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2012年2月27日 (月)

『マンキュー経済学 Ⅰ ミクロ編』を勉強しています

本欄の前回と前々回の記事でも述べたように、現在、『マンキュー経済学 Ⅰ ミクロ編』(東洋経済新報社)の勉強を進めているところである。

今日で第15章までを終えた。第Ⅳ部の第12章までは順調に理解することができてきたのだが、第Ⅴ部の第13章に入ってからは少々苦戦し始めた。第Ⅴ部全体のテーマは「企業行動と産業組織」であり、第13章は「生産の費用」、第14章は「〔完全〕競争市場における企業」、そして第15章は「独占」である。ちなみに、その第Ⅴ部は第16章「寡占」、第17章「独占的競争」と続いていく。そして第Ⅵ部のテーマは「労働市場の経済学」であり、最後の第Ⅶ部は「より進んだ話題:第21章 消費者選択の理論」で締め括られている。

その第Ⅴ部を勉強し始めて思い出したのは、ずいぶん以前に経済学の独学を始めて結局挫折してしまった時、躓いた箇所がまさにここだった、ということである。

しかし、その時は、勉強し始めてからすぐのことだった。それなのに、今回は第13章まで来てやっと「ちょっと難しいな…」と思い始めたのである。

「何故だろう?」と思って、ふと「訳者あとがき」の次のくだりを読んでみたとき、そのわけが分かった。『マンキュー経済学 Ⅰ ミクロ編』では、その説明の順序に、通常の教科書とは異なる工夫が凝らされているというのである:

マクロ経済学というイメージが強いマンキュー教授ではあるが、実はミクロ編は大方の予想をはるかに上回るすばらしい出来栄えになっている。一つの特徴は、叙述の順序が通常の教科書とは異なり、一つの市場に焦点を合わせる、いわゆる部分均衡分析により、市場の均衡とその変化、および経済厚生について一気に説明しており、消費者や企業の行動については後述となっていることである。ミクロ経済学を理解していくうえで、どのような順序で学んでいけばよいかについての工夫が十分こらされている(p. 634)。

つまり、私が以前、早々に挫折してしまった箇所は「消費者行動」や「企業行動」だったのだが、『マンキュー経済学 Ⅰ ミクロ編』では、それが後回しにされており、第Ⅴ部になって初めて出て来ているために、ここまで私も一気に走ってくることができたというわけである。

この「訳者あとがき」の635頁には、「訳者たちが経済学を勉強しはじめたときには、数式や図表の羅列された無味乾燥な教科書しかなかったことを思い出すと、現在このような魅力にあふれる教科書を手にすることができる読者をうらやましく思う」と書かれている。いま私の手元にあるこの訳書は第1版だが、その刊行は2000年4月20日である。そして、私が以前に挫折したのは、その刊行日より前のことだったように思う。だとすれば、私がその時に早々と挫折してしまったのも、無理のないことだったのかもしれない…と自分で自分を励ますことができた。

その第13章以降も、以前に挫折した時に比べれば、かなりの程度、理解することができたように思う。明日からはまた、本務校での仕事が三日間ほど続くので、今日までのように非常にまとまった時間をすべて経済学の勉強に割くことは、しばらくできなくなるが、それでも少しずつ、この『マンキュー経済学』の勉強を続けていきたい。この第1版の訳書は大学図書館から借りたものだが、2005年9月に第2版の邦訳も出されているようなので、この第1版を勉強し終えたら、いずれ第2版も読もうと思っている。

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2012年2月24日 (金)

私の経済学の勉強ノートを公開します

今日は、これから経済学の勉強を始めようとしている(あるいは始めたばかりの)学生の皆さんの参考にしてもらえるよう、私の勉強ノートを一部公開します。


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これらはいずれも、『マンキュー経済学 Ⅰ ミクロ編』の「第3章 相互依存と交易(貿易)からの利益」 を勉強したときに私が自分なりに作ってみたものです。

初めて学ぶことは、ただテキストを目で読むだけだと、よく分からないことが多いです。そんなとき、こんな風に手も動かしてみて下さい。目で読むだけでは分からなかったことも、こんな風にジックリとノートに写してみると、理解が進みます。

なので、手間を惜しまずに、どんどん手を動かしてノートを書いていって下さい!それが勉強の秘訣です!!

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2012年2月23日 (木)

経済学の勉強を始めた理由(2)

先月末から今月中旬にかけては、秋学期末の成績評価の仕事で忙しかった。特に非常勤で行っている関西大学の授業である政治思想史2(現代)では、計454枚もの答案を採点しなければならなかったため、大変な労力を要したが、その採点も先週中に何とか終えることができたので、今は経済学の勉強を再開している。

本欄1月31日で挙げた三冊の本のうち、①と③は全部読み、②については③とテーマが重なっていないところだけを読んだ。それで入門としての学習は終えたと考えて、次は、あの有名なN・グレゴリー・マンキュー著『マンキュー経済学 Ⅰ ミクロ編』(東洋経済新報社)を大学図書館で借りて読み始めることにした。章末の復習問題や応用問題は解いていないが、本文については第7章まで学習し終えた。非常に分かりやすく書かれているので、楽しく学習できている。

さて、前置きが長くなってしまったが、このように本腰を入れて経済学の勉強をし始めた理由のうち、教育上の理由は、すでに本欄2月1日の記事で述べておいた。しかし、実はもう一つの理由がある。それは研究上の必要もあったからである。

『政治概念の歴史的展開』というシリーズが晃洋書房から出されており、現在では第4巻まで刊行されているが、それに続いて、第5巻・第6巻の出版企画が既に動いている。そのことは、第4巻末尾の広告欄で、出版元の晃洋書房自身の手によって、すでに公けにされている。その第5巻に掲載が予定されている政治概念の一つが「市場」なのだが、その執筆担当者が、上述の広告欄で明らかにされている通り、実は私なのである。

もとより、「市場」を “政治概念” として取り上げるのであるから、経済学的な視点を前面に出すつもりはない。とはいえ、経済学的な市場概念も当然、念頭に置いておかねばならないだろう。そんなわけで、経済学の勉強に、研究者としても本腰を入れ始めた次第である。

【追記】 ちなみに、「市場」を “政治概念” として取り上げるという場合、私が念頭に置いているのは、ピエール・ロザンヴァロン著『ユートピア的資本主義:市場思想から見た近代』(長谷俊雄訳、国文社)が次のように述べていた時の “市場社会” の方である:

それ〔18世紀に形成されるような市場概念〕は、〔ホッブズやロックのような〕契約概念と対立する、社会学的で政治学的な概念なのである。経済学の専門的な概念(自由に形成される価格の、そのシステムによる経済活動の調節形態)ではないのだ。経済的自由主義の確立は……自己調節される市民社会といったものを実現したいという渇望を表すものだ。言葉の強い意味で非政治的なこうした展望は、市場社会を新しい社会観の理想型に据える。(経済だけでなく)社会を真に調節するのは、(政治的な)契約ではなく、(経済的な)市場のほうなのである。(『ユートピア的資本主義』4-5頁)

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2012年2月 1日 (水)

経済学の勉強を始めた理由

昨日の本欄で、私が経済学の勉強を始めたことを読者の皆様に報告したが、今日はその直接的な理由が何だったかについて述べておこう。それは、公務員試験を目指している学生の勉強を支援するためという理由である。

とはいえ、その学生たちは、すでに公務員試験対策の講座を受け始めているので、その講座で教えられている内容を私がただ繰り返して教え直そうとしているわけではない。

そうではなくて、いま私がしようとしていることは、経済学が実は私たちの生活にとって非常に身近なものであり、本当はとても面白いものであることに気付いてもらい、試験対策の勉強を自分でずっと続けていく意欲を高めてもらうことである。

教えることは学ぶことでもあるので、学生たちに教えようと思ったら、まずは私から学ばねばならない。そして、分かりやすく教えようとする過程で、私自身の理解も一層深まることだろう。

その際、私が過去に経済学を敬遠してしまったことがあるという経験は、むしろプラスに働くと思う。というのも、経済学を学び始めたばかりの学生たちの気持ちに、私も同感できるからだ。

そのようなわけで、このほど経済学を改めて勉強し始めることができた。ずっと以前から「いつかは、またやり始めなければ…」と思っていた経済学の勉強に、今こうして実際に着手できた直接のキッカケは、紛れもなく私を頼ってくれた学生たちのおかげである。そんな学生たちに、この場を借りて、心から感謝する次第である。

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