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2007年3月19日 (月)

子どもと散歩

最近、春休みで時間に多少の余裕があるのを幸いとして、3歳半になる娘と、夕方に外で遊ぶ機会を、いつもより少しは多く取れるようになった。やはり子どもは、外で遊んでいるときが一番生き生きとしている。

今日は5時頃から家の前で少しボール遊びをしたあと、三輪車に乗って近くの田んぼに行った。幸い、我が家の周りにはまだアスファルトに覆われていない、土に触れることのできる場所が多少は残されている。今の季節はその田んぼには何も育てられていないので、子どもをそこで遊ばせることができる。土の道なら、走って転んだとしても(まだ転んだことはないが)、大きな石さえなければ怪我の心配はない。やはり子どもには、硬いアスファルトよりも、柔らかい土の方がはるかに魅力的なようだ。

今日はさらに、その田んぼからさらに足を伸ばしたがったので、歩いて5分ほどの小さな公園にも行ったが、今日はもっともっと足を伸ばしたがったので、そこからもう少し北に上がったところにある、溜め池へも散歩した。その溜め池までは初めてだったので、娘も興味津々だったようだ。

その溜め池は釣り堀も兼ねているようで(「会員以外の釣りを禁ず」という看板がかけられていた)、私たち親子が池沿いを歩いていると、おそらくフナだったと思うが、金網で隔てられている池の岸辺にドンドン寄ってきて、口を開けてエサを要求しだした。20尾ぐらいはいたであろうか。あいにくエサとしてあげられるようなものは何も持っていなかったし、そもそも勝手にエサをやってよいものかどうかも分からなかったので、我々はただそのフナたちを眺めているだけだったが、娘はやはり興味津々だ。空にはスズメなどの鳥も飛ぶので、その姿にも娘は感動して「あっ、トリ!」と生き生きと声を出して指をさす。

そうこうしているうちに、午後6時からの「アンパンマンくらぶ」の放送時間が近づいてきたので、三輪車の置いてあるところまで戻り(その途中までは肩車をした)、およそ1時間弱の散歩の時間を終えたのであった。「おとうさん、おさんぽ、たのしかったね!」と娘が喜んでくれるので、父親としても大変嬉しい。

こうして我が家では幸いにして、散歩しながら動植物に触れることのできる機会を多少は持てる環境があるのだが、散歩させている時にいつも非常に神経を使うのが、車である。というのも、道路が車中心に作られていて、歩行者にはあまり優しくない道が多いからだ。できるだけ車の通れない道を選ぶが、それでもどうしても車も通る道を使わなければならなくなるので、そんな道では抱っこして通ることにしているが、もう少し、歩行者に優しい道を作れないものか…と、散歩のたびごとに、街作りのあり方に思いを馳せるのである。

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