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2010年3月27日 (土)

twitter 始めました

英語を書く練習にちょうど良いと思い、私もtwitterを始めてみた。

それを本欄にも貼りつけたが、デザイン上、何か異質なものを無理やり上から貼りつけたようになってしまったかもしれない。

このtwitter欄が全体のデザインに馴染むよう、テンプレートを変えようとしてみたのだが、どうもうまくいかなかった。現在のテンプレートは私のお気に入りでもあったので、あれこれ変更を試してみたあげく、結局、元のテンプレートを維持することにした。

その結果、twitter欄がやや飛び出た感じになってしまっているが、ご容赦いただければ幸いである。

【追記】その後、ある知人の方から教えられ(感謝です!)、この twitter 欄の横幅を、本ブログ・テンプレートの枠内に収めることができたので、少しは見やすくなったかもしれない。また、ここに表示される tweets の数を6つに増やし、スクロールバーも付けてみた。いかがだろうか?(3月31日17:21記)

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2010年3月17日 (水)

ドラッカー再評価熱、高まる

一昨日、本欄でドラッカー『経済人の終わり』を私が再読し始めたことについて書いたが、そのドラッカーの再評価熱が最近、日本でにわかに高まっているらしい。そのことを、今日放送されたNHKクローズアップ現代を見て知った。

そのクローズアップ現代を見て私の心に強く印象に残ったのは、「利益は手段であって目的ではない」などをはじめとしたドラッカーの警句の数々が、多くの経営者たちに強い影響力を与え、その経営を立ち直らせているということだった。どうやらドラッカーの思想は、経営者たちに元気を与えるものらしいのである。

またスタジオゲストとして、ドラッカーの邦訳本のほとんどを訳している上田惇夫氏が登場していたが、その上田氏も非常に明るく、生き生きとしていることにも感心させられた。上田氏の目がキラキラと輝いているのである(その上田氏の肩書が「ドラッカー学会代表」となっていたのを見て、「ドラッカー学会」というものがあるということも初めて知った)。また糸井重里氏もスタジオゲストとして呼ばれていたが、糸井氏もドラッカーのファンだということであった。

そのドラッカーの著書の一つ『産業人の未来』(上田惇夫訳、ダイアモンンド社)では、しかしながら、経済的自由を決して甘いものだと述べているわけではない。むしろ、なかなか厳しいものだと論じており、「自由とは楽しいものではない」とハッキリ述べているのである(第6章)。

にもかかわらず、そのドラッカーの思想が多くの経営者たちを力強く生き生きと立ち直らせていることを考えると、彼の思想は、産業構造の大きな転換期の真っ只中にある現代において、人々にその厳しい自由をあえて引き受けさせ、困難を乗り越える知恵と勇気を与え、さらには、いたずらに利益のみを追い求めることなく、利益を上げること以上の、働くことそれ自体の意義を教えるものらしいのである。

ドラッカー思想のこうした非常に明るい側面は、同時代を生きたハイエクにはないドラッカー独自の特徴だと言えると思う。

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2010年3月15日 (月)

ドラッカー『経済人の終わり』を読む

先週末で充電を完了し、再び動き始めた。授業の準備もさることながら、研究の面でも2本の論文を書く仕事があり、そのうちの1本は4月23日締切なので、その執筆に向けた準備を、先週末から急ピッチで進めていくことにしたのである(もう1本の論文は、6月下旬締切)。

その準備に必要と考え、昨日から改めて読み直し始めたのが、P・F・ドラッカー『経済人の終わり-全体主義はなぜ生まれたか』(上田惇夫訳、ダイアモンド社)である。言うまでもなく、ドラッカーは経営学の世界で非常に有名だが、この書は経営学の分野にはおそらく当てはまらないので、もしかすると、彼の他の本ほどには、この本は読まれていないかもしれない。

私がこの書に関心を抱くようになったのは、ハイエク『隷属への道』(春秋社)に、この『経済人の終わり』を意識して書かれたという一面が、実はあったからである(その詳細はここでは省略する)。

この『経済人の終わり』で私の興味を惹くのは、ドラッカーがこの書で、経済的自由の厳しさを明確に指摘していることである(第2章)。ドラッカーによると、資本主義が、それ以前の身分的安定の放棄を迫るものであったにもかかわらず、信条として広く受け入れられたのは、それが「自由と平等を実現する」と約束したからであった。

ところが、実際には資本主義は(そしてマルクス主義も)その「自由と平等をもたらす」という約束を裏切るものであった。そのため、大衆が絶望の淵に追い込まれ、その絶望の末に信じられるにいたったのがファシズムだった--ごくごく大まかに言えば、これが『経済人の終わり』の論旨である。

このドラッカーの論旨は、ハイエクが『隷属への道』第14章で“経済恐怖症”economophobia--春秋社の邦訳書では「経済嫌い」と訳されているが--と呼んでいる現象と、本質的には同じだと言える(ただし、“経済人の終わり”というテーゼをめぐる評価は、ドラッカーとハイエクとでは重大な差異があったのだが、それについては『隷属への道』第14章を参照されたい)。ついでながら、こうした平等と不平等をめぐる問題は、宇野重規『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社)においても、的確に論じられている。

いずれにせよ、現代日本が直面しているのは、まさに、この「経済的自由の厳しさにどう向き合うのか」という問題だと言えるだろう。自由と平等をめぐる問題だと言ってもよい。

戦後日本は、長らくGDPの増大を国家目標としてきた。その実現を可能にしてきたのは、言うまでもなく、重厚長大型の産業構造と、護送船団方式と呼ばれてきた経済政策である。そのもとで、日本国民は収入の継続的な増大を期待できた。人生の将来像が描きやすい時代を、20世紀後半の日本国民は生きてきたのである。

しかしながら、山田昌弘『希望格差社会』(筑摩書房)など、実に多くの論者がすでに指摘してきているように、また現在の経済状況がまさに物語っているように、グローバリゼーションと脱工業化が進む現代においては、GDPの増大による国民の継続的な収入増加を実現することは、もはや不可能である。要するに、現代は、まさに経済的自由の厳しさにまともに直面せざるを得ない世界となっているのである。

そうした時代にあっては、GDPの成長による物質的欲望の満足を経済政策の第一義的な目標とすることは、もはや出来ないと言うべきだろう。“経済政策のオルタナティヴ・ヴィジョン”が必要とされている所以がここにある。

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2010年3月 8日 (月)

ただいま充電中

3月に入ってからは、こまごまとした大学の業務があった一方で、大学に行かずに在宅しているときには、花粉症の薬の副作用なのか、眠気とけだるさを覚えて横になっていることが多くなってしまった。

そのため、今はその薬の服用をやめ、気力と体力を回復させるべく、心身ともに充電しているところである。

先日本欄に書いた「アフルエンザ」のDVDの規格は、こちらからの問い合わせに対する回答によると、問題ないとのことだったので、今はその到着を待っている。受け取り次第、専門演習の準備を再開することにして、その間は、政治学関係の授業の準備を進めることにした。それを精力的に進められるよう、今はしっかりと心身の充電につとめたい。

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