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2007年3月16日 (金)

『ハイエクの政治思想-市場秩序にひそむ人間の苦境』について(2)

拙著がいよいよ書店に配本されたと出版社(勁草書房)から昨日に連絡をいただいた。実際に書店で並べられるにはまだもう少し時間がかかるかもしれないが、おそらく今月中には、勁草書房の図書を扱っている主要書店で陳列されることになるだろう。勁草書房のホームページにも刊行案内が掲載されたので(こちら)、オンライン書店でもいずれ登場することになると思う。なお、勁草書房の特約書店については、勁草書房ホームページのトップページ上欄の「特約書店」をクリックしてご覧いただきたい。

本書のタイトルを『ハイエクの政治思想』としたのは、ハイエクの市場秩序論において、政治権力の働きに、実はかなり本質的な役割が与えられていることを、本書で力説したからであった。「政治権力に頼らずとも自律的な秩序形成能力が社会には備わっている」と論ずる“自生的秩序論”で知られてきたハイエクではあったが、それは単純な自由放任論ではないといった点にとどまらない、より本質的な意味で、ハイエクの説く市場秩序論は政治権力の働きを必要としていたのである。

社会秩序の形成・維持のために政治権力の働きを(あまり)必要としない、という議論を展開するためには、大なり小なり、楽観的な人間観が前提とされていなければならない。そうであって初めて、「自由に任せておいても大丈夫」と安心できるからである。しかしながら、ハイエクをつぶさに読むとき、その諸著作から浮かび上がってくるのは、比較的楽観的な人間観から、かなり悲観的な人間観へのハイエクの変遷なのである。

それに伴って、彼の民主主義観においても重大な変化が見られることになる。もともと多数者意志の妥当性に対して、いささか懐疑の念を持っていたハイエクではあったが、その壮年期の主著『自由の条件』(1960年)第7章に書かれたその民主主義論では、優れた少数意見に引っ張られる形で、多数者意志が自由市場の論理に順応していく可能性について、楽観的な期待がまだ表明されていた。ところが晩年の主著『法・立法・自由』(1973~79年の期間に3巻に分けて順次出版された)の第3巻『自由人の政治的秩序』(1979年)では、その多数者意志の自由市場への順応可能性について、きわめて悲観的な見解が表明されることになったのである。ここから彼は、民主制を「平和的な政権交代を可能にする唯一の方法」としてその存在意義を認めつつも、その民主制の実際の運営方法としては、かなりエリート主義的な方式を提唱することになったのであった。

詳しくは本書をお読みいただきたいのだが、以上のような、ハイエクにおける市場秩序論と政治論との重要な結びつき(およびその政治論におけるエリート主義的な性格)を指摘することで、わが国におけるハイエク研究の進展にいささかなりとも貢献しようとしたのが本書である。その試みが成功しているかどうかについては、読者諸賢のご判断に委ねたいと思う。

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コメント

山中先生へ

山中先生の本は大きな書店で読んでから感想を言いたいと思います。とは言っても立ち読みだから、じっくりとは読めそうもないとは思いますが、できる限り頑張って読みます。

今僕は都留重人の「経済学はむずかしくない」という本を読んでいます。鶴見俊輔がこの人のことを高く評価していたので興味を持ちブックオフでたまたま350円で売っていたので買いました。

すごく面白いし74年に出版された本なのに読み応えがあります。でもこの本を読んでいると僕たちが生きている資本主義の世界って脆くて危なっかしいものなのだな、と思いました。

投稿: スメルジャコフ | 2007年3月18日 (日) 01時33分

スメルジャコフさん、

> 山中先生の本は大きな書店で読んでから感想を言いたいと思います。とは言っても立ち読みだから、じっくりとは読めそうもないとは思いますが、できる限り頑張って読みます。

どうぞ読みやすいところからお読み下さいね。

> 今僕は都留重人の「経済学はむずかしくない」という本を読んでいます。

卒業されてからも、読書されているのですね。どうぞこれからも、心豊かな読書生活をお送り下さい。

投稿: 山中 | 2007年3月19日 (月) 22時20分

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