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2009年9月20日 (日)

海外での研究報告を終えて

7月にチリの首都サンティアゴで開かれた世界政治学会、および今回北京で開催されたIVR(法哲学・社会哲学国際学会連合)世界大会--この2度にわたって、海外で研究報告を行うという機会に恵まれた。7月の報告を終えたときには、帰国後すぐに授業を再開しなければならなかったため、ゆっくり振り返る時間を持てなかったが、今回はそうするための時間的・心理的余裕が(少しは)あるので、この2度にわたる海外での報告の機会を、できるだけ簡潔にではあるが、今ここで振り返っておくことにしたい。

この2度の機会のいずれも、要するに、すでに日本語で筆者が行ってきたこと(拙著『ハイエクの政治思想』勁草書房)を英語でも発信する経験をしておきたい--という動機からのチャレンジだった。7月は拙著の主に第1章、今回の9月は同じく第3章の内容に基づいて、報告を行った。幸い、報告のための論文を英語であらかじめ執筆したり、実際に報告の場において英語でプレゼンテーションを行うことについては、実際にやってみて、それなりの手応えを得ることはできた。

しかしながら、報告後のディスカッションの時間になって、質問に対する応答を行おうとする段になると、日本語の場合とは違って、英語では、最低限のことは言えても、自分の言いたいことの全てが充分には伝えられなくなる--そうしたもどかしさを痛感させられることにもなったのである。

国際的な学会での研究報告の場合は、全体会議での基調報告の場合は別として、だいたい10~15分で報告することが求められる(少なくとも今回の2度の経験ではそうだった)。したがって、報告ペーパーをあらかじめ書くにあたっては、日本語では行っていた細かな議論を一切省いて、論旨の骨子のみを明快に描くことに努めた。そのおかげで、聴衆に報告の趣旨をクリアーに伝えることはできた(と思う)。しかしその反面、それ以外の議論の肉付けの部分は伝えられていないので、その点にかかわる質問がどうしても出てくるのである。

日本語でなら、そうした質問に対して緻密に答える訓練は、これまでかなり積んできたつもりである。ところが、私の英語の能力は、まだそのレベルには到達していなかった。その場を何とか乗り切るために、あるいは質問を何とか「かわす」ために、どうにかこうにか応答することはできたものの、日本語でならもっと緻密に述べることができたはずの内容が、英語になると途端に伝えられなくなってしまう--そのことを、如実に思い知らされたのであった。

この壁をクリアーするためには、普段からもっと、自分の言いたいことを英語で書く練習を積んでおくことが、まずは必要だろう。断片的な言葉ならともかく、およそ論理的な内容を正確に話すことができるためには、まずはそうした文章をもっとスラスラと書けるようになっていなければならないと思われるからである。その上で、あとは報告の場数を踏んでいくことだろうと思う。

いずれにせよ、これで今回の海外での研究報告は一段落した。これは「日本語を英語へ」という仕事だったが、今年のもう一つの大きな仕事は「英語を日本語へ」、すなわちハイエク全集第Ⅱ期 第5巻 政治学論集(春秋社)の監訳である。これからは、この監訳の仕事に邁進していくことになるから、要するに今年の私の研究者としての仕事は、英訳にせよ和訳にせよ、語学面での仕事となる。今年はとにかくそれを全うすることである。

そして来年以降、新たな研究の方向性を打ち出せるようにしたいと考えているのだが、今それに向けて大いに意識しているのが、萬田悦生氏のハイエク研究、すなわち『文明社会の政治原理:F・A・ハイエクの政治思想』(慶応義塾大学出版会)である。その萬田氏のハイエク研究は、氏がイギリス理想主義者の一人T・H・グリーンを研究してこられた視点から為されたものである。その氏のご研究を踏まえつつ、何らかの新たな研究の方向性を探っていけるのではないか--おぼろげながらも、今そのように考えている次第である。

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