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2008年12月31日 (水)

大掃除を終えて1年を振り返る

27日から今日の大晦日までの6日間連続で、今まで借りていた家の大掃除をしていた。もう少し早く終えてしまうつもりだったのだが、いざやり出してみると、掃除をすべきところが続々とたくさん出てきて、キレイさっぱりと明け渡せるようになるまで、今日の午後6時頃までかかってしまったのである。しかし、何とか年内にそれを終えることができたので、今はホッとしている。正月休み明けの1月5日に、私たち借主の立会のもと、この貸家の仲介業者による部屋のチェックを受けることになるが、そのための準備はおそらく十分に整えられたことと思う。

それにしても、今年はわが人生のなかで、公私ともに最も多忙な1年だった。春学期には週平均11コマの授業を名張、伊勢、および大阪市立大学という3つの場所で行ったし、夏休みに入ってからは、10月初旬に行われた皇學館大学社会福祉学部の10周年記念国際シンポジウムの準備に大わらわだった。そしてこの年末には引っ越しと大掃除である。このような忙しさは、大げさな表現ではなく、今までに経験したことのないほどの多忙さだった。しかし、それらをすべてやり遂げることができて、今は充実感でいっぱいである。

そのあまりの忙しさで、これまで本ブログに書きそびれていたのだが、実は研究面でも、この11月から12月にかけて、ちょっとした大きな出来事が二つあった。それは、拙著『ハイエクの政治思想』(勁草書房)の増刷と、来年の世界政治学会で研究報告できることが決まったこと、この二つである。

拙著の第2刷が発行されたのは、今年の11月20日だった。第1刷の発行が昨年の3月15日だったから、それからおよそ1年8か月で増刷されたことになる。第1刷は1200部だったが、第2刷は500部である。一般的に、第1刷が売り切れれば、出版社に対する責任を果たしたことになると聞いているので、著者として安堵した次第である。

その拙著の第1章の議論を英語で報告できる機会を与えられたのが、来年7月にチリの首都サンチアゴ(Santiago)で開かれる世界政治学会(International Political Science Association)においてである。今年10月の日本政治学会の総会で、3年に1度の IPSA が今回はサンチアゴで行われること、そしてその IPSA 2009 Santiago における報告者を募集中であることを聞き、思い切って応募してみたところ、12月5日に採用通知が届いたのであった。

来年にはハイエク全集第Ⅱ期第5巻政治学論集の監訳作業をいよいよ仕上げていかねばならないので、来年はその監訳とIPSAでの研究報告の準備という二つの点で、英語漬けの毎日が続きそうである。

26日に引越を終えてから今日までは、今まで借りていた家の大掃除で手一杯だったので、新しい家の方はまだ段ボール箱だらけであるが、幸い、今すぐ必要な本は箱に詰めずに、カバンに入れて持って来てあるので、明日の元旦からは、この新しい家の新しい書斎部屋で、早速、監訳作業を再開させたいと思っている。

それでは読者の皆様、よいお年をお迎え下さい。

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2008年12月27日 (土)

引っ越し作業を終えて

昨日の26日、これまでの貸家から新築した家への引っ越し作業を終えた。依頼した業者は「アリさんマークの引越社」だったが、大変スムーズに、しかも気持ちよく作業を進めてくれたので、非常に有難かった。

昨日はその他にも、インターネットやテレビ、電話の設定作業もあった。ケイ・オプティコムのeo光サービスで、ネット・電話・テレビのすべてをセットで申し込んだので、その工事や設定作業も、業者の方にしていただいた。そのため、今回の引っ越しで関係業者の方すべてが我が家をあとにされたのは、結局、午後6時頃となった。

これで荷物の運び込みは終わったが、まだ段ボールが山積み状態のままなので、その片付け作業が残っている。否、その前に、これまで住まわせていただいた貸家を引き渡すため、年内にその掃除や片付けも済ませておかなければならないから、今年いっぱいはギリギリまで、そうした作業に従事することになりそうである。

この新居に移り住んでからまだ2日目にすぎないので、まだまだ慣れないことが多いのだが、それでも、住み心地が格段によくなったことは、もう既に実感できている。というのも、断熱性が飛躍的に向上したため、以前までのような肌寒さを冬の早朝に感じずに済むようになったからである。また、日当たりも非常によくなり、晴れていれば、日中は1階の部屋でも照明をつけなくてもよいほどになったのも嬉しいことである。

それ以上に大きな喜びだったのは、やはり、ソーラーパワーである。操作パネルで確認してみて驚いたのは、もう余剰電力の売電がかなり行われていたことだ。今この文章を書いている時点で、すでに109.87kwが売電されていたのである。

もっとも、これは、ソーラーパネルが設置された日から昨日までの間、自分たちで事前に荷物を運び込みに来た以外は、ほとんど全くこの新しい家にいなかったから、太陽光で発電された電力のほとんど全てが余ることになったからだろう。しかし、すでに実際に暮らし始めた今日も、晴れの天気だったためだろうけれども、エアコン暖房をつけなければ、たとえテレビや洗濯機を動かしていても、余剰電力が発生していたことは、嬉しい驚きだった。

もう一つ大きな喜びは、英語ニュース番組をいつでも視聴できるようになったことだ。eo光テレビの場合、視聴できるのはイギリスのBBC WORLDではなくて、アメリカのCNNj だが、いずれにせよ、英語ニュース番組を好きな時にいつでも視聴できるようになったのも、非常に心が躍ることである。

こうして、いよいよ待望の新居生活が始まった。一日でも早く荷物の整理作業を終え、落ち着いて研究の仕事が自宅でできる状態にしたいと思っている。

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2008年12月19日 (金)

政治制度としての裁判員制度

1年生対象の基礎演習では、受講生諸君に現代政治の課題の中からテーマを一つ選んで報告してもらう、という授業を行なっている。これまで取り上げられてきたのは、地球温暖化、地方の医療現場での人材不足、米国の人種問題、北方領土、食の安全性、株安などであった。これらはすべて受講生諸君が自発的に選んだもので、そのテーマが多岐にわたっており、それぞれ大変興味深かった。またこれらの問題は、私のクラスの全体テーマである現代民主政治との関連が見えやすいものでもあった。

そんな中で、今週の水曜日には裁判員制度が取り上げられたのだが、そこでは、もっぱら司法制度上の問題として報告がなされていた(最高裁判所による説明はこちら)。

たしかにそれはそうなのだが、その日の授業でも説明を加えたが、実は、来年5月から始まろうとしている裁判員制度は、政治学の観点からは、政治制度としても捉えることができるのである。

政治学専攻の読者であればすでにお気づきであろうように、私がここで念頭に置いているのは、古典的名著『アメリカのデモクラシー』の著者としてあまりにも有名な、19世紀フランスの政治思想家トクヴィルの議論である。

その議論については、宇野重規 2007 『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社)の161-164頁に分かりやすく書かれているので、詳しい説明についてはそちらを参照願いたいのだが、わが国の裁判員制度のように、刑事裁判に一般市民が参加するというのは、実は民主主義=人民主権の論理を、裁判権という権力行使の場面にも貫徹させたものなのである。

授業で受講生諸君の意見を聞いてみると、「素人が手を出すべきことではなく、専門家に任せるべきである」という意見も少なくなかった。「一般市民がかかわると、情に流されて、誤った判断がされてしまうのではないか」という意見もあった。これは要するに、この授業のテキスト--佐々木毅 2007 『民主主義という不思議な仕組み』(筑摩書房)--でも論じられていたように、民主主義が衆愚政治に陥ってしまう恐れもある、という議論に通ずるものなのである。

それに加えて、そのテキストの第5章で取り上げられていた福澤諭吉の議論にもあったように、江戸時代まで長らく権威主義体制の下で暮らしてきた日本国民に、はたして主権者としての政治的自覚が根付き、成熟していけるかどうか--すなわち日本の政治文化が民主主義にとってふさわしいものでありうるか(あるいはふさわしいものに変わりうるか)、という論点も関わってくることになる。

実を言うと、以前の私は、この点に関して、いささか悲観的であったことを正直に告白しておかねばなるまい。しかし、最近、ハイエクとの比較を行なうためにトクヴィルの議論に改めて向き合ってみたとき、この点について、再考を促されることになった(*)。正直に言うと、まだ私の中でも確定的な結論が出せずにいる。私の解釈では、ハイエクが民主主義に対してかなり懐疑的・悲観的であったのに対して、トクヴィルは、鋭い批判を民主主義に対して行ないつつも、最終的には民主主義の可能性について希望をもとうとしていたように思う。

定額給付金やタバコ増税をめぐる最近の麻生政権の迷走ぶりを見ていると、まさに衆愚政治に陥っているのではないか--と悲観してしまうのだが、かといって民主主義以外の政治体制に逆戻りすることが考えられない以上、わが国の民主主義の政治的パフォーマンスを向上させるためには何が必要かを、われわれとしては真剣に考えなければならないだろう。わが国の裁判員制度がこの点でどのような効果を持ちうるのか、今後も見守っていかなければなるまい。

(*)筆者によるハイエクとトクヴィルの比較論については、次の文献を参照。

山中優「ハイエクの民主政治論における懐疑と失望-トクヴィルとの比較の観点から」 日本政治学会編 2008 『年報政治学 2008-Ⅰ 国家と社会:統合と連帯の政治学』(木鐸社) pp. 37-60 所収。

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2008年12月16日 (火)

環境共生住宅を目指して(2)

昨年9月1日の本ブログで、「環境共生住宅を目指して」と題した文章を書いたが、実を言うと、その希望が実現することになった--というより、すでに実現した。

ここでの報告が遅れていたが、今年の7月12日の新聞折り込み広告をキッカケとして、現在の貸家と同じ橿原市内に便利な物件が見つかったので、意を決してローンを組み、家を新築することにしたのである。その家が昨日完成し、ホームメーカー(ミサワホーム)から、施主である私たち家族に引き渡されたのであった。

--このようにだけ書くと、途中のプロセスについては全く触れていないため、実にあっけなく響くが、自由設計だったので、設計についての打ち合わせには、実に2か月を要した。そのあと9月21日に地鎮祭を挙行、翌10月27日に上棟式、そして昨日完成--というプロセスであった。下記の写真は、まだ工事途中のものだが、ほぼ完成間近の時に写したものである(携帯端末の写メールモードで写したものなので、解像度があまり高くないのはご容赦願いたい)。

081122_1650 それで、この家のどこが“環境共生住宅”かというと、高い断熱性もさることながら、やはり特筆すべきは、太陽光発電パネルの設置であろう。3.06kwの発電能力を持つソーラーパネル(京セラ製)を南側の屋根一面に設置したのである。この写真で言うと、ここには写っていないが、左側の斜面に当たる屋根である。普通なら250万円かかるところだったが、メーカーの京セラがタイミングよくキャンペーンを実施してくれたおかげで、150万円で設置できた。とはいえ、かなりの値段であることには変わりないが、今思うと、この機会に思い切って設置できて、やはり本当によかったと思っている。

ミサワホームは、南極の昭和基地を作ったメーカーなので、幸い、断熱性も非常に優れているのも、嬉しいことである。あと、給湯装置として、いわゆる“エコキュート”も備え付けることにしたので、その点でも、省エネに貢献できると思う。

今の貸家はこの年末まで借りているので、その間に引越と整理整頓を済ませ、新年から新しい生活をスタートさせたいと思っている。

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2008年12月 2日 (火)

テレビは夜8時まで

今日から我が家では、テレビやビデオを見るのは夜8時までとすることにした。その方が翌朝の目覚めがもっとよくなり、生活のリズムが整うと考えたからである。見たい番組がある場合には予約録画しておいて、翌日以降の夜8時までの時間に見ることにするのである。

それから、だいたい6~7時台に食べることにしている夕食時には、テレビを一切つけないことにした。その方がごはんをおいしくいただけるし、5歳の娘も食事に集中するようになるだろうからである。今日のおかずのメニューは、マグロの酢豚風と、豆苗--妻によると“とうみょう”と読むのだそうだが--のゴマ和えだったのだが、テレビをつけずにいただいていると、それをどう調理しているかに興味がわき、妻にそれを聞きながら、非常においしく味わって食べることができた。大変嬉しいことである。

また、就寝時間については、娘は9時と決め、私は10時に就寝することにした。ブログの更新は、その前の9時台に行う。そうすれば、長らく滞ってきた本ブログの更新が、今後再び進んでいくだろう。

そうして生活のリズムを整えれば、早朝の時間も有効に活用できるようになると思う。ともあれ、これからは、テレビをつけない夜8時以降の時間を、交感神経を鎮めて、質の良い睡眠に入るための静かな時間とすることにしたい。

--そうこうしているうちに、10時を少し過ぎてしまった。それでは、おやすみなさい…。

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