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2007年2月22日 (木)

指揮者・大野和士の世界における“自由の論理”

前回の本欄で、指揮者・大野和士氏の語る指揮の極意--“ないかの如くある”指揮の下に奏者1人1人が解放されている状態--について書いたが、私が何故それに強い興味を惹かれたのかというと、クラシック音楽が好きだという私の趣味の問題だけではなく、それが私に、ある学問的関心も強く抱かせたからである。その学問的関心とは、

「指揮者・大野和士の世界」は、M・ポラニーのいう“自由の論理”の具体例と言えるのではないか?

ということである。

M・ポラニー(Michael Polanyi)は、1891年にハンガリーのブタペストで生まれた思想家で、もともとは自然科学者であったが、「暗黙知」(tacit knowledge)という独特の知識論によって、ソビエト型の「科学の計画化」を鋭く批判して「科学の自由・学問の自由」を強力に擁護し、社会思想の分野でも独自の貢献をしたユニークな自由論者である。私の研究してきたハイエクにも大きな影響を与えているという点で、私の研究課題にとっても非常に重要な人物である。自由市場経済批判の書である『大転換』を著した経済思想家・経済人類学者のK・ポラニー(Karl Polanyi)の実弟だが、兄カールが社会主義者であったのに対して、弟マイケルは自由主義者だったという点で、兄弟間で明確な思想の違いがあった。

そのM・ポラニーの主著の一つが『自由の論理』という書物である。原題は The Logic of Liberty で、1951年に書かれたものだが、邦訳『自由の論理』がハーベスト社から1988年に出ている。その第3章に「学問の自由の基礎」という文章が収められているのだが、そこに、次のような興味深い問題が設定されている:

1人ですると数日あるいは数週間かからなければ完成しない非常に大きなジグゾー・パズルを組み立てなければならないとする。しかも、その期日が非常に切迫しており、その解決には重要な秘密の発見がかかっている。そこで助手のチームを組むことにしたが、このパズルを解くためには、その助手のチームにどのように働いてもらうのが、最も効果的か?

このような問題設定をした後、M・ポラニーは、以下の三つのやり方を挙げている:

①複製した幾組かの同じパズルを、孤立させた何人かの助手たちに個別に渡し、期日までに各自で取り組ませる。
②同じ単一のパズルに取りかかるのに可能な限りで多くの助手を動員し、その助手たちが自由に振る舞って各自のイニシアティヴを発揮するに任せる。
③すべての助手を階層的に組織して、ある一つの中心からの指令に従わせる。

①は文字通りの「自由放任」であり、③は「中央集権」であると言えるだろう。そしてM・ポラニーは、①でも③でもなく、このパズルを急速に解くための唯一の方法として、②を挙げているのである。この②には、自由と調和の不思議な融合が見られるのであり、M・ポラニーによれば、このような意味での科学者同士の自発的な相互調節こそが、科学の発展にとって絶対に不可欠なのである(M・ポラニー『自由の論理』ハーベスト社、45-46頁)。

この②における状態、すなわち、ある高い目的を共に目指すなかでの「個人の自由と全体の調和」こそが、「指揮者・大野和士の世界」だと言えないだろうか? それを伝えるNHKのテレビ番組を見つつ、上記のジグゾー・パズルの例を思い出しながら、私はM・ポラニーのいう“自由の論理”を連想せずにはいられなかったのである。

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コメント

山中先生へ

ポラニーの話は何だかビジネスの「組織論」を思わせますね。でもジグゾーパズルを作成するのに①と③の方法でされたら助手だって「やってらんねーよ」と言いたくなるんじゃないかと思うのは僕だけでしょうか?

でも大野さんのような人だからあれだけのことができたのでしょうね。

それぞれの個性や考え方メンタリティーがあり、尚且つ共通の暗黙の了解や夢や目的を持つ・・・・簡単そうで難しい・・・

投稿: スメルジャコフ | 2007年2月22日 (木) 13時50分

スメルジャコフさん、

> ポラニーの話は何だかビジネスの「組織論」を思わせますね。

なるほど…。私はまだ不勉強で、実はビジネスの組織論をよく知らないのですが、たしかに似ていてもおかしくはないと思います。

ところでスメルジャコフさんは、大学卒業後はビジネスの世界に入られたのですか?

投稿: 山中 | 2007年2月25日 (日) 22時34分

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