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2007年5月 9日 (水)

自然独占の例:原子力発電

政治学概論(名張)で、“自然独占”の話をした際(テキスト『はじめて出会う政治学〔新版〕』第2章「官と民の関係」)、次のような解説を加えた:

その対応策としての政府独占--あるいは民間独占企業への政府規制--は、あくまでも次善の策にすぎないのであり、最善なのは、独占状態自体がなくなることである。

授業では時間の制約で触れられなかったが、この解説を加えたときに私の念頭にあったものの一つは、実は、原子力発電の問題である。

まず確認しておきたいのは、現在の電気事業のあり方そのものが、自然独占の一つだということである。テキストでも説明されていたが、本ブログでも以前に「電気事業の“自然独占”のゆくえ」(1) 同(2)と題した全2回の連載記事を書いたことがあるので、そちらもお読みいただきたい。

そこで書いたことは、太陽光や風力発電などの自然エネルギーと、水素燃料との組み合わせによって、化石燃料に依拠した電気事業における自然独占状態を解消できる、ということであった。なぜなら、巨大なインフラを伴った中央集中型の電力事業を、分散型のそれに変えることができるからである。特定のところに埋蔵されており局所的にしか存在しない化石燃料とは異なり、太陽光、風力、それに水素は、地球の至る所に事実上無限に存在するため、どの家庭も発電所になれるのである。化石燃料はCO2を大量に排出してしまうという致命的な欠陥もあるから、分散型の《太陽光・風力+水素燃料》という組み合わせを採用する方がはるかに望ましい--ということを述べたのであった。

ところが原子力発電の場合は、CO2を排出することはない。だから、地球温暖化問題への対応策として、提唱されることがある。現にわが国でも“原子力立国”が謳われており、最近では甘利経済産業相が、原子力発電の原料となるウラン燃料を求めてカザフスタンを訪れたばかりである(これを報ずるものとして、たとえばこちらの山陽新聞の記事を参照)。

たしかに原子力発電はCO2を排出することはない。しかしながら、それは放射性廃棄物を残してしまうのである。それを地中深く埋めてみたところで、将来においてそれが地中に漏れ出してしまう危険性を100%の確率で防ぎきることはおそらくできまい。技術過信は禁物であろう。それに、放射能漏れの危険性や、ウラン燃料の核兵器への転用・拡散の問題も残ってしまう(隣国に核兵器開発を辞さない北朝鮮があることを思い起こそう)。そういう意味で、原子力発電が多分に問題を孕んだ発電方式であることに変わりはないのである。

しかも原子力発電は、化石燃料型の発電方式と同じく、巨大なインフラを必要とする“自然独占型”の事業形態であることを、われわれは忘れてはならないだろう。最近、原発関連の事故やトラブルにともなって不正な処理が東京電力などで実は行われていたことが、次々と明るみに出ていることを考えても、私は原子力立国路線には、とても賛成できないのである。

【参考文献】ジェレミー・リフキン『水素エコノミー:エネルギー・ウェブの時代』(NHK出版)

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コメント

山中先生へ 

放射性廃棄物を地中深く埋めるというどっかのCMがありました。ご存知ですか?

前々から気になっていたのですが、どうしても理解できないことがあります。 普通に考えて、環境問題から原発立国を目指してそのごみを地球に埋め込むのは本末転倒だと思うのですが、政治経済、環境問題を深く研究すると、他に様々な理由があるのでしょうか?

人間が出したゴミをなぜ地中深く埋めれば安心なんてことをおこがましくも公共の電波を使って言えるのでしょうか?
この際その廃棄物が人間に与える影響なんてどうでもよく、地球の健康のほうが心配です。

あと、原発の問題にしろ、なぜ国民は意見を求められずに勝手に進んでいくのですか?正直私たちが選んだ代表とは思えません。どんな人かも知らず、私にとっては自民党の代表でしかないです。

政治というのは難しいというかもどかしいと講義をうけてつくづく思いました。気をもむだけ無駄で私たちは経過を見守るしかないのでしょうか。

長々とスミマセン・・

投稿: ロータス | 2007年5月11日 (金) 00時10分

ロータスさん、

本ブログへようこそ!おそらく私の政治学概論の受講者の方だと思いますが、コメントをありがとうございます。

放射性廃棄物にかんするCMのことは知りませんでした。情報をありがとうございます。

自由民主主義のもとでは思想の自由や表現の自由が原則として許されていますので、色々なことがテレビの電波にも乗せられて主張されますが、それは冷静に受け止めつつ、その正否を明確に判断して、自分としては正しい考えを保持しておくことが大切だと思います。

さらには折を見てそれを発信していくことも必要でしょう。最近では、ブログのように、一個人でも自分の意見を発信することが非常に容易になっていますから、そうした媒体を利用するのも一つでしょう。もちろん、選挙の際に投票に行くこともその一つです。

自由民主主義体制を日本はとっていますので、ある少数者のみが独裁的に日本の政治を牛耳っているわけではありません。政治指導者を選ぶのは国民それ自身です。

ただし、一般国民が政治に絶望して無関心になり、私生活のみに閉じこもってしまうと、それこそ、政治的に活発な一部の利益集団・圧力団体の思いどおりに事が運ばれていきますから、一般国民としても、大事な政治問題については普段から関心を持っておくことが大切だと思います。

原発の利用推進の背後には、おそらく「人間が生きていくには、自然を人間の都合の良いように作りかえていかなければならない」という考え方があるのだと思われます。行動の方向を決めるのは、結局のところ、思想・観念ですから、環境問題の解決のためには、根本的には、そういう人間中心的な自然観を改める必要があるでしょうね。

いずれにせよ、独裁体制の下に置かれているわけではありませんので、どうぞ絶望せずに、普段からどうぞ政治問題に関心をお持ち下さい。そのために私の授業やこのブログがお役に立てれば幸いです。

投稿: 山中 | 2007年5月11日 (金) 20時30分

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