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2006年6月21日 (水)

授業関連の時事問題記事を中断します:試験勉強に全力を!

学生の皆さんへ(特に政治学概論の受講者諸君へ)

本欄の5月8日の記事で、受講者からの要望にお応えして、「時事的・専門的な話題はここで取り上げます」とお約束し、それ以来、主に道路公団民営化問題と地球温暖化問題を取り上げてきた。

まだまだ授業に関連する時事的な話題は尽きないが、このあたりでいったん、本欄で授業関連の時事的な話題を取り上げることは中断しようと思う。

というのも、学生諸君には、約1ヵ月後に控えた学期末試験のための準備に、今のうちから全力を注いでほしいからである。

私の授業の場合は、試験問題を事前に公表し、その解答のためのヒントもお伝えするなどして、単位認定に必要なレベルに達してもらうための事前の導きを惜しみなく行なっているが、それは、穴埋めや選択式ではなく、記述式・論述式の出題を行なっているからである。

最近では入試問題でも選択式(大学入試センター試験におけるような)が主流となりつつある現在、ある一定のまとまった文章を書くことに慣れていない学生諸君も少なくないだろうと思う。そのような場合、私の授業の試験は「難しい…」という印象を持たれることも多いかもしれない。

しかし、それでもあえて、記述式・論述式の出題を行なうのは、その方が、必ず “身につく” からである。

もちろん、努力は必要である。およそ何らかの新しいことを身につけようとする際に、努力を必要としないものはない。しかし、だからこそ、それが興味深い作業となるのである。

たしかに、努力を必要としない簡単なことの方が、しんどくなくてありがたい、と思われるかもしれない。しかし、それなら、今の諸君にとってきわめて簡単なこと、たとえば「1+1=2」という計算作業は、たしかに何の努力も要らないとはいえ、それが果たして楽しい作業といえるだろうか?決してそうではあるまい。むしろ、きわめて退屈なものであるはずだ。

あるいはなぜ諸君は、たとえば現在ドイツで行なわれているワールドカップサッカーに熱中するのだろうか?それは、猛烈な練習を経て、最高度の技を競おうとするサッカー選手たちのプレイに感動するからではないか?

あのナショナルチームの選手たちにとって、ワールドカップでのプレイは、非常に過酷なことであるに違いない。にもかかららず、彼らがあれほどまでに全力を注ぐのは、困難な、多大な努力を要することこそ、全力を傾ける価値のある素晴らしい営みだからではないだろうか?彼らが今さら小中高生を相手に試合をしてみたところで、たしかに高校生を相手に練習試合を行なう場合は調整の意味合いがあるとはいえ、決して彼らにとって最高に面白いことではないだろう。

サッカーにあまり興味のない人は、バレーボールやバスケットボール、野球など、ご自分の好きなスポーツに置き換えて考えてもらえばよい。またスポーツでなくても、ピアノなどの音楽でもよい。要するに、何かやり甲斐のあることを考えてもらえばよいのである。

いずれにせよ、諸君には、努力を要する一見困難なことだからこそ、一生懸命に取り組む価値のある、やり甲斐のあることなのだ、という事実に目覚め、大いに奮起して試験勉強に臨んでもらいたい。諸君の中には、自分でもまだ気づいていない、莫大なる潜在能力が埋まっているのだから…。それを信じて、全力を注いでもらいたいのである。

受講生諸君の奮起を大いに期待するものである。

山中 優

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