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2006年10月25日 (水)

体調回復後に再開します

読者の皆さんへ

先週の火曜日以降、本欄の更新が滞っているが、実を言うと、それ以来、体調を少し崩している。幸い、授業に大きな支障は出ていず、休講はせずに済んでいるが、今も微熱状態が続いているようだ。

そのようなわけで、本欄の更新は、体調が完全に回復してから再開させていただくことにいたします。

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2006年10月17日 (火)

内宮の森と清流

今日、神嘗祭(かんなめさい)に合わせた参拝のため、伊勢神宮の内宮に行ってきた。午前10時20分に宇治橋前に集合だったが、もう10月の半ば過ぎだというのに、とにかく暑かった。朝晩は涼しくなっているものの、日中はまだ、とにかく暑い。私の勤務する皇學館大学の服装規定で、公式の大学行事の際にはダークスーツの着用が義務づけられているので、みな黒や紺のスーツを着ていた。私もグレーのスーツを着用していたが、そのような色の濃いスーツを着ていたため、ますます体感温度が上がってしまったのには閉口したものである。

ところが、いざ参拝のため内宮の森に入ったとたん、急に涼しくなった。森の息吹が感じられ、非常に心地よい涼感に包まれたのである。神宮の神域を歩きながら、私は心ひそかに、森の恩恵に感動していた。私は奈良県橿原市にある大和三山の一つ、耳成山(みみなしやま)のふもとに住んでいるが、その耳成山沿いの道を通るときにも、暑い夏の日でも耳成山の森から非常に心地よい涼風が漂ってくるのを感じるのであるが、今日、内宮の森で感じたのも、まさにその心地よい涼感だった。否、その涼感は、森にすっぽり包まれている分だけ、耳成山沿いの道で普段私が感じるよりも、はるかに心地よいのものだったと言ってよい。

また、内宮を流れる五十鈴川が御手洗場(みたらし)となっていて、参拝の前にこの清流で身も心も清めるのであるが、この清流に手を差し入れたときにも、何とも言えない、ほどよい冷たさを感じることが出来た。また流れる水のせせらぎの音にも、心を洗われる思いがしたのである。

この五十鈴川の上流に目をやると、そこには豊かな森林に覆われた山々が広がっている。五十鈴川の清流を育んでいるのは、まさにこの山々である。「伊勢の神宮」と題された神宮司廳発行のリーフレットによると、この森が広がる山は、神路山(かみじやま)と島路山(しまじやま)と呼ばれていて、総面積はおよそ5500ヘクタール。その奥の方の2500ヘクタールには将来の式年遷宮御用材造成と水源確保のためのヒノキの造林が進められており、その他は千古の趣をたたえる自然林だとのことである。この広大な森が、五十鈴川の清流を育んできたのである。

われわれはこのような豊かな自然の恩恵を無料でこうむっているが、これからの時代においては、それを文字通り「タダ」と考えることはもはや許されないだろう。ポール・ホーケン他『自然資本の経済:「成長の限界」を突破する新産業革命』(佐和隆光監訳、日本経済新聞社、2001年刊)の28ページには、次の文章が書かれている:

人間が繁栄するためには、再利用できない資源よりも生態系によるサービスの方がはるかに必要なのである。森林は、材木という資源を供給するだけでなく、水の涵養や洪水の管理というサービスをも提供している。健全な環境は、きれいな水や空気、雨、海洋で生命を生み出す力、肥沃な土壌、河川流域の回復力などを自動的に供給するだけでなく、廃棄物処理(自然にであれ、工業的にであれ)、極端な天候に対する緩衝機構、大気の循環といったあまり目立たないサービスも提供している。

そして、この『自然資本の経済』(原題は Natural Capitalism: Creating The Next Industrial Revolution)では、生態系が提供してくれているかけがえのない“サービス”が、“自然資本”という概念で捉えられ、人的資本、金融資本、製造資本という三つの資本と並ぶ四つ目の資本として考えられている。つまりこの本では、「人工的な資本を使用した生産と、自然資本の維持・供給とのあいだに重要な相互依存関係があることを認めた考え方」として、“自然資本主義”(natural capitalism)が提唱されているのである。21世紀のわれわれは、この自然資本主義の考え方を抜きにして、これからの政治経済システムを考えていくことはおそらくできないだろうと思われる。

神嘗祭の参拝で内宮の森を歩きながら、私はこの“自然資本主義”に思いをめぐらせていたのであった。

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2006年10月16日 (月)

西条祭と神嘗祭

先週の週末は、妻の故郷である愛媛県西条市に行ってきた。西条祭の季節だったからである。私は仕事があるので、やむなく一足先に帰ってきたが、妻と子供は今も西条祭を堪能している。この「西条祭とは何ぞや?」というのは、まだ私にはうまく説明できないので、さしあたっては西条市の観光情報ページでの説明をご覧いただきたい。

この西条市で生まれ育ってきた私の妻にとっては、これはもう理屈抜きで心がウキウキする一大イベントなのだが、そうした環境で生まれ育ってこなかった私にとっては、最初はピンとこなかった。西条市の人たちにとっては、盆や正月よりも、10月の西条祭が一番大きなイベントであり、西条出身の人たちは、盆・正月には帰ってこなくても、西条祭にだけは里帰りしてくるという(西条市で売られているカレンダーは、西条祭のある10月から始まっている!)。西条の人たちにとっては、それほど大きなイベントなのである。ちなみに、この祭は300年以上続いている伝統行事だそうである。

まだ私はこの祭に関してはまったく勉強不足なので、まだ本当には理解できていないのだが、考えられることは、その根底には無意識のうちにも“収穫の喜び”が働いている、ということだ。というのも、これはれっきとした“秋祭り”だからである。

現代の都会生活にすっかり慣れてしまっている私は、農業に関する季節的な感覚が非常に弱くなってしまっていたような気がする。しかし、考えてみれば、私たちが日々口にする食べ物は、自然の恵み以外の何ものでもない。その自然の恵みに感謝し、秋の収穫を大いに喜ぶことは、人間として忘れてはならない、大切な感覚なのではないだろうか?

たしかに、この現代において西条祭に参加している人たちが、どこまでこの秋祭りの意義を明確に理解しているかどうかは、私には定かではない。とくに若者たちにとっては、一年に一度、ハメを外して大騒ぎできる機会としか、表面的には考えられていない場合も、なきにしもあらずかもしれない。

しかし、読者の皆さんも一度実際に行ってご覧になれば分かることであるが、この秋祭りのときに西条の人々が見せるエネルギーは半端ではない。それはそれはスゴイ熱気なのである。たんに大騒ぎするだけなら、あんなに祭の行事自体に熱中しなくとも、飲み会でもして騒いでいれば済むことだろう。しかしながら、あの祭には、やはり、単なる大騒ぎにとどまらない、もっと重大な意義のある何かが、当人たちも自覚しないままに、脈々と流れているのではないか。私はそれを、「自然の恵みに感謝し、それを喜ぶ」という、人間として本質的な生活感覚なのではないかと思うのである。さもなければ、300年も続いてこなかったにちがいない。

私の勤めている皇學館大学では、明日、大学行事として伊勢神宮の神嘗祭(かんなめさい)にお参りすることになっている。伊勢神宮のホームページによると、この神嘗祭とは

「その年の新穀を大御神に奉り、ご神徳に報謝申し上げるもっとも由緒深いお祭り」

である。つまり、これもやはり秋の収穫に、その自然からの恵みに感謝を捧げるお祭りなのである。

最近、私は、こうした伝統行事にこめられている季節感を、自分の中でもっと呼び覚ましておく必要があるのではないか、と思うようになってきた。というのも、人はやはり自然の恵みなしでは、とうてい生きられないからである。

すでに10月であるにもかかわらず、まだ日中は大変暑い日が続いている。温暖化が非常に懸念されるが、明日の神嘗祭では、今年の新穀を喜び、それに心から感謝しつつ、自然の恵みに思いをめぐらせる一日にしたいと思っている。

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2006年10月12日 (木)

ECCの中間テストを受験

今日は、毎週木曜日に通っているECC難波校での中間テスト(Mid-term Test)の日だった。私は時事英語クラスなので、テストも時事英語を内容としたものだった。リスニング・パートとリーディング・パートに分かれていて、前者が30分、後者が40分、計70分間のテストである。

毎年4月から始まるECCのレギュラー・コース(毎週定期的に通う1年間のコース)では、年に3回のテストが用意されている。10月のMid-term Test、1月の実力テスト、それに3月のFinal Testである。私のクラスで言えば、10月と3月のテストが時事英語に関するものであり、1月の実力テストはTOEICに準じた内容である。したがって、時事英語テストは昨年度末の3月に受けたFinal Test以来、半年ぶりだったことになる。

さて、その手応えのほどはというと、リスニング・パートは以前に受けたどのテストよりも、よく聞き取れたような気がする。いくつかの聞き取れない箇所もあったが、ほぼ理解できた。もちろん結果が出てみないと何とも言えないのだが、リスニングに関しては、確実に実力が上がってきているように思う。

その一方で、リーディング・パートの方は、以前と同じような出来具合だった。相変わらず「まぁまぁ出来た」という感じである。

以前の私のテスト結果には、リスニングよりもリーディングの方が出来が良いという傾向がずっと続いていたのだが、もしかすると今回はリスニングの出来がリーディングに追いついているかもしれない。

リスニングの力が向上してきているのは、以前に本欄の9月10日に書いたように、やはりシャドゥイングなどの日々の練習が功を奏しているからだと思う。その点ではうれしく思っている。

だがその一方で、リーディング力が現状維持にとどまっていることには、「これではいかんな…」という思いがした。私が購読している英字新聞はInternational Herald Tribuneであるが、普段、分からない単語はとばして、大体の意味をつかんでいるだけにとどまっていた。しかし、それを読むときに、もう少し丹念に語彙を増やしていれば、時事英語のリーディング力も伸びていたはずなのである。ところが実際にはそれがあまりできていなかったので、今回の手応えも以前と変わらなかったのであった。要するに、リーディングに関しては、さらなる向上のための練習が不足していたのである。

そんなわけで、次の時事英語テストである3月のFinal Testに向けては、リスニングとともに、リーディングの練習にも力を入れたいと思う。

ちなみに、私の現在の年齢は37歳である。私が10代の頃、英語力に関しては「若いうちでないと伸びない」ということをよく聞いたものである。たしかに若いうちに練習しておくことは非常に大切なことだろう。しかし、だからといって、たとえば30歳を過ぎたからといって、あきらめてしまう必要は全然ないと私は思う。たとえ37歳の私でも、日々コツコツと練習すれば、やはり伸びるのである。

だから読者の皆さんのなかで、もしも私と同じ、あるいはそれ以上の年齢で、その年齢を理由として諦めてしまっていた人がおられたとしたら、そうではなくて、これからでも自分の力を信じて、日々コツコツと練習していかれればよいのではないかと思うのである。

ましてや、まだ20代の学生諸君には、もっともっと自分を信じて努力してほしい。諸君が自分を見限ってしまうのは、あまりにも勿体ないことだ。若さを生かして、是非とも頑張っていってほしいと思う次第である。

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2006年10月10日 (火)

グリーン電力証書を購入

今日、「グリーン電力証書」の購入手続きをした。これで、我が家での1年間の使用電力を、自然エネルギーでまかなえることになる。

この「グリーン電力証書」というのは、日本自然エネルギー株式会社が以前から法人向けに提供していたものが、昨年5月から個人向けにも提供が開始されたもので、使用電力を化石燃料によるものから、クリーンな自然エネルギーに変えることができる仕組みである。

通常の電気代はこれまでどおり支払っていくことになるのだが、それに加えて¥10,500/1年分を支払えば、1年間の日本での家庭での平均的な使用電力量2000kwhを自然エネルギーから発電されるものに変えることができるのである。

その仕組みがどのようなものかについては、私が下手に説明するよりも、日本自然エネルギー株式会社自身による説明を見ていただいた方がよいだろう。その詳しい説明については、同社によるCO2free.jpのproject concept(および同社HPの他のページでの説明)をご覧いただきたい。また、同社の法人向けのグリーン電力証書を購入している団体のリストについては、こちらをご覧いただきたい。なかなか一流の企業がズラリと並んでいる。

いずれにせよ、通常の電気代に加えて、¥10,500/1年分をさらに支払う必要があるのは、現在のところ、化石燃料による発電コストよりも、自然エネルギーによるそれの方が高くかかるからである。しかし、上記のCO2free.jpのproject conceptにも書かれてあるように、その自然エネルギーの一人当たりのコストが高くなってしまう原因は、まだまだ利用者が少ないということだ。言い換えれば、化石燃料による一人当たりの発電コストが相対的に低くなるのは、圧倒的多数の人々がそれを利用しているため、その総コストの一人当たりの分担が低く済んでいるからである。

しかし、それはまだ現在の市場メカニズムにおいて、化石燃料が自然環境に与える負のコストが価格に正しく反映されていないからであるに過ぎない。それに比べれば、自然エネルギーの発電コストは、自然に優しい分だけ、本当は「より安い」はずなのである。

しかも、上記のCO2free.jpのproject conceptにも書かれてあるように、自然エネルギーの利用者が今後もっと増えていけば、自然エネルギー発電のための総コストの一人当たりの分担は、それだけ低くなっていくのである。

したがって、もっと多くの人々が使用していくことが必要不可欠なのである。しかし、もしもこのまま放っておいてもその見込みが低いのであれば、環境税・炭素税の導入が急がれるべきだろう。つまり、環境税・炭素税の導入によって、人々のエネルギー消費行動を自然エネルギーの使用へと導いていくことが必要不可欠となるだろうと思われるのである(環境税については、今年の5月19日以降の本欄での一連の記事をご覧いただきたい)。

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2006年10月 5日 (木)

基本英単語のコアイメージを身につけよう!

英書講読の受講者諸君へ

英文を読んでいくときに必要な力は文法力と単語力であることを前回述べたが、今回は単語力をのばしていくためのアドバイスを書いておくことにしよう。

授業で取り上げるような、なかなか本格的な英文を読んでいく際には、もちろん、いろいろな単語をたくさん覚えていく必要がある。それを単なる丸暗記の苦痛な作業にしてしまうのではなく、納得しながら面白く覚えていく方法はいくつかあるのだが、それについては授業中に取り上げる単語の意味を解説していくときに一つ一つ説明していくとして、ここでは、それ以前に必要な基本的な力を身につけていくのに、うってつけの番組がこの10月から放映されていることを紹介しておこう。

それは、以前から本欄でも何度か言及している次の番組である:

新感覚 キーワードで英会話 NHK教育テレビ

この4月から9月まで放映されていたのだが、おそらく好評だったからだろう、この10月2日から、再放送されているのである。

この番組で取り上げられる単語はどれも中学レベルのものばかりだが、実はこれらの基本語のコアイメージを正しく身につけておくことが、非常に大切なのである。

たとえば、諸君は次の単語はすでに知っているにちがいない:

go / come

諸君はこれを「行く」 / 「来る」 と暗記しているのではないだろうか?

ところが、たとえば家でお母さんに「ご飯ができたよ」と言われたときに、「いま行きます」と答える場合、実は、

I'm going now. ではなくて、I'm coming now. と言う。つまり、goではなくてcomeが使われるのである。

これにはちゃんと理由があって、go / come のコアイメージさえシッカリとつかんでおけば、「なるほど!」と納得できることになる。このgoやcomeといった基本的な単語であればあるほど、辞書で調べてみると実にたくさんの意味が載っているのだが、それらの意味は互いに無関係なのではない。むしろ、それらはすべて、そのコアイメージから派生したものであって、そのコアイメージをつかんでおけば、その意味の広がりもスムーズに理解できるようになる。そうすると、英単語の面白さが、分かってくるのである。

この番組は月~木の午後11:00~11:10の放送であるが、毎週日曜日の午前7:00~7:40に再放送があって、その週の放送をまとめてみることができる。さらには、翌週の月~木の午後0:00~0:10にも再放送されている。今からでも遅くはないので、テキストも購入して(定価はたったの350円である!)、ぜひともこの番組を見ることを強くお勧めしておきたい。

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