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2008年3月31日 (月)

博士学位授与式に出席

論文や年度末の校務に追われていたため、本ブログでの記載が遅れてしまったが、先週月曜日の3月24日、京都大学での博士学位授与式に出席した。その式については、京都大学ホームページのトピックス欄の2008年3月24日「博士学位授与式を挙行」という見出しで紹介されている。昨年3月に刊行された拙著『ハイエクの政治思想』(勁草書房)が、博士論文として認められたのである。私の学位の名称は、「京都大学博士(法学)」(論法博第167号)である。

当日の出席者は課程博士と論文博士を合わせて500名を越えており、その一人ひとりに学位記が京大総長から直接手渡されるため、式の開始から終了まで2時間かかった。しかし、その2時間がまったく苦痛に感じられなかったのは、やはり、喜びが大きかったからであろう。

私は妻と娘を連れて出席したが、私と同様、家族同伴で出席される方も多数おられた。喜びの雰囲気に満ち溢れており、自然とお互いに記念写真のシャッターを押し合う場面もそこかしこに見られた。ここに掲載したのも、そうして撮っていただいた1枚である。Img_4151

こうして学位を授与されたことは、まことにも大きな節目であった。これを機に、これからも研究の道を喜んで歩いていきたいと思う。

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2008年3月28日 (金)

古い書類を焼却処分

今日は研究室の整理整頓をした。不要になったまま溜まる一方だった古い書類を年度末の焼却処分に出したのである。ここ数年でたまった書類はかなりの分量だった。

実は毎年、定期的に焼却処分の受付の知らせは事務局から出されていたのだが、「もったいない、裏紙に使おう」と思って、これまでずっと処分に出さないできた。ところが、裏紙として使う分量はたかが知れていたのに対して、たまっていく書類の量はかなりのものだった。整理してみると、中には7~8年前の書類も少なくなかった。そうして溜まっていく書類を研究室に置いておくスペースにもそろそろ限界が見え始めてきたので、新年度を迎える前に、仕方なく処分に出すことにしたのだった。

その処分に出す締切日時を今日の5時までと思っていたのだが、それは私の勘違いで、実は今日の午前中までだったそうである。午後2時頃に所定の場所まで持っていくと、担当の職員の方が、もう車に積み終わって運び出そうとしているところだったのを、滑り込みセーフで私の分も引き受けてもらったのは幸いだった。さもなければ、段ボール3箱の書類をまた研究室に持ち帰らなければならないところだったのである。

それにしても、その書類の処分作業をしているときにつくづく感じたのは、職場で使用される紙の量が半端ではない、ということである。私一人分だけでもあれだけあったのだから、この職場全体では…と考えると、ちょっと複雑な気分になった。裏紙の使用が奨励されてはいるが、それでもやはり…、と考えずにはいられなかった。紙の焼却に伴う二酸化炭素の排出も大いに気になるところである。

そんなわけで、新年度からはより一層、私自身、紙の節約を心がけようと決意した。環境問題をテーマとした総合演習(教職)で、ある学生から、「紙資源の節約のために、レポートの提出をメールでのファイル添付にしてはどうか」という提案も実は受けているので(そのとおり!)、新年度からはそうしようと思っている。望むらくは、諸々の会議資料も、電子化してもらえると大変ありがたいのだが…。

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2008年3月27日 (木)

年度内の仕事が一段落

前回の更新から2週間以上も経ってしまったが、その間、先の3月10日締切の論文に引き続いて、実はもう一本の論文執筆に取り組んでいた。それは『イギリス理想主義研究年報』第4号に掲載予定の論文である。今月末締切なのだが、今朝その原稿を完成させることができ、締切までに提出するメドを立てることができたので、大いに安堵しているところである。

今回の論文は、先月刊行されたばかりハイエク研究書である、萬田悦生『文明社会の政治原理:F・A・ハイエクの政治思想』(慶応義塾大学出版会)を意識して書くことにさせていただいた。規定字数は原稿用紙30枚以内(厳守)であり、決して多くはない分量なのだが、萬田氏による堅実かつ重厚なハイエク研究を踏まえてのことだったので、その構想を立てるにあたっては、私なりに全力を注いだつもりである。

いずれにせよ、3月10日締切だった『政治学年報2008-Ⅰ』掲載予定の論文も含めて、これで今月末までに仕上げるべき論文2本を無事に書き終えることができ、年度内の大きな仕事が一段落した。あとは、その論文執筆のためズルズルと先延ばしになっていた、ハイエク全集の翻訳の仕事が待っている。今度こそ、今後はこの翻訳作業に集中できそうである。

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2008年3月11日 (火)

歩くことで仕事に勢いをつける

3月10日締切だった『政治学年報 2008-Ⅰ』の論文を、昨日無事に書き上げて提出し、英文の要約文も今日提出した。これで昨年来ずっと試行錯誤してきた大きな仕事を一つ無事に終えることができたので、大いに安堵している。

タイトルは「ハイエクの民主政治論における懐疑と失望:トクヴィルとの比較の観点から」とした。60枚強の分量である。トクヴィルを大変高く評価していたハイエクであったが、その民主政治論を比較してみると、むしろこの両者の間には大きな相違があった。トクヴィルは、デモクラシーの陥る“多数の暴政”や“民主的専制”-ちなみにこの両者は実は別の概念だったのだが、ハイエクはその違いに気づいていなかったように思われる-という危険性を鋭く批判しつつも、政治的自由によってデモクラシーを何とか生かそうとした。それに対してハイエクの場合は、専制支配への防波堤となるべき基本的自由はあくまでも経済的自由でなければならず、民主政治に対しては懐疑と失望の念を終始抱いていた。平和的な政権交代を可能にする唯一の方法として民主主義を正当化しつつも、多数者に対する不信感をハイエクは終生抱き続けていたのである。その点で、むしろハイエクの民主主義批判は、トクヴィルよりもむしろプラトンを思わせるものであった--以上のようなことを今回の論文に書いた。もとより、それが成功しているかどうかは、読者諸賢の判断に委ねなければならない。

ともあれ、今回この論文を先月末から一気に書き上げるにあたって、大いに私を前進させてくれたことがある。それは「歩くこと」である。

「一気に書き上げる」といっても、先月末からの約2週間足らずの期間、論文執筆のみに専念できたわけではなかった。というのも、大学で校務に従事すべき日もその間に計5日間ほどあったからである。

そのような中で、校務もこなし、論文も一気に書き上げるためには、自分を奮い立たせ、勢いをつけなければならなかった。そこで実践したのが、「歩くこと」だった。文字通り、外に出て歩く。とにかくズンズン歩くのである。そうすることで、不思議なことに、気持も大いに前向きになり、躊躇することなく仕事をドシドシこなすことができた。校務をテキパキこなすことで後顧の憂いをなくし、残りの日数を論文執筆にもっぱら充てることができたことは、精神衛生上も大変よかったと思う。

まず校務で大学に行かなければならなかったときに、自宅から最寄りの駅まで、20分間ほどの距離を歩いて通勤する。大学に行かずに自宅で論文に専念できる日も、まずは近所を20分ほど歩いた。そうすると心身共にスッキリとし、執筆作業が大いにはかどった。体も元気になり、ちょっとした家事を手伝う気持にもなりやすかった。家事で手足を動かすことが、さらに心も体も活性化させてくれたのである。

そのようなわけで、もう今ではスッカリ歩くことが習慣になった。昨日もプリンターのインクが切れて、新しいインクタンクを買いに行くときも、近所の家電量販店まで歩いて行った。歩いてみると、10分ほどで着いたので、こんなに近かったのか…とちょっと驚いたものである。こうして歩く習慣をつけると、何かにつけ「ちょっと面倒だな…」という気持が吹き飛んでしまうから、不思議である。

このように善いことだらけなので、これからも毎日歩こうと思う。それによって、これからもきっと仕事にも勢いがつくに違いない。

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