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2010年5月22日 (土)

政治思想学会2010に参加

今日は、東京大学・本郷キャンパスで開催された2010年度政治思想学会に参加してきた。今日・明日の二日間の日程での開催だが、私自身は日帰りで今日のみの参加とさせていただいた。いま帰りの新幹線の中で、この文章を書いている(学会プログラムの詳細はこちら。ただし、報告ペーパーのダウンロードは政治思想学会員に限定されている)。

今回の共通テーマは《福祉社会と政治思想》というもので、私の研究テーマと密接に関わるものだった。とくにシンポジウムⅠでは「市場イメージの再検討」がテーマとされており、その第三報告が、ハイエクの市場イメージについて、その法の支配概念と科学論の検討を通じて論じるものだったので、大変興味深く聞かせていただいた。

その報告者だった酒井弘格会員(法政大学)に、私の方から質問を2つさせていただいたのだが、その1つ目は、「ハイエクが、みずからの市場イメージとの首尾一貫性が損なわれてしまうにもかかわらず、生活保護など、一定の福祉政策の必要性を認めざるをえなかったのは、一体なぜだったのか?」という質問だった。

それに対する酒井会員のお答えの主旨は、「それはハイエクの自由論や法の支配論から一義的に導かれた論理的な結論ではなく、むしろ心情的なものだったと思われる。その点で想起されるのは、彼が青年時代にはフェビアン主義的社会主義者だったという事実である」というものだったが、それは私自身も秘かに考えていたことだったので、酒井会員からも同趣旨の見解が聞けたことは心強かった。

私からのもう一つの質問は、「ハイエクには、ソ連型社会主義やケインズ主義的福祉国家に対する批判という消極的意義を超える、より積極的な意義などない--というJohn Grayのような立場もありうるが、そのような立場に対して、〔酒井会員は〕どのように応答されるか?」というものだったが、それに対するお答えは、大略、次のようなものだった。

「たしかにハイエクの議論それ自体は、市場と両立しうる福祉政策の基準は何かという問題について、曖昧かつ矛盾した解答しか出せていない。したがって、もっと確固たる思想的基礎を与える作業はこれからの課題として残されているが、ハイエク思想の独創性を継承しつつ、その課題に応えていくことは可能だと思う」

このお答えは、酒井会員の今後の研究業績について、大変強い興味を私に持たせてくれるものだった。というのも、かつて Jeremy Shearmur というハイエク(とポパー)の研究者は、1996年に出した次の本の中で、(私の読解が正しければ)この問題に対してむしろ否定的な答えを出し、リバタリアニズムの一種たる最小国家論の立場にこそ、ハイエク思想を現代的に発展させうる可能性を見出していたからである。

Jeremy Shearmur (1996) Hayek and After: Hayekian liberalism as a research programme (Routledge)

それに対して、酒井会員は、福祉国家に妥協的なハイエクの立場を、Shearmurとは反対に、極端なリバタリアニズムよりも魅力あるものと捉えている。だとするならば、酒井会員はこのShearmurのハイエク研究に対してどのような批判を展開されることになるのだろうか? 私としては大変強い興味を惹かれるのである。

もちろん、これは私自身が一方的に抱いている興味であって、酒井会員の今後の研究方向をそちらに強制しようとする意図は全くない。

とはいえ、実のところ、私自身はこのShearmurのハイエク研究を、まだ十分には消化し切れてはいない。なので、もしも酒井会員がご自分の意志でShearmurのハイエク研究を今後本格的に取り上げることになるのであれば、大いに参考にさせていただきたいのである。

ちなみにShearmurは、そのハイエク批判に当たって、ポパーの科学哲学に依拠していることを、上記の著書で述べている。そして、酒井氏の今日のご報告からは、ハイエクを何よりもまず科学者として捉えているように見受けられた(その点では、渡辺幹雄氏の研究スタンスとよく似ていると言えると思う)。

なので、私の勝手な憶測かもしれないが、もしかするとShearmurの議論スタイルは、人間論を中心に据えたハイエク論を展開していた私よりも、むしろ酒井氏のご関心の方にこそ、まさに合致するかもしれないという気もするのである。

もしもそうだとしたら、氏はShearmurに対してどのような異議を唱えることになるのか。あるいは逆に、綿密な検討の結果、むしろShearmurの見解に同意されることになるのだろうか--もしも氏がご自分の意志でShearmurのハイエク論を取り上げられるとしたら、私としては、そのご研究の成果を是非とも期待したいと思った次第である。

ついでながら、今回のシンポジウムⅠの第三報告においては、報告者の酒井会員からも、またコメンテーターの辻康夫会員(北海道大学)からも、拙著『ハイエクの政治思想』(勁草書房)に対して、大変好意的に言及していただいたことは、まさに望外の喜びであった。これを励みに、これからも研究に勤しんでいきたいと思っている。

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2010年5月12日 (水)

「政府・与党二元体制」いまだ克服されず

現在の民主党政権を見ていると、長らく自民党政治の特徴とみなされてきた「政府・与党二元体制」が、いまだに払拭されていないと言わざるをえない。

この「政府・与党二元体制」というのは、政治学者の飯尾潤氏によるものである。議会選挙と大統領選挙が全く別の「二元代表制」たる大統領制とは異なって、議院内閣制は議会選挙で勝った政党が行政部のトップである内閣も構成できるという「一元代表制」だから、選挙で勝った政党は、本来なら「政権党」と呼ばれるべきである。それなのに、それが政府とは区別された「与党」と呼ばれてきたところに、日本の議院内閣制の特殊性があったのである(したがって、「与党」という日本語のもっているニュアンスは、英語には訳しきれないということになる)。

それでは、なぜ「与党」は政府とは区別される存在だったのか。それは、簡単に言うと、政府=内閣が公共利益を推進すべき立場にあるのに対して、与党はむしろ個別利益を保護するために活動していたからである。そして、公共の利益の推進がある業界団体=圧力団体の個別利益にとって不都合な場合には、与党の「族議員」が内閣を牽制し、その政策から首尾一貫性を失わせてきたのであった。

そうした弊害を打破すべく登場してきたはずの民主党政権だと思っていたが、日本経済新聞で最近連載され始めた「軽すぎた約束:袋小路の政権公約」などを読んでみると、どうやらそれはちがっていたようである。

しかし、その弊害が克服されない限り、日本政治の混迷はこれからも続くことになるだろう。目の前の選挙に勝って権力にしがみつくことだけを考えて、あるいは権力を奪取することのみを考えて、候補者選びにおいてもスポーツ界等で有名だからという理由を最優先しているようなら、そのような政党政治に未来はないのである。

【参考文献】飯尾潤『日本の統治構造:官僚内閣制から議院内閣制へ』(中公新書、2007年)

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2010年5月 7日 (金)

晩ご飯は午後7時台までに(3)

今日は名張で3コマの授業を終えた後、18:00から会議があった。19:00頃には終わったのだが、19:05のスクールバスには間に合わなかったので、次の19:35のスクールバスに乗り、名張駅には19:45頃になった。

そこで今日は名張駅前のコンビニでお弁当を買って、帰りの特急車内で食べることにした。

今日はその写真は撮っていないが、買ったのは冷凍物の「あさりと春野菜の塩焼きそば」をレンジで温めたものと、ツナマヨネーズのおにぎり1個である。これもなかなかおいしかった。

これで、晩ご飯に帰りの特急車内でお弁当をいただくパターンがすべて出そろったように思う。すなわち、

1.伊勢での授業からの帰り

2.非常勤で関大に出向いた帰り

3.名張で18:00以降に会議があった場合

いずれにしても、夜8時までにご飯を食べ終わる(あるいは少なくとも食べ始める)方が自分の身体には大変よいことが分かったので、これからも続けていこうと思う。

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2010年5月 6日 (木)

晩ご飯は午後7時台までに(2)

晩ご飯は午後7時台までに(2)
今年の大型連休明けの最初の仕事は、関西大学・千里山キャンパスでの政治思想史(近代)の講義だった(非常勤)。16:20〜17:50までの授業なので、帰宅は夜8時頃になる。

そこで、今日は妻が夕食用に弁当を作ってくれたので、帰りの近鉄特急の中でいただいた。やはり、8時までに食べると、体に大変いいような気がする。

この写真は、おにぎりを1個食べた後で撮ったものだ。献立はおにぎり2個、鰆(さわら)の竜田揚げ、魚肉ソーセージ、玉子焼き、スナックえんどう、切干し大根、たくあん、デザートはリンゴである。

外食せずに済んだので、財布の節約にもなったし、帰宅時間も9時以降にならずに済むので、明日に向けて、疲れもとれそうだ。感謝あるのみである。

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