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2009年2月10日 (火)

ただいま監訳中

春休みに入り、多少なりともまとまった時間を、ハイエクの監訳にも割くことができるようになってきた。その監訳作業を進めていく中で、改めて強く認識させられているのが、「英語は名詞中心、日本語は動詞中心」ということである。

この「英語は名詞中心、日本語は動詞中心」というのは、安西徹雄『英語の発想』(ちくま学芸文庫)で解説されていることである。たとえば、その62頁にはこんな例文が挙げられている:

A slight slip of the doctor's hand would have meant instant death for the patient.

日本語であれば「医者の手がほんのわずかに滑る」と動詞を使って言うところを、英語では A slight slip of the doctor's hand という名詞句にまとめてしまう。同様に、「患者はすぐに死ぬ」は instant death for the patient となる。

したがって、翻訳においては、名詞構文→動詞構文という転換が必要となるのである。これと同じことが、江川泰一郎『英文法解説 改訂三版』(金子書房)36頁では、「名詞構文の名詞はその周辺の語句も含めて、実質的には1つの文に相当する」と説明されている。

この「名詞構文の名詞はその周辺の語句も含めて、実質的には1つの文に相当する」という原則が、まさにハイエクの文章にも当てはまるのである。非常に多くの文章にそれが言えるのだが、今日、特にそれを痛感させられた--したがって翻訳にも大変苦心した--のが、次の文章だった:

An economy in the strict sense of the word......is indeed an organization or a deliberate arrangement of a given stock of resources in the service of a unitary order of purposes.
(Hayek, "Studies in Philosophy, Politics and Economics", p. 164)

この文章で「名詞→動詞」という転換が必要だとすぐに分かるのは、organization と arrangementである。ここはそれぞれ、organize, arrangeという動詞に転換して訳すことになるが、この転換にはそんなに苦労しなかった。

この文章で大問題だったのが、末尾の a unitary order of purposes である。もともとの下訳でどう訳されていたかは、ここには書かないことにするが、これは大変難しかった。要するに、ハイエクがここに込めた意味を損なうことなく、しかも自然な日本語に表現することが大変難しかったのである。

しかしながら、おそらく間違いないと私に思われたのは、この order についても「名詞→動詞」の転換が必要なことであった。また、途中でいったん切ることや、適当な言葉を補うことも必要だと思われた。

こうして苦心した結果、結局この文章に対して私がつけるに至った訳文は、次のとおりである:

厳密な意味での経済は、蓄積された一定の資源を意図的に配置し、編成していく営みに他ならない。さまざまな目的をある単一の優先順位に沿って序列化しておき、その序列にしたがって目的を実現していくために、資源を意図的に配置し、編成していくのである。

もちろんこの訳文は仮のものであり、出版段階で最終的にどのような訳文に落ち着いているかはまだ全く分からないが、いずれにせよ確かなことは、安西徹雄氏による“英語の発想”の解説が、私にとって、非常に大きな拠り所となっていることである。これからもそれに依拠しつつ、監訳作業を進めていくことにしたい。

【追記】書き忘れていたが、翻訳していく上でもうひとつ重要な原則は、安西氏によると、「すぐれた翻訳は原文よりも長くなければならない」という原則である。すなわち「訳文が原文より長くなることは気にしなくてもよい、むしろそれが当然であり、必要でさえある」というのである(安西徹雄『英文翻訳術』108-109頁)。私の上記の訳文が--すぐれた翻訳であるかどうかはともかくとして--原文よりも長くなっているのは、その原則に従ったためであることを、ここに書き添えておくことにする。(2009/02/10 12:56記)

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コメント

山中先生

皇學館大学文学部非常勤講師の島です.
いつもお世話になっております.

さまざまな激務の中での監訳作業、お疲れ様です.

"unitary order" の部分では,ハイエクを専門としていないものでもそのご苦労が想像され,工夫をこらされた翻訳だと思います.

また,経済学者ならば安直に「資源のストック」と翻訳してしまうところを「蓄積された資源」と言いなおされているところにも行き届いた配慮を感じます.

一つご質問なのですが約文中の「蓄積された一定の資源」という部分の「一定」はどこから訳されたのでしょうか?

もちろん,逐語訳でないことは承知いたしておりますが,もし"given"の意味から組み入れられた言葉とすれば,もう少し補足てきな言葉が必要なのではと思うのです.

stock を修飾する"given"は,経済学の文脈で読むと単なる「一定」ではなく,「資源制約のベクトルは外生変数である」という感じの意味が込められていうように読み取れてしまうのですが,この「一定」とは何が「一定」なのでしょうか.資源の量的な制約なのか,資源の種類なのか,それとも別の何かなのか,少し気になってしまいました.

もちろん,前後の文脈も知らず,ハイエクの意図が何であるのかもよくわかっていないですから,適切な質問であるかどうかは分からないのですが,一経済学徒として素朴な質問させていただきました.

お忙しいところ恐れ入りますが,お時間がございましたらご教示いただければ幸いです.

島 義博拝

投稿: Yoshihiro_Shima | 2009年2月11日 (水) 06時10分

島先生、

こちらこそ、いつもお世話になっております。このたびは貴重なコメントを頂戴し、誠にありがとうございました。

ご指摘の「一定の」は given に当てた訳語です。経済学には全く素人なので、あまり深く考えずに訳してしまいました。

ですが、島先生の仰るとおりだと思います。ただ、この文章は、ここでは経済学の議論を本格的に展開するためのものではなさそうので、あまり詳しく意訳しすぎると、『政治学論集』の読者には、かえって混乱を招いてしまうかもしれません。

だとすると、「ある一定の」とか「所与の」といった訳語でさらっと流しておく方がよいのかもしれませんが、このあたりのことは、一度、他の翻訳者の先生方と一度相談してみます。全集全体でどう統一を図るかという問題ともかかわってくると思われますので…。

いずれにせよ、大変貴重なご指摘を本当にありがとうございました。これからも何かお気づきの点がございましたら、是非ともご指摘下さい。このたびは誠にありがとうございました。

投稿: 山中優 | 2009年2月12日 (木) 11時51分

島先生

他の翻訳者の方々に聞いてみたところ、ここは「所与の」で問題ないのではないか、というご意見をいただきました。

例の文章の文脈はどんなものだったかと申しますと、ハイエクは組織と自生的秩序とを区別しておりまして、自生的秩序は組織と異なって特定の設計者を持たないので、何かある特定の具体的目的に資するものではない--ハイエクはこれを“目的独立的”end-independentと表現するのですが--と主張しています。

他方、economyという語はむしろ組織にこそ当てはまるはずなのだが、市場に対しても「市場経済」と呼ばれることが多いので、自生的秩序であるはずの市場が、あたかも組織としての(例えば)「国民経済」と混同されてしまうことになるが、それではいけないので、市場に対しては、ギリシャ語からの造語「カタラクシー」(catallaxy)という呼称を与えるべきだと提唱している--こういう文脈でした。

例の文章は、こういう文脈のもとで、厳密な意味でのeconomyの意味を正確に定義しようとしていた箇所でした。

実は最初、私も「所与の」という訳語を当てたのでしたが、もしかすると、これだと一般読者にはあまりにも直訳調であるような印象を与えてしまうのではないか、と心配してしまったため、「一定の」という当たり障りのない(と思った)訳語を当て直していたのでした。

ですが、どうやらそれは私の杞憂で、「所与の」でも、どうやら問題なさそうです。

投稿: 山中優 | 2009年2月13日 (金) 21時03分

拝復

山中先生

ご丁寧なトラック・バックをいただきましてありがとうございました.

島でございます.

一語一語に丁寧に翻訳語を選んでらっしゃる様子を拝見すれば,
確かに「所与の」や「与えられた」というのではあまりも直訳調であるかのような印象を与えてしまう、という先生のご心配はごもっともだと存じます.

私自身も,「自分が訳すとすればどうか…」を考えたら、「所与の」とはつけたくないな…などと考えてしまいました.

例の文章だけを読めば,要約すれば「効率性や公平性などの評価基準に従って資源を配分するというのが経済活動だ」と言いたいのだろうと経済学の文脈がわらの勝手な解釈をしておりました.

そのため,経済学で用いられることの多い,"resource allocation"という表現をなぜ使っていないのだろうと不思議に思いましたが,山中先生にご教示いただいて疑問が氷解いたしました.

自生的秩序の形成モデルについては個人的に興味がございますので,またご教示いただければ幸いです.

島 義博拝

投稿: Yoshihiro_Shima | 2009年2月14日 (土) 04時55分

ネットサーフィンでたまたまこのサイトを見つけました。
ハイエクの翻訳、私は次のようにしました。

An economy in the strict sense of the word......is indeed an organization or a deliberate arrangement of a given stock of resources in the service of a unitary order of purposes.
(Hayek, "Studies in Philosophy, Politics and Economics", p. 164)

厳密な意味での経済という言葉の意味は、あるまとまった目的のためにつかわれる限られた資源を組織化し、いかに手配するのかということである。

投稿: 山田としあき | 2012年5月 3日 (木) 13時29分

1年ぶりに改めてみました。
原文を省略せずに見ると、

An economy in the strict sense of the word in which we call a household, a farm, an enterprise or even the financial administration of government an economy, is indeed an organization or a deliberate arrangement of a given stock of resources in the service of a unitary order of purposes.

経済体という単語を厳密に定義すると、家計、工場、企業、さらには政府による財務行政も経済体と呼ぶことができる。このような経済体は、もちろん組織であるが、(一方で)様々な目的をある一つの形にまとまった秩序体(a unitary order、つまり家計とか企業とか)にし、その秩序体に役立つように、所与の資源ストックを意図的に配置したものでもある。

投稿: 山田とし | 2013年8月 2日 (金) 02時45分

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