2010年1月 5日 (火)

大阪でのひととき

今日も午前中はゆっくり休んだが、午後からは、非常勤講師として通っている大阪市立大学の図書館(学術情報センター)に、今日が返却期限の図書を返しに出かけた。

借りていたのは、ハーシュマンの『失望と参画の現象学:公的行為と私的利益』(法政大学出版局)である。この本を借りたのは、前に読んでいた佐々木毅『政治の精神』(岩波新書)で言及されていたからだった。もちろん、非常に有名な本なので、それ以前から気にしていたが、長らく品切れになったままの本なので購入することができないまま今に至っていたのを、上記の『政治の精神』でも言及されているのを見て、「やはり必読書だ」と改めて思い、今さらながら、図書館で借りたのだった。もちろん古書店で探すこともできるが、とりあえず今回は図書館で借りることにした。それを今日、返却しに出かけたのである

しかし、いつも非常勤の授業で行く時とはちがって、今日は一人で出かけたのではなかった。愛媛育ちで大阪には馴染みの薄い妻が「私も大阪に出かけてみたい」と言ったので、まだ幼稚園が冬休み中の娘も連れて、家族3人で大阪へ出かけることにしたのである。

まず近鉄南大阪線で大阪阿部野橋まで一緒に来て、そこから私が大阪市大へ行っている間に、妻と子供は近鉄百貨店あべの店で時間を過ごした。私が戻ってきて合流した後は、遅めの昼食を近鉄あべの店でとった。

昼食後には、娘がどうしてもおもちゃが欲しいというので、一つ買わざるを得なかったが、そもそも、幼稚園で使うクレパスを買い足す必要があったので、あべのHoop店5階にある「カワチ画材店」にも行ってきた。この店に行ったのは、足りなくなった色のクレパスをバラ売りしてくれるのがこの画材店だったからだが(他の文具店では12色セットのまとめ買いしかできないとのことだった)、おそらく美術大学に通う学生がよく来るだろうと思えるような本格的な画材店だったことに感銘を受けた。

あべのでの買い物の後は、なんばまで足を伸ばして、ボウリング場へ行った。吉本なんば花月のすぐ近くにある「千日前ファミリーボウル」である。家族3人でボウリングに行くのは実は初めてだったのだが、娘が成長して、もう子供用のボウルだったら転がせるだろうと考え、冬休みのひとときをボウリングで楽しもうと思ったのである。

当初は2ゲームだけで終えるつもりだったのだが、娘がボウリングをたいそう気に入って「まだしたい!」というので、結局は4ゲームすることになった。子ども用の5ポンドの軽いボウルとはいえ、6歳の子どもにはまだ片手で投げることはできず、いったん下に置いたあと両手で転がすことしかできなかったが、ガーターを防ぐ「バンパーレーン」を使わせてもらったおかげで必ず何本かはピンが倒せるので、それが娘には楽しかったらしい。

親の二人は、3ゲーム目あたりから、ボウルを投げる右腕と右肩が少し疲れてきたのに対して、子どもの方は「まだまだしたい!」と言っていた。4ゲーム目が終わった後も「まだしたい」と言っていたが、親の方が疲れてしまったし、時間も遅くなってきたので、さすがにそこで終了したが、元気なわが子のパワーに、あらためて恐れ入った次第である。

そんな中で今日進めた仕事は、1月8日(金)から再開する授業の準備である。皇學館大学名張学舎での政治社会学の準備は昨年のうちに済んでいるが、大阪市立大学での授業の準備が残っていたので、大阪へ行く電車の中でテキストを読み直したのである。大阪市大で担当している「政治学」で、テキスト『現代政治学 第3版』(有斐閣)の第7章「政治意識と政治文化」を次に取り上げるので、その準備のために読み直した。

それに加えて、授業内容に深みを持たせるため、サブテキストに指定している『New Liberal Arts Selection 政治学』(有斐閣)の第18章(の丸山真男論の箇所)と第20章も読み直しておいた。あとはその要点をパワーポイントでまとめる作業が残っているが、それは明日の午前中のうちに仕上げたいと思っている。

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2009年9月20日 (日)

帰国しました

今日の午後6時頃、JAL786便で、無事に北京から帰国した。いま関空からリムジンバスに乗って帰っているところである。

7月のサンティアゴに比べると、今回の北京は、はるかに楽だったが、やはり日本に帰ってくるとホッとする。

今晩はグッスリ休んで、また明日から、新たな気持ちで仕事に励もうと思う。

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2009年9月14日 (月)

北京滞在記

今日は北京に向かうために、朝6:30に自宅を出発し、奈良交通のリムジンバス(英語ではlimousine busとは言わず、たんにlimousineと言うが)で関西空港に向かった。関空に着いたのは時刻表どおりの8:05だったが、混雑していたので、搭乗チェックインを済ませた時には、すでに9:00を少し回っていた。

出発時刻が10:00だったから、その後、携帯電話のレンタル手続き(ソフトバンクのグローバルレンタル)と両替を急いで済ませた後(交換レートは1人民元=15.23日本円)、手荷物検査や出国手続きを通過し、搭乗口にたどり着いたのは9:30頃である。

その後、関空発10:00JAL785便に乗り、現地時間12:05に無事北京に到着した。飛行時間はおよそ3時間だったが、日本との時差が-1時間なので、現地では12:05だったのである。機内では、機内チャンネルから宮崎駿アニメの映画「紅の豚」を選んで鑑賞したり、同じく機内ラジオから落語を選んで聞いたりして、もっぱらリラックスして過ごすようにした。今回は、機内で本を読むと、疲労がたまってしまうような気がしたからである。

そのあと、北京首都国際空港からタクシーで滞在先の北京友誼賓館(Beijing Friendship Hotel)に到着したのは、たしか13:45頃だっただろうか。空港からホテルまでのタクシー代は、84人民元(以下、単に元と表記)に高速代の10元を加えて94元だった。運転手に100元札を渡したが、ニセ札ではないかどうかをチェックしていたのが、日本との違いとして印象に残った。1元=15日本円で計算すると、約1,410円である。車間距離が日本よりもかなり近くなることもたびたびあって、結構ヒヤヒヤしたが、これが北京では普通のようである。また、おそらく車の排気ガスのせいだろうと思うが、市内の空気がボンヤリと黄色く濁って見えるのも、北京ならではのことなのだろう。

ホテルでチェックインを済ませた後、部屋で少し昼寝をした。2時間ぐらい寝ただろうか。その後、夕食と入浴を済ませ、今こうして、部屋でインターネットを使っている。7月のチリ出張の時とは違って、ホテルの部屋からインターネットに無事つなげることができたのは大変ありがたいことである(チリでもネット環境は整っていたはずなのだが、私のパソコンでは、なぜかうまくつなげなかった)。

ただしインターネットの利用は無料ではない。ホテルの利用案内によると、1時間/10元、1日/50元、1ヶ月/160元、この3通りの利用方法がある。もちろん1ヶ月も滞在するわけではないが、6泊7日滞在するので、少し考えたあと、結局1ヶ月/160元(=約2,400円)で利用することにした。

というわけで、いまホテルの部屋でパソコンに向かっている最中だが、部屋のテレビではNHK・BS2も視聴できるので、いまそれをつけながらキーボードを打っているところである。日本時間で22時台に放送されている番組を、こちらでは21時台に見ることができるので、1時間トクした気分である。

こちらの20時台には、NHKのニュース9を見ていた。スポーツニュースではイチローの9年連続200本安打の大リーグ新記録達成のニュースで盛り上がっていたが、時々、画面が突然静止画像に変わって、「著作権の関係で、現在放映できません」という趣旨のメッセージが出てきて、音声だけになってしまうのが、玉に瑕(きず)である。

このような次第で、今回の北京出張での初日が順調にスタートした。明日からいよいよ第24回IVR世界会議である。それに備えて、今夜はグッスリと休ませてもらうことにしよう。

--と思っていたら、いまNHK・BS2で鶴瓶の「家族に乾杯!」が始まった。今回の舞台は奈良県の曽爾村であるが、曽爾村と言えば、皇學館大学社会福祉学部で毎年4月に新入生セミナーで訪れてきた土地である。今朝、自宅を出る前にテレビでその予告を見て、「これ見たいなぁ」と思ったのだが、北京出張なので見られないだろう--と諦めていたところだったので、ラッキーだ。これを見てから眠ることにしよう。

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2008年9月10日 (水)

ハイエクと夏目漱石:『文藝春秋』2008年10月号より

今日は、モンペルラン東京大会のエクスカージョン(excursion)の日であり、鎌倉観光に行くことになっていた。それに行っていれば、他の参加者との交流を深める良い機会になっていたことだろう。

ところが、実をいうと、私はそれには参加しなかった。校務の関係で、どうしても今日中に仕上げておきたい資料があったからである。今日はその資料を一日中、ホテルの部屋にこもって作っていた。他の参加者と交流できる機会を逃したのは残念だったが、大会はあさっての金曜日まで続くから、まだ交流の機会は残されている。おかげで資料も何とか作成できたので、後顧の憂いはなくなった。これで、この大会の後半のプログラムに、心おきなく参加できそうである。

そんなわけで、今日は大会参加から得られる収穫はなかったが、思わぬ形で、また別の収穫を得ることができた。それは、今日の朝日新聞(朝刊)の広告を手がかりに、最近発売されたばかりの『文藝春秋』十月号を購入し、そこに掲載された興味深い論説に出会えたことである。

その論説文は「漱石・ハイエク・江藤淳「こころ」の絆」と題されたものである。筆者は共同通信論説委員の会田弘継氏である。その内容を詳しく紹介することは著作権の侵害になりかねないので、ここではその触りしか紹介できないが、会田氏によると、ハイエクは漱石の小説『こころ』の英訳を読んだことがあり、それを読んで大変感動したというのである。

氏によると、その英訳者は、日本文学研究家でイェール大学名誉教授のエドウィン・マクレランであった。このマクレランは、かつてシカゴ大学で、ハイエクの指導のもと、漱石にかんする博士論文をまとめていたという。そのマクレランが英訳した漱石の『こころ』をハイエクに読んでもらったところ、ハイエクは、激しく感動したのだそうである。このエピソードを、会田氏はマクレランへのインタヴューにより知ったという。

そのマクレランはまた、ハイエクの晩年の主著『法と立法と自由』の英文草稿を手直しし、読みやすくする作業を行った人物でもあることを、会田氏は紹介していた。氏は「その〔ハイエクの草稿を手直ししたマクレランの〕名前と、英語世界における最高の漱石学者マクレランを結びつけているハイエク学徒は果たしているだろうか」と書いている。恥ずかしながら、ハイエク学徒の一人である私は、このことを全く知らなかった。なので、会田氏のこの論説に出会えたことは、まことに有難いことであった。

なお、氏はこの論説のなかで、ハイエクが漱石の『こころ』を読んで、なぜ激しく感動したのか、その原因についても解釈を施しているが、その解釈については、著作権の関係で、ここでは紹介しないことにする。興味のある読者は、実際に購入して読まれるとよいと思う。そこには、江藤淳とマクレランとの関係についても、詳しい紹介がある。

ちなみに、この論説に出会えたそもそものきっかけとなった今朝の朝日新聞であるが、これは、いま私が泊まっているホテルで、毎朝、宿泊客の部屋に届けられているものである。私が自宅で購読しているのは産経とヘラルド朝日だから、今朝、私が朝日新聞(の日本語版)を手にしたのは、このホテルに泊まっていたからこそであった。

もっとも、今朝の産経新聞にも、『文藝春秋』十月号の広告は載っていたのかもしれない。だが、その確認はしていないので、この点については何とも言えない。

いずれにせよ、その朝日新聞の広告を手がかりに、会田氏の論説文に出会えたことは、なかなか面白い収穫だった。明日からまた改めてモンペルラン東京大会に参加するにあたって、会話のよい材料になるかもしれない。

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2008年9月 8日 (月)

モンペルラン協会2008東京大会に参加(2)

昨日書いたように、この大会の第1セッションは、気候変動問題がテーマだった。そこでの論調は、私の予想通り、基本的に4年前と変わらなかった。その4年前の論調については、本ブログ2006年6月3日の記事に書いてある。

とくにそれが鮮明だったのは、チェコ大統領のクラウス氏による報告だった。"Current Global Warming Alarmism and the Mont Pelerin Society's Long Term Agenda" と題されたその報告で、クラウス氏は、IPCCを批判している。氏によれば、"environmentalism" あるいは "global warming alarmism" は、かつての社会主義的な統制手段の再来だというのである。それによって自由が脅かされることこそ、氏にとって、何よりも警戒すべきことなのであった。その問題意識をよく表現しているのが、今年出版された次の書物のタイトルである。Vaclav Klaus, Blue Planet in Green Shackles: What Is Engendered: Cimate or Freedom? (Competitive Enterprise Institute, 2008)

また氏は、いわゆる「予防原則」についても、厳しく批判している。この予防原則については、本ブログ2006年5月22日の記事に書いておいたが、クラウス氏に言わせれば、この予防原則は気候変動のリスクを過大評価しているのだという。

もっとも、他方で氏は、豊かになれば環境保護への志向も高まる、とも述べている。したがって、市場経済によって豊かさを実現すればよいのであって、強制的な措置をとる必要はない、ということになる。つまり、氏が信頼する環境保護対策は、あくまでも“自主的取り組み”だけなのだろう。その一方で、環境税や排出量取引といった経済的手段による温暖化防止策に対してさえ、氏は否定的であった(氏によれば、それは「市場」や「価格」という言葉の“濫用”に他ならないのだという)。

以上のような議論が出てくるのは、おそらく、環境保護を訴える主張が社会主義と結びつくことが多かったからにちがいない。だとすれば、クラウス氏がそれを極度に警戒するのも無理はないだろう。というのも、氏は旧ソ連の衛星国だったチェコスロバキアで、共産主義政権の圧制に耐えてきた経験を持つからである。それは本当に苦しい体験だったに違いない。

しかし、氏の言うように、気候変動のリスクがまったくの杞憂にすぎないのであればよいのだが、はたして本当にそうだろうか…? やはり私自身は、そのリスクを真剣に受け止めつつ、自由主義的な環境保護の可能性を追求してみたい気がする。少なくとも私には、環境税や排出量取引までも否定するほど、政府権力に対して極度の不信感を持つ気にはなれない。たとえ自由主義の立場に立つとしてもである。政府権力が濫用される可能性を警戒しつつ、それと同時に、政府権力をいかにすれば正しく活用できるかを考えるべきではないだろうか?

追記:ちなみに、同じ第1セッションの3人目のスピーカー(米ハーバード大のE. L. Glaeser教授)は、私の英語のヒアリングが間違っていなければ、必ずしも環境税を否定していなかったように思う。環境税がその報告の本題ではなかったため、口頭でのアドリブを聞きとるしかなかったのだが、おそらくそうだったと思う。

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2008年9月 7日 (日)

モンペルラン協会2008東京大会に参加

いま私は東京に来ている。モンペルラン協会2008年東京大会に参加するためである。

モンペルラン協会の大会に私が参加するのは、これが3回目である。1度目は2000年サンチアゴ大会(チリ)、2回目は2004年ソルトレークシティ大会(アメリカ)、そして今回の東京大会である。この協会の世界大会は2年に1度の開催であり、2002年はロンドン、2006年は確か南米グアテマラでの大会だったそうだが、私の参加は4年に1度ずつとなった。

今回の東京大会も興味深いテーマが目白押しなのだが、私が特に関心を抱いているのは、明日午前中の第1セッションである。というのも、テーマが気候変動問題だからである。具体的には次のテーマとなっている:

Global Warming, Environment and Free Market

現在のモンペルラン協会がこの問題に関してどのような見解を示すのか、ポイントを聞き逃すことなく、明日の第1セッションに集中して臨もうと思っている。

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2007年9月 2日 (日)

“CO2ゼロ旅行”の動き広がる

Yahoo!ニュースのウェブサイトで、“CO2ゼロ旅行”の動きが広がりつつあることを報じるニュースに出会った。その見出しは、旅行中、自分の出したCO2「責任持ちます」--というものである。

この記事によると、それは今年の4月よりJTB関東が開始したサービスで、通常の旅行代金に加えて、太陽光や風力で発電された自然エネルギーを購入することで、旅行中に自分の出したCO2を相殺する仕組みである。反響はなかなか大きく、4月の販売開始からすでに3000人以上がこの仕組みを利用したのだという。

こういう動きが出てきたのは、非常に喜ばしいことだ。私もこれから旅行の予約をするときには、この“CO2ゼロ旅行”を利用しようと思う。

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2007年8月 8日 (水)

雨続きの出張

8月に入ってから、実はずっと出張続きだった。2~4日は札幌、6日は長野県飯田市、7日は伊勢市(皇學館大学)である。札幌に行ったのは、ある研究会に参加するため、飯田市は特別養護老人ホームへの初指定外施設訪問のため、伊勢は日本学術振興会の科学研究費補助金についての説明会を聞きに行くためだった。

そのいずれの出張でも雨にあった。札幌では台風5号の影響でずっと雨だったのだが、飯田市では午後2時頃に突然の激しい雷雨に見舞われた。伊勢市では晴天(というよりカンカン照り)だったのに、その帰りに近鉄電車の大阪線に乗っていると、青山~名張市付近にさしかかったとき、急に激しい雷雨が降ってきたのである。ところが、榛原あたりを過ぎると、もう雨がやんでいたのだった。

最近の雨の降り方は、やっぱり、どこかおかしい気がする。あまりにも極端なのである。熱帯地方のスコールのように、突然激しく降り出す。今日の橿原市でもそうだった。雷にもこんなに頻繁にあうことは、私の子どもの頃にはなかったように思う。

今日の英字紙インターナショナル・ヘラルド・トリビューンは、オンラインで、"Extreme weather: A global problem" と題した記事を載せていたが、こういう記事を読むと、最近立て続けに私が経験した雨の降り方も、気候変動の一環なのではないか--という気がしてならない。

ところで、6日に訪れた飯田市は、なかなか環境問題への取り組みに熱心な自治体のようである。というのも、7月26日の産経新聞夕刊第2面に掲載された、京都大学教授・松下和夫氏へのインタビュー記事によると(「新関西笑談」と題された記事だから、関西版のみの掲載かもしれないが)、飯田市では市民出資で「南信州おひさまファンド」が設立され、市内の幼稚園や保育所の屋根の上に太陽光発電施設を設置し、発電と省エネ事業を行っている。電気を売った収益を地域や出資者に還元する仕組みである。激しい雷雨のためにそれを実地で確かめることは出来なかったが、飯田市内の観光スポットの一つである「りんご並木」の一角に、風力発電および太陽光発電の塔が一つ建っていたのが印象的だった(なお、飯田市の環境情報についてはこちら)。

しかしながら、日本政府自体の取り組みはまだまだ甘いと言わざるをえない。上述の松下教授へのインタビュー記事によると、日本の場合は風力を含めた自然エネルギー利用の目標レベルがあまりにも低い。というのも、ドイツではすでに総発電量の12%が自然エネルギーであるのに対して、日本の目標は2014年に、たったの1.63%(!)に過ぎないからである。しかし私には、昨今の雨の降り方ひとつをとってみても、気候変動問題への早急の対策が日本政府にも要求されているように思われてならないのである。

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2007年1月31日 (水)

伊勢の赤福餅

1月28日から30日まで、私の所属する皇學館大学の一般前期入試があった。それに伴って、私は1月27日夜~30日の3泊4日間、伊勢に宿泊することになった。27日の日中には、友人の結婚披露宴もあったので、その披露宴に出席したその足で、伊勢に向かったのである。普段は毎週月曜日に伊勢学舎での講義のため通っているので、私が伊勢に行くこと自体はもはや珍しいことでも何でもないのだが、今回のように3泊4日となると、ちょっとした旅行気分も湧いてくる。

といっても、観光のための宿泊ではなかったので、伊勢地域を観光巡りしたわけではなかったが、いつもと違っていたのは、ちょっとした旅行気分から、伊勢名物の赤福餅をおみやげに買って帰ったことである。幸い、家族が喜んで食べてくれた。3歳の娘は、上のあんこばかりをペロペロと食べてご満悦そうだった。我が家の仏壇にもお供えし、先祖にも思いを馳せた。中でも、私の妻の3人の兄のうち、夭逝した次兄は、赤福餅がたいそう好物だったそうである。

よく考えてみると、毎週月曜日に伊勢に通えているというのは、実は恵まれたことなのかもしれない。というのも、全国には、わざわざ伊勢神宮参拝のために、伊勢市まではるばると足を運んでこられる方が多いに違いないからだ。ところが、これまでの私は、講義のことばかりに気をとられて、伊勢という土地を味わう心の余裕を持っていなかったような気がする。

しかしそれではもったいないので、今回は伊勢の赤福餅について、少し調べてみた。「調べる」といっても、株式会社赤福のホームページにアクセスしてみただけのことだが、それだけでもいろいろのことを知ることができた。詳しくはそのホームページをご覧いただければよいのだが、その歴史が非常に長いことに加えて、「へぇ~」と感心したのは、あの赤福餅の形に、ちゃんとした意味があったことだ。あの特有の形は、伊勢神宮の神域を流れる五十鈴川に見立てており、白い餅が川底の小石を、そして餡(あん)に付けた三筋の型は清流を表しているというのである(詳しくはこちら)。恥ずかしながら、そのことを私は知らなかった。

また、赤福餅の販売地域について、私が大きな誤解をしていたことに気づいた。これまでの私は「赤福餅はどこに行っても売っている」と漠然と思っていたのだが、それはとんでもない間違いだった。というのも、同社のホームページによると、「伊勢志摩を中心として、東は名古屋から西は神戸までに限定している」というのである。にもかかわらず、私が勘違いをしていたのは、私のこれまでの行動範囲が、まさにこの赤福の販売地域に大幅に一致していたからだった。

赤福餅の販売地域が上記のように限定されている理由は、次の二つだという:

①赤福は旅のお土産菓子なので、その土地に行かないと求められないということを大切にしているということ。②赤福は保存料などを一切使っていない生菓子なので、遠隔地販売では商品の品質管理ができなくなるため(詳しくはこちら)。

私はこれまで「どこでも売っている」と勘違いしていたため、「やっぱり保存料を使っているのかな…」と思っていたのだが、それは大きな間違いだった。この勘違いをこれまで公言したことは一度もないので、株式会社赤福には一切迷惑をかけていなかったが、私の心の中で、根拠のない誤解をしていたことを恥ずかしく思う。心の中でだけだったとはいえ、とんでもない誤解をしていたことを、この場を借りて、お詫びしておきたい。

赤福餅の販売地域が限定されている上記の2つの理由は、現代において、大切にすべきものだと思う。というのも、最近では、どの地方に行っても、同じようなコンビニエンスストア、同じようなコーヒーショップ、同じようなスーパーマーケットが建ち並び、その地方特有の味わいが薄れてしまっているように思うからだ。しかしそれでは面白くないだろう。各地方には、その地方それぞれの特長を生かして、大いに頑張ってもらいたい。それに、食料にこれ以上、むやみやたらと人工的な保存料や着色料を使ってほしくないとも思うのである。

その意味で、伊勢名物の赤福餅には、これからも上記2つの考え方を大切にして頑張ってほしいと思う次第である。

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2006年10月17日 (火)

内宮の森と清流

今日、神嘗祭(かんなめさい)に合わせた参拝のため、伊勢神宮の内宮に行ってきた。午前10時20分に宇治橋前に集合だったが、もう10月の半ば過ぎだというのに、とにかく暑かった。朝晩は涼しくなっているものの、日中はまだ、とにかく暑い。私の勤務する皇學館大学の服装規定で、公式の大学行事の際にはダークスーツの着用が義務づけられているので、みな黒や紺のスーツを着ていた。私もグレーのスーツを着用していたが、そのような色の濃いスーツを着ていたため、ますます体感温度が上がってしまったのには閉口したものである。

ところが、いざ参拝のため内宮の森に入ったとたん、急に涼しくなった。森の息吹が感じられ、非常に心地よい涼感に包まれたのである。神宮の神域を歩きながら、私は心ひそかに、森の恩恵に感動していた。私は奈良県橿原市にある大和三山の一つ、耳成山(みみなしやま)のふもとに住んでいるが、その耳成山沿いの道を通るときにも、暑い夏の日でも耳成山の森から非常に心地よい涼風が漂ってくるのを感じるのであるが、今日、内宮の森で感じたのも、まさにその心地よい涼感だった。否、その涼感は、森にすっぽり包まれている分だけ、耳成山沿いの道で普段私が感じるよりも、はるかに心地よいのものだったと言ってよい。

また、内宮を流れる五十鈴川が御手洗場(みたらし)となっていて、参拝の前にこの清流で身も心も清めるのであるが、この清流に手を差し入れたときにも、何とも言えない、ほどよい冷たさを感じることが出来た。また流れる水のせせらぎの音にも、心を洗われる思いがしたのである。

この五十鈴川の上流に目をやると、そこには豊かな森林に覆われた山々が広がっている。五十鈴川の清流を育んでいるのは、まさにこの山々である。「伊勢の神宮」と題された神宮司廳発行のリーフレットによると、この森が広がる山は、神路山(かみじやま)と島路山(しまじやま)と呼ばれていて、総面積はおよそ5500ヘクタール。その奥の方の2500ヘクタールには将来の式年遷宮御用材造成と水源確保のためのヒノキの造林が進められており、その他は千古の趣をたたえる自然林だとのことである。この広大な森が、五十鈴川の清流を育んできたのである。

われわれはこのような豊かな自然の恩恵を無料でこうむっているが、これからの時代においては、それを文字通り「タダ」と考えることはもはや許されないだろう。ポール・ホーケン他『自然資本の経済:「成長の限界」を突破する新産業革命』(佐和隆光監訳、日本経済新聞社、2001年刊)の28ページには、次の文章が書かれている:

人間が繁栄するためには、再利用できない資源よりも生態系によるサービスの方がはるかに必要なのである。森林は、材木という資源を供給するだけでなく、水の涵養や洪水の管理というサービスをも提供している。健全な環境は、きれいな水や空気、雨、海洋で生命を生み出す力、肥沃な土壌、河川流域の回復力などを自動的に供給するだけでなく、廃棄物処理(自然にであれ、工業的にであれ)、極端な天候に対する緩衝機構、大気の循環といったあまり目立たないサービスも提供している。

そして、この『自然資本の経済』(原題は Natural Capitalism: Creating The Next Industrial Revolution)では、生態系が提供してくれているかけがえのない“サービス”が、“自然資本”という概念で捉えられ、人的資本、金融資本、製造資本という三つの資本と並ぶ四つ目の資本として考えられている。つまりこの本では、「人工的な資本を使用した生産と、自然資本の維持・供給とのあいだに重要な相互依存関係があることを認めた考え方」として、“自然資本主義”(natural capitalism)が提唱されているのである。21世紀のわれわれは、この自然資本主義の考え方を抜きにして、これからの政治経済システムを考えていくことはおそらくできないだろうと思われる。

神嘗祭の参拝で内宮の森を歩きながら、私はこの“自然資本主義”に思いをめぐらせていたのであった。

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