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2007年5月28日 (月)

学生委員長としての日々

大型連休が明けてからずっと、学生委員長として、週末もほとんど仕事だった。具体的には次のとおりである:

5/12~13 伊勢神宮第62回式年遷宮 第二次お木曳行事に学生を連れて参加

5/19~20 保護者会の役員会と総会に出席

5/26 学友会主催の球技大会 開会式と閉会式で挨拶(球技大会自体にも参加)

以上の週末の仕事以外にも、食堂サービス改善のための会議を食堂業者の方と行うという仕事も、先々週の木曜日にはあった。さらに、今週の水曜日には、学内での喫煙マナーの問題(吸い殻のポイ捨て問題と、分煙が必ずしも守られていないという問題)への対処をどうするかを話し合うため、臨時の学生委員会を急遽開くことにしている。

そんなわけで、今月は週末もほとんど休みなしの状態が続いてきた。そのせいか、ホンの少し、疲れがたまってしまったようである。上手にリフレッシュして、また新たな気持ちで仕事に臨もうと思う。

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2007年5月21日 (月)

国際シンポ「持続可能な発展のための民主主義」に参加

5月18日(金)~20日(日)の三日間にかけて京都大学大学院人間・環境学研究科で開催された国際シンポジウム「持続可能な発展のための民主主義」に参加してきた。といっても、校務の関係で、参加できたのは二日目の午前中までだったが、それでも得られたものはなかなか大きかった。

初日の午後1時からスタートした基調講演には間に合わなかったのだが、同日2時より始まった第1セッション「持続可能な発展のための環境ガバナンスを支える民主主義の理念と実践」での報告や討論から伺えたことは、環境問題の解決にむけて、民主主義が一つの試練にさらされていることだった。というのも、民主的な政治決定が必ずしも環境問題の迅速な解決に寄与できるわけではないため、環境問題の解決のみを考えるのであれば、むしろ一種の環境エリートによるプラトン的な“哲人王政治”の方がよいようにも思われるからである。かつて倫理学者の加藤尚武氏はその著『環境倫理学のすすめ』(丸善ライブラリー)で世代間倫理の重要性を訴えた上で、その世代間倫理の要請が、往々にして現世代の利益しか考えようとしない民主主義に対して重大な挑戦となっていると指摘していたが、その問題が今まさに問われているのだということを改めて痛感した。

二日目の午前に行われた第2セッションでは、中国が取り上げられた。「中国における環境ガバナンスの現状と課題」と題されたこのセッションにおける3名からの報告の中で、特に私の注目を惹いたのは、第2報告者の包茂紅・北京大学教授による、中国の環境NGOの活動についての報告だった。まず中国における環境NGOの数が現在2,768にも上るという事実に驚かされた(これは日本の環境NGOの数をはるかに上回るのだそうである)。包教授によると、1978年に中国最初の環境NGOができたが、1994年以来増加し始め、現在に至っているのだという。

だが、その中国の環境NGOにきわめて特徴的なのは、実はそのNGOが、NGOであるはずにもかかわらず、実は一種の「官許」によるものが多いということである。すなわち、中国での環境NGOのうち、49.9%が実は政府によって上から組織されたNGO--これをGONGOというのだそうである--であり、草の根のNGOは7.3%にすぎない。彼らの活動は、政府を批判するものというよりは、むしろ政府が環境問題に取り組むのを助けるのを目的としているのだ、というのである。従って、こうした活動が中国の民主化につながると単純に楽観視できるわけではない、というのが包教授の主張であった。というのも、包教授によれば、環境NGOが反政府勢力になるのを防ぐために、政府によって規制された枠組の内部でのみ、その活動は許されているからである。それゆえに、中国における市民社会形成の道のりはまだまだ長くなりそうである--というのが包教授の結論であった。本ブログで以前に書いた中国における独特の国家-社会関係のあり方(こちらこちら)が、ここにも現れているように思う。

その第2セッションでもう一つ私の注目を惹いたのは、オーストリア国立大学のキャサリン・モートン教授による第1報告のなかで、(市場主義者の主張にもかかわらず)土地の私有化がかえって環境悪化につながる場合が中国において発生しているという指摘がなされていることだった。その報告ペーパーでは簡単に指摘されているだけだったので、この点について質問し、さらに詳しい話を聞いてみたいと思ったのだが、校務の関係でもう出発する時間になってしまったので、そのセッションの終了を待たずに会場を後にしなければならなかったのは大変残念だったが、今後私が自由化と環境問題との関係を考えていく上で、重要な示唆を得ることはできたと思う。

この国際シンポジウムに参加して、もう一つの嬉しい収穫は、これまで参加してきたいくつかの国際シンポジウムの中で、英語の聞き取りが最もよくできたことだった。報告者の発音が大変明快だったことも大いに助けになったが、それにしても大体80%~90%ぐらいは、直に聞いて理解できたような気がする。とはいえ、ちょっと気を抜くとやはり分からなくなるので、同時通訳に頼ることもあったが、そのイヤホンがなくとも聞き取れることがたくさんあったことは、とても嬉しかった。それとともに、同時通訳者の方々(そういえば全て女性だった)のすばらしい力量には、改めて驚嘆した次第である。

今回、このシンポジウムに参加できたのは、その実行委員長を務められた足立幸男・京都大学大学院人間・環境学研究科教授(公共政策学)より、その開催のお知らせをいただいたおかげであった。またそのシンポジウムで、足立先生門下の研究者や共同研究者の皆さんに(久しぶりに、あるいは初めて)お会いでき、旧交を温めるとともに新たな出会いにも恵まれたことは、大変有難いことだった。この場を借りて、厚く御礼申し上げる次第である。

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2007年5月16日 (水)

橋本努氏による書評

北海道大学の橋本努氏が、拙著『ハイエクの政治思想』の書評をご自身のホームページに掲載され、拙著を絶賛して下さった(こちら)。これは誠にも無上の喜びである。

橋本氏は私と同年代の研究者であり、東京大学大学院総合文化研究科で博士号を取得された後、現在は北海道大学大学院経済学研究科准教授として教えておられる。拙著のあとがきにも書いたように、氏とは2000年にチリの首都サンティアゴで開かれたモンペルラン協会の総会(General Meeting)でお会いして以来、親しく交友を深めさせていただいているのだが、この3月にようやく最初の書物を公刊できた私とは異なって、すでに『自由の論法-ポパー・ミーゼス・ハイエク』(創文社、1994年)、『社会科学の人間学-自由主義のプロジェクト』(勁草書房、1999年)といった自由論に関する力作を上梓されてきており、この4月には、9.11事件以降の世界を読み解き、新たな世界秩序の可能性を切り開こうとするきわめて野心的な著作『帝国の条件-自由を育む秩序の原理』(弘文堂、2007年)を世に問われたばかりである。その諸業績の豊富さは私とは比べものにならないものであることは、氏のホームページを見てもらえれば、一目瞭然であろう。その氏が拙著に対し、最大級の賛辞を送って下さったので、私としては、まさに望外の喜びであった。

人に言われて改めて自分のことに気がつく、ということがあるが、氏に指摘されて「あぁ、そうなのか…」と自分自身のことに気づかされたのは、氏の書評における次の文章においてであった:

私が理解するかぎり、著者の立場は、新保守主義の国内政策理念を支持するもので、それは例えば、I・クリストルのようなネオコン論者のハイエク批判を基本的に支持する方向で、ハイエクの思想を実現する方向性をさぐるものであろう。ハイエクにおける道徳性やエトスを最大限に読みこみ、その読みこみを増幅するかたちでハイエクを超えようとするならば、おそらく現代の新保守主義に至るように思われる。

ここで氏の言われる新保守主義は、アメリカの一国覇権主義にすぎないという通俗的に理解(あるいは誤解)されているようなそれではなく、思想史的に重要な意義を持つものとして正しく理解されたそれであるが、いずれにせよ、実を言うと、私自身は自分のことを「新保守主義者である」と自覚したことはなかった。これまで私は、自己の内から自然に湧き起こってくる問題意識に従って、ひたすらハイエクに向き合ってきたのであり、その自己の問題意識がどのような思想に由来するものなのか、私自身の思想を客観的に内省してみたことは、実のところ、ほとんどなかったのである。なので、氏の指摘は、私自身の思想内容について自覚し、今度は私が私自身に向き合う重要な契機を与えてくれた。この点においても、私は橋本氏に感謝しなければならない。

この「今度は私が私自身に向き合う」必要がある、という点と密接に関連するのが、氏の書評における次の指摘である:

私は山中氏のように、「自由化=規制緩和政策には慎重を期する必要がある」というコンヴェンションの理念をもって、「自由の思想的基盤の整備」とは考えていない。〔原文改行〕もちろん、規制緩和政策には慎重を期する必要があるだろう。しかし慎重かどうかということよりも、何をどのように改革するかについて、思想理念は何らかの指針を示すべきではないか。…〔中略〕山中氏は、そのような〔「慎重を期する必要がある」という〕議論をもってこと足れりとしているわけではないと思う。

まことにその通りであって、私自身、「自由化=規制緩和政策には慎重を期する必要がある」とのみ考えているわけではなく、「自由の思想的基盤をハイエクを超えてわれわれ自身が整えていかねばならない」というのが、私の最も言いたかったことである。その思想的基盤を欠いたまま、わが国が性急に自由化を進めることに、私は反対したのであった。

しかしながら、それでは一体「その自由の思想的基盤とは何か」ということがたちどころに問われることになるのだが、それについては、拙著では「今後の課題」としており、それ以上に議論を発展させることはしなかった。それは私が、これまでハイエクに向き合うことにのみ没頭してきたのであり、自分自身の思想を客観的に内省してみたことがなかったがゆえであろう。この重要課題に、これから全力で取り組んでいかねばなるまい。

このように自分自身の思想構築にこれからやっと取り組もうとし始めている私とは異なって、橋本氏はすでに、ご自身の思想を鍛え上げ、世に問うておられる。それがこの4月に上梓された大著『帝国の条件-自由を育む秩序の原理』(弘文堂)である。拙著への書評において、氏は次のように述べ、その御著書に対する私の見解を求められた:

私は拙著『帝国の条件』において、現代のグローバル世界を「善き帝国」へ再編するための具体的なビジョンを、ハイエクとマルクスの思想的融合によって試みているので、はたして山中氏が私のビジョンにどのような意見を示されるのかを、お伺いしたいと思う。

いますぐには応答できないが、いずれ必ず、この御著書の書評を本欄に掲載させていただこうと思う。実はすでに読み始めてはいるのだが、精読を要する大著なので、今しばらく時間がかかりそうである。これからも読み進めていき、氏の御著書に真剣に向き合っていきたい。

最後になるが、拙著を書評して下さるのみならず、私自身の次なる思想的課題にも私を見事に導いて下さった橋本努氏に、この場を借りて、深甚なる感謝の意を表させていただく次第である。

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2007年5月 9日 (水)

自然独占の例:原子力発電

政治学概論(名張)で、“自然独占”の話をした際(テキスト『はじめて出会う政治学〔新版〕』第2章「官と民の関係」)、次のような解説を加えた:

その対応策としての政府独占--あるいは民間独占企業への政府規制--は、あくまでも次善の策にすぎないのであり、最善なのは、独占状態自体がなくなることである。

授業では時間の制約で触れられなかったが、この解説を加えたときに私の念頭にあったものの一つは、実は、原子力発電の問題である。

まず確認しておきたいのは、現在の電気事業のあり方そのものが、自然独占の一つだということである。テキストでも説明されていたが、本ブログでも以前に「電気事業の“自然独占”のゆくえ」(1) 同(2)と題した全2回の連載記事を書いたことがあるので、そちらもお読みいただきたい。

そこで書いたことは、太陽光や風力発電などの自然エネルギーと、水素燃料との組み合わせによって、化石燃料に依拠した電気事業における自然独占状態を解消できる、ということであった。なぜなら、巨大なインフラを伴った中央集中型の電力事業を、分散型のそれに変えることができるからである。特定のところに埋蔵されており局所的にしか存在しない化石燃料とは異なり、太陽光、風力、それに水素は、地球の至る所に事実上無限に存在するため、どの家庭も発電所になれるのである。化石燃料はCO2を大量に排出してしまうという致命的な欠陥もあるから、分散型の《太陽光・風力+水素燃料》という組み合わせを採用する方がはるかに望ましい--ということを述べたのであった。

ところが原子力発電の場合は、CO2を排出することはない。だから、地球温暖化問題への対応策として、提唱されることがある。現にわが国でも“原子力立国”が謳われており、最近では甘利経済産業相が、原子力発電の原料となるウラン燃料を求めてカザフスタンを訪れたばかりである(これを報ずるものとして、たとえばこちらの山陽新聞の記事を参照)。

たしかに原子力発電はCO2を排出することはない。しかしながら、それは放射性廃棄物を残してしまうのである。それを地中深く埋めてみたところで、将来においてそれが地中に漏れ出してしまう危険性を100%の確率で防ぎきることはおそらくできまい。技術過信は禁物であろう。それに、放射能漏れの危険性や、ウラン燃料の核兵器への転用・拡散の問題も残ってしまう(隣国に核兵器開発を辞さない北朝鮮があることを思い起こそう)。そういう意味で、原子力発電が多分に問題を孕んだ発電方式であることに変わりはないのである。

しかも原子力発電は、化石燃料型の発電方式と同じく、巨大なインフラを必要とする“自然独占型”の事業形態であることを、われわれは忘れてはならないだろう。最近、原発関連の事故やトラブルにともなって不正な処理が東京電力などで実は行われていたことが、次々と明るみに出ていることを考えても、私は原子力立国路線には、とても賛成できないのである。

【参考文献】ジェレミー・リフキン『水素エコノミー:エネルギー・ウェブの時代』(NHK出版)

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2007年5月 8日 (火)

モラルハザードの例:夕張市の場合

今日の政治学概論(名張)で、“政府の失敗”の話をし、モラルハザードの説明をした。テキストの該当箇所は、『はじめて出会う政治学〔新版〕』(有斐閣)33頁、および240頁である。

その授業後に寄せられた質問の中に、次のようなものがあった。その質問文をそのまま紹介すると、それは次のとおりである:

北海道の夕張市が財政赤字になっていて、多くの施設が閉鎖されましたが、これは政府(地方自治体?)がモラルハザードを行なったからですか?

なかなか良い質問だと思う。その通りである。それは、夕張市がモラルハザードの状態に陥って、ずさんな事業を行なった結果であった。このことを詳しく報じた連載記事が北海道新聞のウェブサイトに掲載されていたので、興味のある受講生諸君は、どうぞお読みいただきたい(夕張よ 盛衰の軌跡)。

詳しくは、この北海道新聞の連載記事でリポートされているが、要するに、石炭事業から観光事業へと転換したときに、夕張市においてあまりにも無謀な事業計画が繰り返された、ということである。その際の資金繰りのやり方にも、大いに問題があったようだ。その結果、2007年3月6日、夕張市は約630億円(!)もの負債を抱えた状態で、正式に財政再建団体へと移行することになったのである。上記の連載記事には、その“モラルハザード”ぶりが克明に報じられている。

とはいえ、この連載記事(全6回)の第6回目には、夕張メロンに関する明るい記事も載せられている。というのも、夕張農家は、いたずらに行政に頼ることなく、このブランドものの新品種メロンを開発し、厳しい品質管理と東京進出を自力で果たしただけでなく、今年は台湾への輸出に着手するなど、着々と業績を伸ばしている様子が報じられているからである。

一方におけるこの夕張メロンの素晴らしい健闘ぶりと、他方における夕張市の観光事業の財政破綻--この両者の鮮やかな対照は、われわれに大切なことを教えてくれているだろう。受講者諸君にも、この連載記事を読んで、考えていただきたいと思う。

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2007年5月 7日 (月)

中国における国家と社会(2)

前回の記事で、中国における国家権力の浸透を阻む柔らかい壁としての宗族--あるいはそれに類する「関係」(グアンシ)--について触れたが、その中国における宗族・親族原理の内容を確認するため、文化人類学者あるいは心理人類学者のF・L・K・シューの著作『比較文明社会論-クラン・カスト・クラブ・家元』(作田啓一・濱口恵俊訳、培風館、1971年)を読んだ。「読んだ」といっても、その中から中国に関するところだけを、それもその要点中の要点が述べられたところのみを抜粋的に読んだだけである。

本書序文によると、その主な目的は、「ヒンズー人が眺めかつ対処しているような世界を説明すること」であり、そのために「ヒンズー人の世界観のおもだった現われを、一方では中国人のそれと、他方ではアメリカ人のそれと比べた」(iii頁)ということである。なお邦訳では、これに日本のイエモト原理についての議論が付け加えられていて、私としてはこれも大変興味深いのだが、いずれにせよ、要するに本書自体の最重要目的は、中国ではなくて、むしろインドの社会原理たるカースト制度についての説明である。だが、私としては、将来的にはともかく、今はインドにまでは手が回らない。

にもかかわらず本書を選んだのは、インドとの比較の対象としてのみではあれ、中国における親族原理の強さについても、明快に説明してくれているからであった。本書は、私が大学の学部生だった頃に、実はゼミのテキストとして講読したものであり、私が初めて中国の親族原理の特徴を学んだのは本書によってだったので、あの時に読んだはずの内容の要点を、改めて思い出しておきたかったのである。

今回これを読み直してみて、中国における国家と社会との関係(その近代西洋との違い)について、私の目を強く惹いた箇所が一つあった。その箇所を引用すると、次のとおりである。なお〔 〕内は引用者による補足である。少々長くなるが、ご容赦願いたい:

前者の〔西洋近代〕国家〔のナショナリズム〕にあっては、国民は、比較的自由な政治的枠組みとそのリーダーへの忠誠、もしくはそれらの支持に心をひかれるのであるが、後者の〔中国の伝統的な〕国家にあっては、大部分の国民は、彼らの皇帝や役人の独裁的な統治にただ黙従するだけである。中国の中央帝国は、それぞれ中国の巨大な領土を包含しえた〔ほどに強大ではあった〕が、それは、中国人がそうした諸帝国に積極的な支持を与えたからだというよりも、むしろ王位のいろいろな競争者たちが、比較的たやすく断念したからであった。中国の政治史には、繰り返して起こる事実がある。それは、相異なる諸分派は、ひとたび勝ちをおさめそうな者がでてくるのを見れば、たちまちその者と和解し、そして陽のあたる副次的な立場を求めがちだ、という事実である。このようにして諸分派は、彼らの転換不可能な内部世界、すなわち親族集団の、保全と連続性とを確かなものにしようと考えたのだった。(254頁)

この文章を読んで、私は本ブログの前回の記事に書いた、中国における国家と社会の関係に、さらに納得できたように思う。一方で、中国では、もしも慈悲深い支配を行いさえすれば、専制君主に対して異議を唱えなかった。つまり、その慈悲深い専制君主はあたかも父のような存在と見なされるわけである(すなわち家父長制的支配)。ここに、中国における国家と社会の「同型」的性質がある。すなわち、社会における家族・親族原理(とくに父-息子関係)とその国家支配への拡張である。他方でそれは、積極的な支持ではなくて、消極的な黙従にすぎず、社会の被支配者にとって最も大切なのはその親族集団におけるつながりであり、たとえ中央権力が父のような存在だと見なされるとしても、それへの忠誠心は息子の父に対するそれとは比べものにならない。だから、国家権力は、社会における親族原理(あるいはそれに類する「関係」原理)によって、その浸透を薄められてしまうことになるのであった。

もしもこのことが、伝統中国にのみならず、現代の改革開放路線の下での中国においても基本的には依然として当てはまるのだとするならば、市場経済化の流れの中で、現代中国における地域福祉は、一体どのような姿をとることになるのだろうか?

日本では、明治から昭和にかけて近代西洋のような国民国家化を実現させてきたがゆえに、「地域福祉」が近年唱えられ始めたとはいえ、現実には中央から地方への税源移譲・地方分権があまり進んでいず、依然として中央政府によるコントロールの下に置かれているが、中国では今に至るまで近代国民国家が形成されたことは一度もなく、むしろ近代国民国家とは異質な帝国原理のもとで、強大な中央権力をいただきながらも、他方でその緊密な親族(あるいは「関係」)原理のもとで、一定の遠心的な傾向も同時に併せ持ってきている。従って、中国における地域福祉は、おそらく日本とはかなり異なるものになるのではなかろうか?

この点については、さらに勉強を進めてみないとよく分からない。しかしながら、他の仕事との関係で、ここでいったん中国についての勉強は中断して、もうそろそろ別の勉強に移らねばならなくなってきた。したがって、本ブログでもここでいったん、中国政治経済についての文章の連載は中断するが、いずれまた再開することにしたい。

追記:なお、本ブログにおいて、鄧小平はグローバル化の流れを鋭敏に見抜き、孫文・蒋介石・毛沢東といった歴代の中国指導者が追求してきた国民国家化路線を放棄して、中国を改革開放路線」へと大きく旋回させた--と述べてきたが、これは何らかの実証に基づいたものでは全くなかった。なので、結果としてはともかく、鄧小平が初めから「自覚的に」国民国家路線を放棄したのかどうかについては、いまだ不明である。鄧自身としては、それはむしろ、意図せざる結果であったのかもしれない。その確認については他日を期したい。なお、この点については、中国政治研究者の滝田豪氏(大阪国際大学)・三宅康之氏(愛知県立大学)から貴重なご指摘をいただいた。この場を借りて、心より感謝申し上げます。

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2007年5月 4日 (金)

中国における国家と社会

今日、滝田豪氏の論文「中国研究における『国家と社会』概念の再検討」(『法学論叢』京都大学法学会153号3号、2003年6月所収)を読み、中国政治社会を見る新たな視点を学ばせていただいた。

氏によると、中国研究の世界では、中国における「国家と社会」の関係をめぐって、「遊離論」と「浸透論」とが論争を繰り広げてきた。「遊離論」は、国家と社会が中国では遊離しており国家権力が社会に浸透することはなかったという議論であり、「浸透論」は、逆に国家が社会に浸透していたとする議論である。この両者の議論を概観しながら(こうした概観は、専門家ではない私には大変有難い)、滝田氏は中国研究における「国家と社会」概念の再検討を試みている。というのも、中国政治社会の現実においては、「浸透論を検討すれば遊離の局面が目につき、遊離論を唱えるには国家の力が強すぎる、というような状況が長い間続いてきた」からである(上掲論文36頁)。

そこで氏が重要な手がかりとして言及しているのは、台湾の石之瑜氏と日本の岸本美緒氏の研究に共通する視角である、国家と社会の両者を包摂する「全体秩序」という概念である。石氏によれば、「伝統的な中国人の認識世界においてはそもそも国家と社会という区別は存在しない。儒教においては、皇帝は君子であり、民衆は子民である。つまり社会全体がひとつの家庭のようなものであり、そこでは国家がすなわち社会なのである。現代中国においても、あるときには国家が優位に立ち、あるときには社会が優位に立っているように見えるのは、単なる視座の違いによるものに過ぎない」(38頁)。また岸本氏によると、「伝統中国社会の公的な事業を担うのは国家か社会かという問いを立て、その答えを導くのが難しいのは、両者の役割の境界が曖昧であるからというよりも、そもそもそれが『同型』のものであったから」だったのである(39頁)。

このように中国では国家と社会がその本質において「同型」ではあったが、しかしながらそれと同時に、そこには権力や支配という縦の関係が貫かれてもいた。だがそれは、欧米におけるように、国家と社会とが明確に分かれている状態がまずあって、そこから、権力関係とは無縁な横の人間関係たる社会に対して国家権力が上から支配を浸透させた、という図式を意味するのではない。そもそも中国では「『国家』と『社会』という二つの区別された実体自体が存在しない」のであり、中国の秩序は「国家の色が上から下に向けて少しずつ薄くなっていくグラデーションようなものだと考えることができる」のである(39-42頁)。

その場合、国家権力による上からの支配はたしかに下まで浸透していくが、それは近代国家のように緊密な支配ではなく、中国では常に「変通」(適宜融通を利かせた変化)を被ることを余儀なくされる。そこには国家権力の浸透を阻む強力な「横の壁」が国家と社会の間に明確に横たわっているわけではないのだが、その浸透は「変通」という〔柔らかい〕障害物によって骨抜きにされてしまう。

以下、私自身の解釈も交えながら要約を続けるならば、その国家権力の浸透を「変通」させていく〔すなわち“薄めて”いく〕柔らかい壁は、中間団体における宗族という血縁関係である。しかしその宗族は、ヨーロッパの伝統的共同体のような強固な凝集性を誇るものではなかった。というのも、中国ではいわば「近くの他人よりも遠くの親戚」が当てにされるがゆえに、共同体における地縁的つながりが形成されにくいからである。従ってそれは、国家権力の浸透を薄めることはできても、完全に阻むことはできないのである。しかしながら、その柔らかい壁は、国家権力の浸透を許しながらも、しぶとく生き残り続けるが故に、中国では近代国民国家のような緊密な国家と社会の一体化は相変わらず実現困難な課題であり続けているのである。

もっとも滝田氏も的確に指摘しているように、「近年では〔グローバル化の進展による〕国民国家の黄昏が叫ばれて」いる(45頁)。本ブログでも再三述べてきたように、鄧小平はそれを鋭敏に見抜き、孫文・蒋介石・毛沢東といった歴代の中国指導者が追求してきた国民国家化路線を放棄し、中国を「改革開放路線」へと大きく旋回させたと言えるだろう。

ここからは上記の議論を踏まえての私自身の考察なのだが、そうして中国が市場経済化の道を歩むとき、そこに出てきた巨大な貧富の格差による福祉の諸問題に、中国はどうやって対処していこうとするのだろうか? 二十世紀に全盛期を迎えた福祉国家は同時に国民国家でもあった。それがグローバル化によって転機を迎えるなかで、社会福祉の世界で近年強調されるようになっているのが「地域福祉」という概念である。

しかしながら、もしも中国社会が依然として地縁よりも血縁を、あるいは血縁的つながりに類する「関係」(グアンシ)すなわち人的なコネを重視する社会であるとするならば、経済的に頼れる富裕者をその血縁あるいは「関係」に持たない人々は、一体どうなるのだろうか?

身近にそのような貧困者を目の当たりにしていても、「近くの他人よりも遠くの親戚」をこそ大事に考えるとするならば、同じ共同体にいる困窮者をむしろ冷淡に放っておくことになるだろう。そのように放っておかれる貧困者は、しかしながら、国家による生活保障に頼ることもできないにちがいない。というのも、現代中国はすでに福祉国家=国民国家の路線を放棄しているからである。

だからといって地方政府がそれを行おうとしても、地方共同体における地縁的に緊密な組織化を拒み、あくまでも血縁的な「関係」が幅をきかせる中国社会では、生活保障の財源となる税金の徴収は、それこそ「変通」を被り、スムーズに進まないにちがいない。だとするならば、中国における「地域福祉」にも、多大な困難が待ち受けていると思われるのである。

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