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2006年6月18日 (日)

環境破壊に強いられた市場移行:ツバルの場合

6月3日の本欄で、地球温暖化問題を、ハイエク研究から出発している私自身の今後の研究課題の一つとして意識していることを述べておいたが、今日はまた別の観点から、この点について書いておきたい。それは、≪環境破壊に強いられた市場移行≫というケースが、環境難民の発生に伴って起こってくるかもしれない、ということである。

この≪環境破壊に強いられた市場移行≫の先駆的な例となっていると考えられるのが、ツバルである。

神保哲生『ツバル:地球温暖化に沈む国』(春秋社、2004年)の第6章「崩壊」と題された文章によると、南太平洋に浮かぶ島ツバルでは、年々徐々に(しかし着実に)進んでいる海岸浸食に加えて、海面上昇に起因すると考えられる内からの浸水、すなわち地面の下から海水が吹き出てくることによる塩害のために、農業や淡水資源にも深刻な影響が及んでいるという。著者であるジャーナリストの神保氏のレポートが優れているのは、この海岸浸食や内からの浸水によって、単にツバルの国土が物理的に海に没してしまう危険性を指摘するのみならず(もちろんこれは極めて深刻な問題なのだが)、物理的に沈んでしまうに至るまでに、その過程において、どのような経済的・社会的・文化的影響がツバルの人々に及んでいるかを的確に分析し、それを克明に描いている点である。

この経済的・社会的・文化的影響のうち、ここでは経済的な影響についてのみ述べておくと、これまで自給自足経済に慣れ親しんできたツバルの人々は、その経済基盤だった農業が塩害によって成り立たなくなってきたことにより、市場経済・貨幣経済への移行を余儀なくされている。これまで自分の生活に必要なものを自分たちだけでまかなってきた人々が、急速に、分業による市場経済・貨幣経済へと放り込まれつつあるのである。分業による市場経済・貨幣経済に適応するためには、何か一つの技能に特化し、それに習熟した上で、顧客の獲得・維持において同業者との競争に耐えられるだけの用意ができていなければならないが、それにはどうしても時間がかかるから、急激にこの過程が進行してしまうと、貧富の格差や失業問題など、大きな社会問題が発生してしまうことになる。

実際、神保氏の上記の書物によると、このことがすでにツバルでは深刻な問題となり始めていて、貧富の格差や失業問題が生じつつあるという。この問題が進行すると、治安の悪化や犯罪の増加につながってしまうおそれがあることは、容易に想像がつくであろう(『ツバル』179-181ページ)。

もしも、ツバルを襲っている海岸浸食や内からの浸水が純然たる自然現象だったとするならば、このような適応を迫られるのは仕方ないと現地の人々も納得せざるをえなかっただろう。しかし、ここでの問題は、ツバルで海岸浸食や内からの浸水をもたらしている海面上昇が--ちなみにここで問題となる海面上昇は科学的に問題となる“平均潮位”ではなく、現実に日々起こっている“最大潮位”の上昇である--先進国によるCO2の大量排出というきわめて人為的な要因による可能性が高いということである。

この場合、現在グローバル化の進行に伴って、適応のための猶予を与えられることなく急激に市場経済化・国際統合を迫られている途上国においてさまざまな摩擦・軋轢が生じているのと同じことが、これからは、地球温暖化=気候変動による生活環境の破壊によってそれまでの経済基盤を失った途上国の人々が環境難民として他国に移住しようとする場合にも、生じていくことになるだろうと思われるのである。

たしかに「内からの浸水」というのは、ツバル特有の現象かもしれない。というのも、これはツバルの島が環礁といって、珊瑚礁が隆起し、その上に砂が堆積したものだからである(神保哲生『ツバル』126ページ)。つまり、いわばスポンジのようにツバルの地盤は穴がたくさん空いているため、海面上昇によって海水が地面の下から染み出してくるのである。このような現象が、世界各地で例外なく起こるとは考えにくいであろう。

しかし、地球温暖化に伴う気候変動は、何も「内からの浸水」だけではない。たとえば台風・ハリケーン・サイクロンの巨大化、それによる高潮も大いに考えられる危険である。しかもこの影響を真っ先にまともに受けるのは、それに備えて堤防や避難所を築くだけの財政的余裕のない貧しい途上国なのである。そのような脆弱な国々に住む人々がその生活基盤を環境破壊によって奪われ、環境難民となって他国に移住を余儀なくされるとき、そしてその環境難民の人々がこれまで自給自足の経済に慣れ親しんできていた場合、そのような人々が急激に市場経済・貨幣経済への移行を強いられるならば、分業システムの下で貨幣所得を確保できるだけの技能を身につけていない人々が置かれることになる生活状況は、非常に苦しいものとなるであろう。

すなわち、現在、グローバル化の進行に伴って起こっている「市場経済への急激な適応を強いられるなかで生じる軋轢・摩擦」という問題が、今後は地球温暖化=気候変動による環境破壊に伴って生じてくることも、大いに考えられるのである。

したがって、われわれが地球環境問題について考え、その解決に取り組もうとする場合、環境難民の発生に伴うであろうさまざまな軋轢を見通した上で、その発生を未然に防ぐための環境保全に全力を挙げるべきであろう。もしもそれが間に合わずに環境難民が発生してしまった場合には、その原因を作ってしまった先進諸国がその環境難民を受け入れるだけの制度上の整備を本気で行なっていく必要があると思われるのである。

山中 優

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