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2006年11月 1日 (水)

電気事業の“自然独占”のゆくえ(1)

先月下旬から風邪で不調だった体調がようやく回復してきたので、まだ万全ではないが、本欄での更新を徐々に再開していきたいと思う。

さて伊勢学舎での政治学の授業で、「市場の失敗→政府介入」の一例として“自然独占”の場合を取り上げ、その例として電話、鉄道、電気、水道などをテキストに沿って挙げておいた。基本としてはその通りなので、受講者諸君には、まずはこの基本をテキストに沿って理解しておいてほしいのだが、現代に即した“応用編”としては、この“自然独占”の前提が今後崩れていく可能性が大いにある、ということを知っておいた方がよいだろう。その例として、今日からしばらくは「電気事業」を取り上げてみたい。

授業でも説明したとおり、“自然独占”というのは、市場の動きそのままに放っておくと、自然に独占企業が生じてしまう現象を言う。事業開始時に全国規模で巨大なネットワークを張りめぐらさなければならない場合がそれである。その場合、どうせ独占が生じてしまうのであれば、民間企業よりも政府が独占した方がまだマシだろう、というわけである。そこで政府自ら、そうした独占事業に乗り出すということになる。その政府独占事業の我が国における例が、電電公社(電話)であったり、国鉄(鉄道)であったりしたわけだ。

電気事業にも基本的には同じことが言えるのだが、厳密に言うと、この“自然独占”の場合、政府自らが事業に乗り出すとは限らない。いくつかの民間企業に限定して、それらに電気事業を寡占させた上で、政府がそれを規制するというやり方もある。電気事業の場合がそれで、もう少し具体的に言うと、電気事業法によって、電気事業を営もうとするものは経済産業大臣の許可を受けなければならないことになっている。その許可を受けた電力会社が、東京電力や関西電力などの各地域の電力会社(計10社)だというわけである。

ところが、近年になって、この「政府規制下における電気事業の寡占状態」が崩れつつあるのである。というのも、規制緩和により電気事業の自由化が徐々に進んでおり、平成17年4月からは、高圧で受電する利用者(原則50kW以上)は、地域の電力会社以外の、新しい電気事業者や他の地域の電力会社から電気を買うことができるようになっているからである。

この近年の電力自由化についての詳細な説明は、さしあたっては、電気事業連合会による説明に譲ることにして、本欄では、もっと根本的な意味での変革の可能性について論じることにしたい。それは一言でいうと、

水素エネルギーと自然エネルギーの活用による分散型エネルギー社会の実現

という可能性である。つまり、もっと平たく言うと、将来は各家庭が電力の消費者のみならず、電力の供給者にもなる可能性があるのである。もしもこれが実現すれば、電気事業のあり方は、根本的に変わることになる。

この点についての詳しい説明は、次回以降に進めていくことにしたい。《続く》

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