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2006年12月29日 (金)

肉食と穀物と森林破壊…そして飢餓

昨日12月28日のヘラルド朝日紙の社説欄に、「食用肉と地球」(Meat and the Planet)と題された論説が掲載されていたが、ここには、肉食が大きな地球温暖化の促進要因になっていることが要領よく述べられていた。

それによると、(食用肉にするための)家畜は、実に地球温暖化効果のおよそ18%を占めており、それは交通・運輸による温暖化効果の割合(すなわち自動車等の排気ガスによる温室効果)を上回るのだという。というのも、ウシの胃袋からはメタンガスが吐き出されるし、肥料からは窒素が排出されているからである。それに加えて、牧場(の開拓)による森林破壊も地球温暖化を促進する。そうした事実を簡潔に述べた後、そのヘラルド朝日の論説は、「われわれの健康と地球の健康は、家畜の生産をもっと持続可能な方向にもっていくことにかかっている」(our health and the health of the planet depend on pushing livestock production in more sustainable directions.)という一文で結ばれている。

この論説を読んで思い出したのは、今年の5月19日に放映されていたNHKスペシャル「アマゾンの攻防~日・中・米 大豆争奪戦」である。NHKによるその簡単な内容紹介についてはこちらをご覧いただければよいのだが、要するに、中国において大豆の需要が爆発的に増えたため、日・中・米の間で、急増する大豆の需要を満たそうと、ブラジル・アマゾン川流域の穀倉地帯を舞台に、大豆の争奪戦が繰り広げられているというのである。その大豆を栽培する地域を拡大するために、アマゾン川流域での森林伐採が進み、一昨年だけで東京都の12倍の面積の熱帯雨林が消失したという。

それにしても、なぜ、中国でそれだけ大豆の需要が急激に増えたのだろうか? それは、経済発展の著しい中国で、肉食をする人が増えたからである。その食用肉を生産するために家畜を早く肥らせるには、大豆から食用油を搾り取った「大豆粕」が良いのだそうである。というのも、その大豆粕は穀物の中で最も多くのタンパク質が含まれているからである。このように、日本やアメリカでのみならず、中国でも肉食をする人が増えたことにより、大豆の輸出大国・ブラジルでは、大豆栽培のためにアマゾンの森林破壊が進んでいるのである。

また、そのNHKスペシャルでは触れられていなかったが、大量の大豆粕が(人間が食べるための肉にされる運命の)家畜の口に放り込まれている一方で、この同じ地球上では、いま私の手元にある日本ユニセフ協会の基礎チラシ「守りたい、子どもの命…子どもの未来」によると(オンラインではこちらでそのチラシの写真が小さく掲載されている)、1年間で1050万人もの子供が5歳の誕生日を迎える前に、(飢餓や栄養不足による病気で)亡くなっている。

つまり、先進国での飽食による生活習慣病(最近の言葉で言えば“メタボリック・シンドローム”)の一方で、途上国では3秒に1人、子供が命を落としているのである…。

しかし、もしも、いま家畜の口に渡っている穀物がこれらの子どもたちに行くならば、こうした飢餓もなくなるはずであろう。そのために最善の方法の一つは、要するに、われわれが肉食をやめる(あるいは減らす)ことなのである。それは、食肉用の家畜を飼うスペース確保のための森林破壊への推進力も大きく減らすことになる。

そう考えていくと、何も大きな革命を起こそうとしなくとも、われわれ先進国の人間ひとりひとりが、日常生活の中で肉食することを少しでも控えることによって、現在大きなグローバル・プロブレマティーク(地球的問題群)となっている地球環境問題と飢餓・食糧問題との解決が、大きく進むことが分かるだろう。私たち自身の健康のためにも、地球の健康のためにも、菜食の方が望ましいのである。かく言う私は、宴会等の場で勧められたときには肉もいただくが、普段の生活において自分で選べるときには、野菜と魚を食べるようにしている。

読者の皆さんも、新たな年を迎えるにあたって、肉食を少しずつ減らしてみませんか?

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コメント

授業お疲れ様です☆★
私の考えとしては牛に大豆をあげてもいいと思います。
牛は草食やから草でいいってのはどうかと思います。
なぜなら人間だって様々な物を食べているからです。
そして美味しい物しか食べへん人もいます。
なら牛のえさよりも人間の食を見直すべきではないでしょうか?
牛からしたら別の動物を助けるために自分らのえさが変わるんです。
納得できない牛もいるでしょう。
牛の胃袋からメタンガスが吐き出るといっても生きているからこそです。
そんなことより人間がムダに出しているものの方がダメなのでは?
講義を受けた感じでは牛の命を軽く見ているかんじがしました。
牛も一生懸命生きています。
後に食べられる運命でも今を必死に生きています。
それだけは忘れないで下さい。

投稿: ゆぅゅう | 2007年7月 4日 (水) 03時36分

ゆぅゅぅさん、

率直なコメントをありがとうございます。

さて、
>私の考えとしては牛に大豆をあげてもいいと思います。
>牛は草食やから草でいいってのはどうかと思います。
>なぜなら人間だって様々な物を食べているからです。

仮に牛が本当に「好き好んで」大豆を食べているのなら、たしかにそうでしょう。しかし、本当にそうでしょうか?

家畜としての牛に大豆を食べさせているのは、あくまでも「肥育」のためにすぎません。つまり、「人工的に肥らせるため」です。これは人間の側の都合に過ぎないのであって、牛にとっては、きわめて“不自然”なことなのではないでしょうか?

>講義を受けた感じでは牛の命を軽く見ているかんじがしました。
>牛も一生懸命生きています。
>後に食べられる運命でも今を必死に生きています。

「後に食べられる運命」に牛を置いているのは、牛自身でしょうか? 牛自身が、自らを牛肉として人間に身を捧げるために、牛肉としての品質を自ら高めるために、喜んで大豆を食べているのでしょうか? だとしたら、なぜ牛は、屠殺場に連れて行かれるときに、あれほど恐怖するのでしょうか?

私は、牛肉にするために牛に大豆を食べさせることの方が、はるかに「牛の命を軽く見ている」と思います。

投稿: | 2007年7月 4日 (水) 14時06分

名前を入れ忘れており、失礼いたしました。上記のコメントは山中によるものです。

投稿: 山中 | 2007年7月 4日 (水) 14時15分

コメントありがとうございます。
大豆が美味しいのかどうかは私たちにはわからないことです…。
ただ、肥えるということは栄養が高いのかと思いました。
あくまで想像です。しかしそうならば、栄養の高いものを食べた方が牛にとっては良いのではないでしょうか?

もしも人間が牛肉を食べなくなればどうなるとお考えですか?
今日、日本に野生の牛はあまり見ないと思われます。
そうならば実質日本の牛は家畜がほとんどです。
そして牛肉が売れないとなると勝手な人間は牛を飼わない。
もしくは、さらに良い餌を使うのではないでしょうか?
そうすれば牛の数も減り、食べ物も牛の餌にまわってしまう気がします。
今回のコメントはほとんどが想像です。
根拠はありません。なのでそうならないかも知れません。
ただ、今回のコメントのようになってしまうことも可能性としてはあると考えています。

投稿: ゆぅゅう | 2007年7月 5日 (木) 00時53分

ゆぅゅうさん、

>栄養の高いものを食べた方が牛にとっては良いのではないでしょうか?

大豆のような濃厚な飼料を食べることは、牛の健康にとって、かえってマイナスなのです。この点については、本ブログに昨日(2007年7月4日)の欄に書いた「工場式畜産の問題点」という文章をお読み下さい。

>もしも人間が牛肉を食べなくなればどうなるとお考えですか?

あなたは、「牛は人間に食べられるために存在している」とおっしゃりたいのですか? 屠殺の残酷さを知るとき、少なくとも私には、あなたのような立場をとることはできません。

>今回のコメントはほとんどが想像です。
>根拠はありません。

自分の意見を勇気をもって主張することは大変良いことですが、その場合には、それなりのちゃんとした根拠を持って発言することを強くお勧めします。さもなければ、それは単なる独断になってしまい、建設的な対話・議論ができなくなってしまいますので。

投稿: 山中 | 2007年7月 5日 (木) 09時04分

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