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2010年8月26日 (木)

民主党における「もう一つの政府・与党二元体制」

民主党の小沢一郎前幹事長が本日午前、党代表選への出馬を表明したという。その出馬表明を受けて、民主党内で多数派工作が激化する見通しであることを、日本経済新聞が伝えている(2010/8/26 15:35 日本経済新聞 電子版)。同じく日経新聞電子版によると、小沢氏は出馬理由について「挙党態勢を首相に求めてきたが、全く受け入れられなかったので出馬することを決めた」と支持グループの議員に説明したという(2010/8/26 12:05)。

こうした民主党内の分裂状態と、その結果としての激しい権力闘争の様子を伝える報道に接すると、私は「やはり民主党は、まだ統合的意志の担い手とはなりえていないのだな…」と慨嘆せざるをえなかった。

この関連で想起されたのは、このままでは民主党は内閣と与党とを切り離す「もう一つの二元体制」をつくり出すことになりかねない--という野田昌吾・大阪市立大学教授の指摘である(ちなみに「政府・与党二元体制」の説明については、本ブログ2010年5月12日の欄を参照)。

野田教授は、山口二郎編『民主党政権は何をなすべきか:政治学からの提言』(岩波書店、2010年1月28日刊)に、「「政策決定の一元化」を超えて--新しい政党政治の確立のために」と題された論文を寄せておられるが、そのなかで野田教授は、昨年8月の衆院選による政権交代以降、民主党が推し進めてきた「政策決定の内閣への一元化」にひそむ問題点を鋭く指摘している。

その問題点とは何かというと、そこでは依然として、「政党とは所詮は個別利害の代表の寄せ集めである」という前提が、自民党政治の時代に引き続いて、相も変わらず維持されてしまっているということである。

たしかに民主党は、自民党政権時代の「政府・与党二元体制」の弊害を克服しようとして、「政策決定の内閣への一元化」を打ち出した。しかし、それは、次の①ではなく、実は②の考え方に基づくものだったのである〔ここでの①②という番号は、説明の便宜上、山中が付したものである〕。

①党政調会長の内閣入りなどによって、政府・内閣との有機的連結を図ろうとする考え方。

②「政党とは所詮は個別利害の代表の集まりである」という自民党政権時代の政党観をそのまま引き継いだうえで、「そのような政党を政策決定過程に関与させてしまうと政治的統合を危うくするだけである」として、政策決定を政府・内閣に「一元化」し、政権与党たる民主党を政策決定過程から切り離すという考え方。

ちなみに野田教授によると、①が先の衆院総選挙前に当時の菅代表代行が示していたものであったのに対して、②は小沢氏の考え方であるという。そして、ドイツ政治を専門とする野田教授は、②の考え方では党の弱体化がもたらされる恐れがあることを、現代ドイツの社会民主党の例を引きつつ指摘している。

この野田教授の指摘は大変鋭いものだと私は思う。要するに、自民党も民主党も、自らを統合的意志の担い手として脱皮させようとしていないという点では、全く同じだというわけである。

しかしながら、そんなことでは、政党政治そのものの未来が決して開けてこないと言わざるを得ない。私の考えるところでは、民主党であれ、自民党であれ、政治的統合の担い手たる存在へと自らを鍛え上げる努力が絶対に必要なのである。

もちろん、そのためには、まず党内で議論を深めることが大切なのは言うまでもない(真の政治的統合とは、議論を経ない強引なものでは決してない)。そのうえで、そうした議論を経たのちは、党としての方針を一致させ、統合的意志の担い手とならなければならないのである。

にもかかわず、もしも現在の民主党も自民党も、政治的価値観をかなり異にしているはずの議員の寄せ集めにすぎないにもかかわらず、「寄らば大樹の陰」とばかりに目先の政権の座を追い求めているために、思い切った政界再編へと踏み出す勇気を持つことができず、その結果として、新たな政治的対立軸を有権者に対して明確に示せないままに終わるのだとすれば、そんなことでは、政党政治の未来そのものが閉ざされてしまう--と私は強く憂慮するのである。

ちなみに、野田教授によると、小沢氏の政治手法は、党内の多様な声を汲み取る組織運営を心掛けるというよりも、権力の維持や確保のための戦略がまずありきで、与党をそうした戦略の手段とみなすものである。しかも、その戦略は自らを中心とする党上層部で一方的に決めるのだという。

しかしながら、そのようなきわめて強引な政治手法では、野田教授も指摘しているように、かつての自民党とは異なる「新しい政党のかたち」を開くことによって、党内での議論を踏まえたうえでの、真の政治的統合を実現することは、決してできないだろう。そんな強引な手法を「実行力がある」という表現で肯定することは、とても危険なことだと私は思う。

【参考文献】
野田昌吾「「政策決定の一元化」を超えて--新しい政党政治の確立のために」、山口二郎編『民主党政権は何をなすべきか:政治学からの提言』(岩波書店、2010年1月28日刊)54-70頁。

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