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2009年2月 8日 (日)

“不惑”の年を迎えて

昨日の2月7日、私は40歳の誕生日を迎えた。いわゆる“不惑”の年である。

言うまでもなく、この“不惑”という呼称の由来は、孔子の『論語』である。孔子が七十を越えたころ、自分の生涯を振り返って述べたものであり、あまりにも有名な文章だが、その書き下し文をここにも引用しておこう。なお(  )内は読みがなであるが、読みにくいと思われる読者もいるかもしれないと私が判断した箇所にのみ付けたものである:

子(し)曰(いわ)く、吾(われ)、十有五(じゅうゆうご)にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳(みみ)順(したが)う。七十にして心の欲する所に従いて、矩(のり)を踰(こ)えず〈為政篇四〉。

有名な中国古典研究者の加地伸行氏が、その著『論語 ビギナーズクラシックス』(角川文庫)で孔子の生涯を平易に解説してくれているが--上記の書き下し文もこの本の25-26頁に掲載されているのを引用したものであり、そこには加地氏による現代日本語訳も書かれている--それによると、孔子の三十代、四十代は実は不遇の時代だったのだという。しかし、その間に実力を蓄えていき、「四十にして惑わず」と言い切るだけの自信を持つに至ったというのである。

翻って、私自身の人生を振り返ってみると、私も十五歳前後に「学に志した」と言えるかもしれない。中学2年生の1学期までの私は、実はあまり成績のよくない生徒だった。ところがその2学期以降、高校受験が近づいてくるにあたって、「自分は勉強で身を立てていこう!」と一大決心し、はじめて本気で勉強に励むようになったからである。

次に「三十にして立つ」を自分の歩みになぞらえてみるならば、私が大学の専任講師としての職を得たのが平成10年の4月、29歳の時だったので、これが私の「三十にして立つ」に当たると言えるかもしれない。爾来(じらい)、30代としての10年間を過ごした後、今こうして40歳を迎えたということになる。

とはいえ、孔子が「四十にして惑わず」と言い切った時に持っていたであろうような自信に、今の私が充ち溢れているかどうかは、正直なところ、自分ではよく分からない。そもそも、孔子がそう言ったとき、そこにどのような意味を込めていたのか、その本当の意味を今の私が分かっているかどうかも、はなはだ怪しいものである。というのも、その有名な文章が『論語』中の一節だということは常識として知ってはいたものの、それがその中の〈為政篇〉の一節だったということは、恥ずかしながら、全く知らなかったからである。

『論語』という書物は、実は佐々木毅『政治学の名著30』(ちくま新書)のなかでも取り上げられている1冊である。すなわち、それはまさに“政治”について論じた書物でもあったのである。もちろんそこで説かれていたのは、一言で言ってしまえば“徳治”の重要性であるが、この孔子の思想について、今の私は、まだ全くといっていいほど何も知らないのである。

そんな私でさえ、四十を迎えるにあたり、この孔子の論語の一節を思い浮かべずにはいられなかったのであるから、それだけ論語の思想は日本にも多大な影響を及ぼしているということなのだろう。これを機会に、日本人の一人として、時々は孔子の思想に思いを馳せてみるのもよいかもしれないと思った次第である。

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