気中の二酸化炭素が増大したからといって、それを直ちに地球温暖化の直接原因と安易に断定することはできない。

しかしここでの真の問題は、致命的な結果が起こるかもしれない場合に、それを未然に防ぐことこそが必要なのではないか、ということなのである。

実際、産業革命以来、大気中の二酸化炭素量が急激に増大していることは紛れもない事実であり、また、地球が近年徐々に温暖化しつつあることも厳然たる事実である。この場合、“二酸化炭素の増大”と“地球温暖化”という2つの現象の間に、因果関係があるという証明はできていないとしても、それと同時に因果関係がないという証明もできていないのである。

その場合、“二酸化炭素の増大”と“地球温暖化”という2つの現象が、厳密な意味では≪因果関係≫にあるとは言えなくとも、もしも本当は因果関係にあったにもかかわらず厳密には証明できていないだけだったとしたら、それを見過ごした結果、取り返しのつかない致命的な気候変動が地球全体に起こるかもしれないのである。

だとするならば、起こるかもしれないことを想定して、それを未然に防ぐ対策を講じておく方が賢明だというべきであろう。対策を怠って致命的な結果をもたらす危険性を残しておくよりも、そんなことにならないうちに未然に対策を講じておくことこそが、大惨事をもたらさないための唯一の方法だからである。

その意味で、池内了氏が「予防原則が科学的証明に優先すべき」と論じておられることは、きわめて妥当なことだと思う。

それにしても、「二酸化炭素量の増大と地球温暖化は無関係」という議論が出回ったり、環境税に対して経済界から強硬な反対が唱えられたりするのは、一体どうしてなのだろうか?私はそこに、≪地球環境保全と経済活動とが両立不可能≫という観念が横たわっているように思われてならない。

しかし本当にそうだろうか? 地球環境保全と両立不可能なのは、化石燃料に依拠した経済活動なのではないか? 否、そもそも地球環境保全と経済活動とは、“両立”させるべき、もともとは別個のものなのだろうか? むしろ地球環境を保全しない経済活動は、自分で自分の体を食べるようなものなのであって、両者はそもそも本来一つのコインの裏表と捉えるべきではないのか?

地球環境問題、とくに地球温暖化問題においては、経済界のみならず、家庭で生活している一般消費者も、その豊かなライフスタイルゆえに二酸化炭素を過度に排出している“加害者”でもある。したがって、化石燃料に執着したライフスタイルから経済界も一般消費者も本気で脱却しない限り、解決不可能な問題なのである。

地球温暖化による気候変動という致命的な大惨事を未然に防ぐという機運を盛り上げるためには、地球環境保全と表裏一体となった、新たな経済活動の可能性を切り開き、≪地球環境保全と経済活動とが両立不可能≫という観念を解消させることこそが必要不可欠であろう。さもなければ、“二酸化炭素の増大”と“地球温暖化”という2つの現象が厳密な意味では≪因果関係≫にあるとは言えないことを幸いとした、地球環境に破壊的な経済活動(これは自殺的である可能性が非常に高いのであるが)が止まることはないだろうと思われるのである。

山中 優

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