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2012年2月23日 (木)

経済学の勉強を始めた理由(2)

先月末から今月中旬にかけては、秋学期末の成績評価の仕事で忙しかった。特に非常勤で行っている関西大学の授業である政治思想史2(現代)では、計454枚もの答案を採点しなければならなかったため、大変な労力を要したが、その採点も先週中に何とか終えることができたので、今は経済学の勉強を再開している。

本欄1月31日で挙げた三冊の本のうち、①と③は全部読み、②については③とテーマが重なっていないところだけを読んだ。それで入門としての学習は終えたと考えて、次は、あの有名なN・グレゴリー・マンキュー著『マンキュー経済学 Ⅰ ミクロ編』(東洋経済新報社)を大学図書館で借りて読み始めることにした。章末の復習問題や応用問題は解いていないが、本文については第7章まで学習し終えた。非常に分かりやすく書かれているので、楽しく学習できている。

さて、前置きが長くなってしまったが、このように本腰を入れて経済学の勉強をし始めた理由のうち、教育上の理由は、すでに本欄2月1日の記事で述べておいた。しかし、実はもう一つの理由がある。それは研究上の必要もあったからである。

『政治概念の歴史的展開』というシリーズが晃洋書房から出されており、現在では第4巻まで刊行されているが、それに続いて、第5巻・第6巻の出版企画が既に動いている。そのことは、第4巻末尾の広告欄で、出版元の晃洋書房自身の手によって、すでに公けにされている。その第5巻に掲載が予定されている政治概念の一つが「市場」なのだが、その執筆担当者が、上述の広告欄で明らかにされている通り、実は私なのである。

もとより、「市場」を “政治概念” として取り上げるのであるから、経済学的な視点を前面に出すつもりはない。とはいえ、経済学的な市場概念も当然、念頭に置いておかねばならないだろう。そんなわけで、経済学の勉強に、研究者としても本腰を入れ始めた次第である。

【追記】 ちなみに、「市場」を “政治概念” として取り上げるという場合、私が念頭に置いているのは、ピエール・ロザンヴァロン著『ユートピア的資本主義:市場思想から見た近代』(長谷俊雄訳、国文社)が次のように述べていた時の “市場社会” の方である:

それ〔18世紀に形成されるような市場概念〕は、〔ホッブズやロックのような〕契約概念と対立する、社会学的で政治学的な概念なのである。経済学の専門的な概念(自由に形成される価格の、そのシステムによる経済活動の調節形態)ではないのだ。経済的自由主義の確立は……自己調節される市民社会といったものを実現したいという渇望を表すものだ。言葉の強い意味で非政治的なこうした展望は、市場社会を新しい社会観の理想型に据える。(経済だけでなく)社会を真に調節するのは、(政治的な)契約ではなく、(経済的な)市場のほうなのである。(『ユートピア的資本主義』4-5頁)

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