« 中国政治経済の勉強を開始(2) | トップページ | 中国の地方政府主導型の経済発展をめぐって »

2007年4月27日 (金)

中国政治経済の勉強を開始(3)

本ブログ4月13日の記事に書いた理由により中国政治経済の勉強を始めているが、参考までに、これまでに私の読んだ主な文献の中から、特に感銘を受けたものを挙げておくと(かなり以前から読んでいたものも含めて)、以下のとおりである:

○木村雅昭 『「大転換」の歴史社会学-経済・国家・文明システム-』(ミネルヴァ書房、2002年)

私の恩師の御著書。比較史的方法を駆使して近代市場社会成立の背景を分析したもので、市場原理主義や新古典派経済学が孕む今日の問題状況が見事に解明されている。中国が取り上げられているのは、その「第九章 帝国と経済体制-中国」においてである。もとより、この第九章の議論を本当に理解するためには、本書をすべて読み通した上で、その議論全体に通暁しておく必要がある。私はもちろん一度は通読しているし、いくつかの章は何度も読み返しているのだが、それでもまた読み返す必要がまだまだありそうだ。それほど重厚で浩瀚な書物である。

○野田宣雄 『二十世紀をどう見るか』(文春新書、1998年)

新書ではあるものの、20世紀末から21世紀にかけての歴史的大変動を、(私なりに図式化すれば)《グローバル化による国民国家の危機 → エスニーと帝国の復活=「中世への回帰」》 という歴史認識によって、鮮やかに解き明かした名著。その第7章で中国のことが論じられている(「中華帝国と日本」)。改革・開放路線を鄧小平独特の帝国支配への復帰の試みと捉える視点は、非常に示唆的である。

○三宅康之 『中国・改革開放の政治経済学』(ミネルヴァ書房、2006年)

現代中国の政治経済を分析するに当たって、国家中枢と基層社会の狭間に位置しているが故に統治の矛盾の集約点となる地方指導部に視点を据え、中央地方政府間関係を軸として、共産党独裁体制の統治の内実とその実質的変容に迫った力作。その議論の主旨については一応理解したつもりではあるのだが、その詳細な分析についてはまだ綿密に消化できていないため、また読み直す必要がありそうである。

○滝田豪 「中国農村における公共性の危機-基層政権の「不良債権化」と「企業化」-」『日中社会学研究』第13号(2005年10月)53-72頁

いただきものです(滝田さん、ありがとうございます)。現代中国の市場経済化のなかでの農村基層政権の有様を明快に分析した論考で、そこにおける公共性が私的に融解している実態が鋭く描かれている。私はここに、中華帝国において伝統的だった家産制的支配における、いわば「私物化された公的権力」(とでも言うべきかと私は思うのだが)が中国農村に根強く生き残っている有様を、まざまざと見せつけられた思いがする。中国における政治文化のあり方がその市場経済化に及ぼす影響に、深く思いを致さずにはいられなかった。

以上4つの文献が、これまで読んできた中で特に感銘を受けたものである。もちろん、まだまだもっと読んでいかねばならない。これからも私なりに勉強を続けていき、本ブログにも、その経過を折に触れて書き留めていこうと思う。

|

« 中国政治経済の勉強を開始(2) | トップページ | 中国の地方政府主導型の経済発展をめぐって »

コメント

大学で受講しました。木村雅昭教授の「比較政治学」。私は憲法、民法や行政法を勉強してきましたが、政治系の授業はこの先生の講義が始めてだったのでなかなか新鮮な発見がありましたね。

投稿: 原義一 | 2010年1月14日 (木) 22時12分

原 義一 様

お目にかかったことはなかったかと存じますが、本ブログへのコメントをありがとうございました。

私が学部生時代に受けてきたのは、政治学関係の科目が主でしたが、そのなかでも、木村教授の比較政治学に最も強く惹かれたものでした。原様におかれましても、きっと大きな興味をお持ちになったことと拝察申し上げます。

なお、いただいたコメントでは、木村教授が授業で説かれていたことのかなり詳細な要約が書かれていましたが、その内容は、教授がその御著書の中で詳しく論じられていることであり、ここでその概要をあまり詳しく載せることは著作権に触れる恐れがありますので、割愛させていただきましたことを、ご了承下さい。

投稿: 山中 | 2010年1月20日 (水) 13時33分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 中国政治経済の勉強を開始(2) | トップページ | 中国の地方政府主導型の経済発展をめぐって »