« 3月を迎えて | トップページ | 綿棒から耳かきへの“冒険” »

2007年3月 3日 (土)

グリーン・リベラリズムにふさわしい“自由”とは?

本欄の2月12日の記事で、「グリーン・リベラリズムの可能性」と題した文章を書いたが、それ以来ずっと、「グリーン・リベラリズム(環境自由主義)にふさわしい“自由”のあり方とは何か?」という問題を考えている。

2月12日の記事の追記(2)でも書いたように、そのふさわしい“自由”のあり方への重要な手がかりを与えてくれるのは、M・ポラニーの自由論ではないか?--という気がしてならない。というのも、M・ポラニーの“自由の論理”においては、他から干渉されないことのみを求める私的・消極的自由(「~からの自由」)だけではなく、むしろ何らかの真理・実在への献身を求める公的・積極的自由(「~への自由」)こそが重要視されているが、気候変動の危機が迫る中で、地球環境を保護あるいは保全していくためには、自然環境に手段的な価値以上の、より本質的な価値を認め、その本質的な価値を守るためには献身的な努力を惜しまない姿勢が、おそらくは必要不可欠となるだろうからである。M・ポラニーは、消極的自由の重要性を否定したわけではないが、より重要なものとしてはむしろ積極的自由の方を高らかに掲げた自由論者として、全体主義を批判した20世紀の自由主義者のなかでは、異彩を放つ思想家だったのである(たとえば、M・ポラニー『自由の論理』ハーベスト社を参照。なお、M・ポラニーの自由論をハイエクとの比較の下に論じたものとしては、渡辺幹雄『ハイエクと現代リベラリズム-「アンチ合理主義リベラリズム」の諸相』春秋社、2006年の第4章および付章2の3を参照されたい)。

しかしながら、こうした積極的自由を唱道していくためには、消極的自由論者が警戒してやまない「全体主義」の恐れを解消しておくことが、非常に大切なことになるだろう。というのも、消極的自由論者に言わせれば、“真理”や“実在”という名をかたる独善的なイデオロギーこそが、全体主義を生み出した張本人だったからである。したがって、その危険性を回避し、個人の自由を守っていくためには、消極的自由論者によれば、およそ真理や実在なるものを騙る権力への警戒を怠らない私的・消極的自由をこそ堅持して行かなくてはならない。

こうした消極的自由論の立場からは、したがって、環境問題を論じるにあたっても、ディープ・エコロジーの思想は、生態系至上主義の全体論(ホーリズム)だとして、警戒されることになってしまうのである(たとえば森村進『自由はどこまで可能か-リバタリアニズム入門』講談社現代新書、198-207ページを参照。森村氏はそこで、自由市場こそが環境問題を解決するという基本認識に立ちつつ、他方ではリバタリアニズム=自由至上主義にはたしかに人間中心主義に過ぎるところがあることも認めながらも、ディープ・エコロジーの思想に対しては、個人の自由をなみする全体論に陥るものとして、大きな警戒心を表明している)。

したがって、環境問題の解決のために環境自由主義を目指すに当たっては、「個人か全体か」とか「人間か動植物か」といった二項対立・二律背反に陥るのではなく、「個人も全体も」「人間も動植物も」ということを可能にするようなものとして、自由のあり方を考えていかなくてはならないのである。これは非常に大きな課題であるが、私の次の研究課題として、勇気を持って取り組んでいきたい。

とはいっても、一気に事は運ばないだろうから、焦らず着実に、日々の積み重ねを大切にしていきたいと思っている。

|

« 3月を迎えて | トップページ | 綿棒から耳かきへの“冒険” »

コメント

山中先生へ

僕は思うのですが、環境問題で個人も・全体もというように行くにはまずはある程度の環境に対する共通認識(とでも言えば言いのかな?)が必要ですよね。生活レベルでの節約から企業レベルの郊外を含めた環境を考慮した戦略まで。

でもそれには消費をよしとするメンタリティーを改めなければならないと思います。街や店を見渡しても広告にしても品物にしても「こんなのいらんやろ・・・」というのが多すぎますよね。

大体この現代社会が個人を考えすぎているのか全体を考えすぎているのかすらわからないことがあります。どちらも考えていないような気もします。

投稿: スメルジャコフ | 2007年3月 3日 (土) 23時53分

スメルジャコフさん、

> それには消費をよしとするメンタリティーを改めなければならないと思います。街や店を見渡しても広告にしても品物にしても「こんなのいらんやろ・・・」というのが多すぎますよね。

同感です。“アフルエンザ”ですね。ジョン・デ・グラーフ他『消費伝染病アフルエンザ』(日本教文社)が、消費過剰の病理を見事に描いていて、面白いですよ。どうぞご一読下さい。

投稿: 山中 | 2007年3月 4日 (日) 09時53分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 3月を迎えて | トップページ | 綿棒から耳かきへの“冒険” »