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2006年8月12日 (土)

お盆休みを迎えて

ニュースによると今日がお盆休みの帰省ラッシュのピークとのことだが、私も明日、妻の実家の愛媛県西条市に向けて、妻と娘を連れて帰る予定である。

私自身は実母が私たちと一緒に住んでおり、実の親と離れて暮らしているわけではないから、私にとっての夏の帰省は妻のためのものとなる(山中家の墓参と兄弟姉妹の集まりは、少し時期を早めて、先月末に行なった)。もちろん、私としても、伊藤家(妻の旧姓)の方々と会えることはとてもうれしいことである。

その帰省の前に博士論文と事典項目執筆の仕事を一段落させることができたことは、お盆休みを迎えるにあたって、非常によかったと思う。

お盆となるとやはり、亡くなった父や祖父母、それにご先祖のことに自然と思いを馳せるようになる。普段の生活では、こんなふうにゆったりとした気持ちでそのような思いを持てることはあまりないから、そういう意味で、この夏の一番暑い時期に休めることは、健康の面でもさることながら、心の休息・充電の面でも、大変ありがたいことだと思う。

少し考えてみるとすぐに分かることだが、私が今こうしてここに生きているのは、やはり父母が私をこの世に生んでくれたおかげである。幼少期の私を育ててくれたという恩があるのはもちろんだが、そのように何かをしてくれたということ以外に、そもそもここにこうして人生を生きる機縁を与えてくれたということが、父母から受けた最大の恩だと思う。

その父母がこの世に生まれてくる機縁を与えてくれたのが、祖父母だ。その祖父母がこの世に生まれてくる機縁を与えてくれたのは曾祖父母である。その曾祖父母に……と考えていくと、命のつながりの神秘さを感ぜずにはいられない。

もしもこの世を生きることが苦しみと感じられているなら、その機縁を与えた父母や先祖をありがたくは思えないことだろう。しかし、もしもこの人生を喜びと感じることができれば、逆に父母や先祖に感謝できるようになるに違いない。

この人生を喜びと感じるか苦しみと感じるかは、その人それぞれの人生観によるのだろう。しかし少なくとも私は、せっかく生きるのなら、やはりそれを喜びと感じていたい。そして、その喜びの人生を生きる機縁を与えてくれた父母や先祖に、やはり感謝の思いを捧げたいのである。

そのようなわけで、このお盆休みは、父母や先祖のご恩に思いを馳せ、これからの人生も喜びをもって生きていきたい、という思いに改めてなれるような時間にしたいと思っている。

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コメント

こんにちわ。愛媛の方へ行かれるのですね。お気をつけていってらっしゃいませ。

最近ある出来事によりストレスや八つ当たりを親にしていました。
でも、先生の書かれていたことを読ませていただいていると何をしていたんだろうと申し訳なくなってきました。祖先の人がいてこその自分ですもの、大切にしなければいけませんね…。
私の家ではお盆になると、お経のテープをずっと流しています。それをじっくり聞くたびに、小さかった頃私を大切にしてくれた記憶や一緒に遊んでくれていた祖母や祖父のことを思い出し、正直隠れて泣いています。
先生の書かれていたことを読んでも感涙しました。

もう一度今を見つめなおしてみます。

投稿: N.ゆかり | 2006年8月13日 (日) 17時33分

N.ゆかりさん、

コメントありがとう。

今朝、愛媛から戻ってきました。お互いに親に、ご先祖に感謝して暮らしていきましょうね。

投稿: 山中 | 2006年8月18日 (金) 14時31分

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