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2007年5月 7日 (月)

中国における国家と社会(2)

前回の記事で、中国における国家権力の浸透を阻む柔らかい壁としての宗族--あるいはそれに類する「関係」(グアンシ)--について触れたが、その中国における宗族・親族原理の内容を確認するため、文化人類学者あるいは心理人類学者のF・L・K・シューの著作『比較文明社会論-クラン・カスト・クラブ・家元』(作田啓一・濱口恵俊訳、培風館、1971年)を読んだ。「読んだ」といっても、その中から中国に関するところだけを、それもその要点中の要点が述べられたところのみを抜粋的に読んだだけである。

本書序文によると、その主な目的は、「ヒンズー人が眺めかつ対処しているような世界を説明すること」であり、そのために「ヒンズー人の世界観のおもだった現われを、一方では中国人のそれと、他方ではアメリカ人のそれと比べた」(iii頁)ということである。なお邦訳では、これに日本のイエモト原理についての議論が付け加えられていて、私としてはこれも大変興味深いのだが、いずれにせよ、要するに本書自体の最重要目的は、中国ではなくて、むしろインドの社会原理たるカースト制度についての説明である。だが、私としては、将来的にはともかく、今はインドにまでは手が回らない。

にもかかわらず本書を選んだのは、インドとの比較の対象としてのみではあれ、中国における親族原理の強さについても、明快に説明してくれているからであった。本書は、私が大学の学部生だった頃に、実はゼミのテキストとして講読したものであり、私が初めて中国の親族原理の特徴を学んだのは本書によってだったので、あの時に読んだはずの内容の要点を、改めて思い出しておきたかったのである。

今回これを読み直してみて、中国における国家と社会との関係(その近代西洋との違い)について、私の目を強く惹いた箇所が一つあった。その箇所を引用すると、次のとおりである。なお〔 〕内は引用者による補足である。少々長くなるが、ご容赦願いたい:

前者の〔西洋近代〕国家〔のナショナリズム〕にあっては、国民は、比較的自由な政治的枠組みとそのリーダーへの忠誠、もしくはそれらの支持に心をひかれるのであるが、後者の〔中国の伝統的な〕国家にあっては、大部分の国民は、彼らの皇帝や役人の独裁的な統治にただ黙従するだけである。中国の中央帝国は、それぞれ中国の巨大な領土を包含しえた〔ほどに強大ではあった〕が、それは、中国人がそうした諸帝国に積極的な支持を与えたからだというよりも、むしろ王位のいろいろな競争者たちが、比較的たやすく断念したからであった。中国の政治史には、繰り返して起こる事実がある。それは、相異なる諸分派は、ひとたび勝ちをおさめそうな者がでてくるのを見れば、たちまちその者と和解し、そして陽のあたる副次的な立場を求めがちだ、という事実である。このようにして諸分派は、彼らの転換不可能な内部世界、すなわち親族集団の、保全と連続性とを確かなものにしようと考えたのだった。(254頁)

この文章を読んで、私は本ブログの前回の記事に書いた、中国における国家と社会の関係に、さらに納得できたように思う。一方で、中国では、もしも慈悲深い支配を行いさえすれば、専制君主に対して異議を唱えなかった。つまり、その慈悲深い専制君主はあたかも父のような存在と見なされるわけである(すなわち家父長制的支配)。ここに、中国における国家と社会の「同型」的性質がある。すなわち、社会における家族・親族原理(とくに父-息子関係)とその国家支配への拡張である。他方でそれは、積極的な支持ではなくて、消極的な黙従にすぎず、社会の被支配者にとって最も大切なのはその親族集団におけるつながりであり、たとえ中央権力が父のような存在だと見なされるとしても、それへの忠誠心は息子の父に対するそれとは比べものにならない。だから、国家権力は、社会における親族原理(あるいはそれに類する「関係」原理)によって、その浸透を薄められてしまうことになるのであった。

もしもこのことが、伝統中国にのみならず、現代の改革開放路線の下での中国においても基本的には依然として当てはまるのだとするならば、市場経済化の流れの中で、現代中国における地域福祉は、一体どのような姿をとることになるのだろうか?

日本では、明治から昭和にかけて近代西洋のような国民国家化を実現させてきたがゆえに、「地域福祉」が近年唱えられ始めたとはいえ、現実には中央から地方への税源移譲・地方分権があまり進んでいず、依然として中央政府によるコントロールの下に置かれているが、中国では今に至るまで近代国民国家が形成されたことは一度もなく、むしろ近代国民国家とは異質な帝国原理のもとで、強大な中央権力をいただきながらも、他方でその緊密な親族(あるいは「関係」)原理のもとで、一定の遠心的な傾向も同時に併せ持ってきている。従って、中国における地域福祉は、おそらく日本とはかなり異なるものになるのではなかろうか?

この点については、さらに勉強を進めてみないとよく分からない。しかしながら、他の仕事との関係で、ここでいったん中国についての勉強は中断して、もうそろそろ別の勉強に移らねばならなくなってきた。したがって、本ブログでもここでいったん、中国政治経済についての文章の連載は中断するが、いずれまた再開することにしたい。

追記:なお、本ブログにおいて、鄧小平はグローバル化の流れを鋭敏に見抜き、孫文・蒋介石・毛沢東といった歴代の中国指導者が追求してきた国民国家化路線を放棄して、中国を改革開放路線」へと大きく旋回させた--と述べてきたが、これは何らかの実証に基づいたものでは全くなかった。なので、結果としてはともかく、鄧小平が初めから「自覚的に」国民国家路線を放棄したのかどうかについては、いまだ不明である。鄧自身としては、それはむしろ、意図せざる結果であったのかもしれない。その確認については他日を期したい。なお、この点については、中国政治研究者の滝田豪氏(大阪国際大学)・三宅康之氏(愛知県立大学)から貴重なご指摘をいただいた。この場を借りて、心より感謝申し上げます。

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