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2007年3月21日 (水)

子どもにとってのカナと漢字:我が家の娘の場合

3歳半の我が家の娘が、数ヵ月前から、簡単なパソコン仕立ての「アンパンマン」の文字遊びに、ほぼ毎日興じている。平仮名はおおよそ覚えたようだが、カタカナはまだ難しいようだ。「カタカナ、むずかしい!」と今日も言っていた。ところが、である。驚いたことに、今日、その同じ娘の口から「漢字、大好き!」という言葉が出たのである…!

漢字といっても、その「アンパンマン」のおもちゃパソコンに出てくるのは、木、火、土、人などの非常に簡単な漢字(つまり、会意や形声などではなく象形の漢字)だが、「このおもちゃパソコンは、よく出来ているなぁ…」と感心したのは、それらの漢字を“絵と一緒に覚えさせる工夫”をしていることである。

たとえば、“木”の漢字を問題に出す場合、その横に木の絵も画面に出してくれる。その他の絵も2つ出して、計3つの絵の中から正しい絵を答えさせるのである。そうすると、我が家の3歳半の娘にとっては、カタカナをひらがなに対応させるよりは、漢字を正しい絵に正しく対応させる方が、はるかに簡単なようなのである…!

まだそうした漢字の正答率は100%ではないが、カタカナよりもはるかに高い正答率である。それに何よりも、3歳半の子どもから「漢字、大好き!」という言葉が出たことが、カタカナと漢字の、この3歳半の子ども本人にとっての“馴染みやすさ”の違いを、雄弁にあらわしているであろう。

もちろん、この一つの事例のみを以て、いきなり一般化した結論を引き出すのは早計だろう。しかしながら、もしも我が家の娘の事例が特異なものではなく、実際に調べてみれば、実は他の子どもたちにも当てはまるものだったとするならば、私は、小さい頃から、ひらがなやカタカナだけではなく、漢字も、簡単なものからドンドン遠慮なく教えていってあげる方が、却って子どもの知育のためによいのではないか…という気がするのである。

有名な言語社会学者の鈴木孝夫氏(慶應義塾大学名誉教授)は、その著『日本語と外国語』(岩波新書、1990年)の第四章と第五章で、「漢字の知られざる働き」と題して、漢字の特質を明快に解説しておられるが、その中で鈴木氏は「日本語は音声と映像という二つの異質な伝達刺戟を必要とするテレビ型の言語であり、これに比べると西欧の諸言語は音声にほとんどすべての必要な情報を託すラジオ型の言語だ」と述べている(195頁)。つまり表音文字のみの西欧言語とは異なって、日本語は視覚も大いに活用した言語だ、ということである。ちなみに私の手元にある『日本語と外国語』の奥付によると、1990年1月22日にその第1刷が出た後、2004年2月25日には、実に第31刷が出ている。息の長い売れ行きを誇る名著だと言うべきだろう。

いずれにせよ、以上のような我が家の娘の事例からするならば、その視覚を適度に刺戟しつつ、漢字も徐々に覚えていけるように、子どもの興味を上手に引き出していくことが、親として、子どもの知育のためにはきわめて大切ではないかと思うのである。

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コメント

山中先生へ

いい「お父さん」をされているようですね。山中先生らしいです。

漢字というのはそもそも「絵」ですし、この頃の子供というのは字よりも絵として物事を認識する時期と言われていますから娘さんが漢字に馴染まれるのもある意味で当然かもしれません。

ただその殆どの物事を絵として認識する能力は子供の個人差もあるでしょうし、年齢を経るごとに変化していくでしょうし、そして何より親御さんや大人たちが見守るようにして子供に漢字を教えるのと「早く子供に漢字を覚えさせたい」とあせるあまり子供にプレッシャーをかけてしまう人で色々と差がでるかもしれませんね。

でも娘さんが漢字を覚えることを楽しまれているのならば教育効果を考えるのは後回しにして娘さんに付き合うだけでとりあえずは充分なのではないでしょうか・・・と勝手に考えています。

投稿: スメルジャコフ | 2007年3月23日 (金) 00時47分

スメルジャコフさん、

いつもコメントをありがとうございます。

「覚えさせよう」と力む気持ちは、幸いなことに、全くありません。楽しむことが第一ですからネ。教育効果はそれに付随して自然に伴ってくるものだと思います。

投稿: 山中 | 2007年3月23日 (金) 07時12分

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