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2007年1月19日 (金)

学生の質問に答えて:9/11はなぜ起こったか?

伊勢学舎での政治学受講者から、「9・11事件がなぜ起こったのか教えて下さい」という質問をいただいた。授業中にできるだけ簡潔に答えるつもりだったが、次回が今年度の最終授業であり、時間切れになってもいけないので、試験範囲外のテーマでもあることから、授業の場ではなく、本欄で簡潔にお答えしておくことにする。

まず、あの9・11で何が標的にされたかを振り返ってみよう。それは、世界貿易センタービルと、ペンタゴン(国防総省)であった。前者はアメリカ(および西洋社会)の富の象徴であり、後者はアメリカ外交政策の象徴である。前者は経済的側面、後者は政治外交的な側面と言えるだろう。すなわち、以下の2つである:

①経済的側面-国際的および国内的な貧富の格差への反発
②政治外交的側面-アメリカの中東政策への反発(とくにイスラエル・パレスチナ問題)

しかしながら、この2点に加えて、もう一つ、

③思想的側面-善悪二元論からくる、妥協を知らない敵意

も挙げておかねばなるまい。というのも、池内恵『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書)によると、いまのアラブ世界では、パレスチナに代表される「イスラーム世界とユダヤ・アメリカ十字軍の戦い」を、終末論的な意味合いを持った(妥協の余地なき)闘争と受け止める傾向が出てきているからである(『現代アラブの社会思想』129ページ)。

ところで、この「善悪二元論」は米ブッシュ政権も同様である。というのも、「悪の枢軸」という言葉を使って、テロリストを庇護しているとみなされている国家を厳しく非難しているからである。

テロという手段がとうてい容認されえないものであることはもちろんである。しかしながら、かといって、なぜテロリストたちがあのような手段に訴えるほどにアメリカおよび西洋社会を恨むことになっているのかについて、欧米先進諸国の側における責任を自ら反省することなく、このような善玉・悪玉論だけでテロリストを攻撃するばかりでは、この問題の解決はとうてい望めないだろう。

なお、国際テロの問題については、本欄において、すでにいくつかの試論を掲載しているので、興味のある学生諸君は、本欄のカテゴリーから「宗教テロ」および「経済・政治・国際」を選んでクリックし、その中に含まれている関連記事をお読みいただきたい(ただし、本欄での考察は、筆者の研究における専門分野の関係で、主に上記の①③に焦点を当てていることを、あらかじめ断っておく)。

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