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2006年9月 1日 (金)

再試験受験者の諸君へ

政治学概論(名張) 再試験受験者の諸君へ

今日、再試験対象者の発表があった。その対象者リストに自分の学生番号を見つけた諸君は、多かれ少なかれショックを受け、ガッカリしたことだろうが、そこはひとつ、気を取り直して、本試験に臨んだときの準備不足を謙虚に反省し、気持ちを新たにして、シッカリと準備してほしい。

「再試験にはどんな問題が出るのですか?」と、何人かの学生に今日聞かれたが、本試験と同じものが出題される。まったく同じ問題である。

そう答えたとき、「えっ!そうなんですか…」と少し顔を曇らせた学生もいた。「再試験はもう少しやさしい問題が出されるかもしれない」と期待していたのかもしれない。なかなか本格的な記述・論述問題だったから、再試験では選択・穴埋め式を期待したかったのかもしれない。

科目によって、また担当教員によって、考え方はいろいろあるのかもしれないが、私の考え方は、「同じ難易度の問題を出さなければ、不公平だ」というものである。

ちなみに、再試験で合格した場合の評価は「可」のみであり、たとえ70点や80点を取っても、「良」や「優」ではなくて、「可」とだけ評価されるが、それは2度目なのだから当然である。

だが、ここでの問題は、仮に再試験の難易度を本試験よりも低くした場合、それでも再試に合格したときには「可」と評価されることになるが、この再試験での「可」は、本試験での「可」よりも取るのがやさしくなってしまっている、ということである。

もしも再試験での出題が本試験よりもやさしくなるのであれば、本試験の時はわざと落第しておいて、再試験でラクをして「可」を取ろう、という姿勢が蔓延してしまうだろう。これが果たして、本試験で「可」を取った学生と比べて、扱いが公平だと言えるだろうか? 決してそうではあるまい。

やはり、再試験での「可」も、本試験で「可」を取るのに必要なはずだったのと全く同じレベルに到達してこそのものだろう。再チャレンジの機会を与えられるということ自体が、実は必ずしもあって当然ではないことであり、それは非常に恵まれた「救済措置」なのだから--実際、私が通っていた大学には再試という仕組みはなかった--そのことを心に銘記して、ぜひとも奮起して再試験に本気で臨んでもらいたい。

本来なら、難易度を同じにしていさえすれば、再試験では本試験とちがう内容の問題を出してもよいのである。

しかし、私の場合はそうはせず、全く同じ問題を出題する。だから、「同じ問題を出します」と聞いたときには、顔を曇らせるのではなく、むしろ目を輝かせてほしいのである。違う問題ならまた新たな準備が必要となるが、全く同じ問題なら、本試験に臨む場合に本来なら必要だった準備をしておけば、それでいいからである。

そのようなわけで、再試験の受験に当たっては、本試験で60点以上を取るために本来必要だった準備に、シッカリと取り組んでもらいたい。配点も全く本試験と同じである。よい答案を期待している。

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コメント

こんばんわ。私は大丈夫だったみたいで一安心しました。かなり気が体に負担をかけていたみたいで、久しぶりに腐るほど寝れました。

先日ある人に聞いたら「再試でなんとかなればいいやん、また友達と勉強会するわー」と言ってましたが、そんな問題ではない気がします。

投稿: N.ゆかり | 2006年9月 2日 (土) 19時39分

N.ゆかりさん、

> 先日ある人に聞いたら「再試でなんとかなればいいやん、また友達と勉強会するわー」と言ってましたが、

まぁ、自分の可能性をどれだけ信じ、それをどの程度発揮しようとするかは、まったく自由ですからね…。

ただ、自分の可能性をトコトン信じてそれを最大限発揮しようと努力する方が、はるかに喜びが大きいことも事実ですから、私としては、学生諸君には是非ゼヒ、大いに喜んで本気を出してほしいな…と思っています。

投稿: 山中 | 2006年9月 5日 (火) 07時08分

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