2008年6月 9日 (月)

多忙な日々

5月最後の1週間から今月最初の1週間の2週間、授業だけでなく、5/31(土)には学友会主催の球技大会への参加、6月に入ってからは高校訪問や教育実習先への巡回、それに6/1(日)には母の1周忌の法事などもあって、公私ともに大変忙しかった。とにかく、クルクル、クルクル、動き回る2週間だったように思う。

それでも元気に過ごせていることが何よりである。これからもこの調子で歩いていきたい。

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2007年12月31日 (月)

2007年の回顧と2008年の抱負

もうすぐ終わりを迎えようとしている2007年は、その前半にいろいろな変化の起こった年だった。3月には初めての単著が刊行された(その後幸いにも一定の評価をいただいた)。4月には皇學館大学社会福祉学部で学生委員長になるとともに、我が家の一人娘が幼稚園に入園した。ところが6月には母が急逝。それを受けて11月中に喪中ハガキを出したため、今年は年賀状作成のない静かな年末である。

研究の上では、単著の刊行という大きな一区切りを迎えた後、次の新たな研究方向を模索する日々が続いた。試行錯誤の末に何とか辿り着いた構想は、さしあたって次の論文のテーマとして、ハイエク、進化ゲーム理論、およびマイケル・ポラニーといった議論(論者)を取り上げつつ、「自生的秩序論の諸相」を描いてみようか、ということである。昨年の大みそかに書いた「グリーン・リベラリズム」も勿論念頭においているが、その本格的な研究はもう少し先のことになりそうである。

ところで、実はその単著の刊行後すぐに、それを博士号請求論文として京都大学に提出したのだが、その口頭試問が12月20日に行われた。その学位申請が認められれば、3月に博士号を授与されることになる。

もう一つ研究関係の仕事では、春秋社によるハイエク全集第Ⅱ期の第5巻政治学論集の翻訳も、来年3月末が締切である。幸い共訳となったので、私の分担は半分(あるいはそれ以下)に減った。その分、締切に遅れる言い訳も(ますます)できなくなったので、この翻訳の仕事にも気合を入れて頑張らねばなるまい。

教育の上では授業のコマ数が増え、多用な日々が続いた。10月からは、本務校の皇學館大学のみならず、非常勤で大阪市立大学法学部(第2部)で政治学の授業を担当することにもなったので、毎週金曜日には大阪市の杉本町に通うことにもなった。来年度もその非常勤を継続する予定なので、多用な授業の日々が来年も続きそうである。

英語学習では、実はこれまで通ってきたECCを11月より3ヶ月間休学することにした。定期的に通う時間がとれなくなってきたからである。もしかすると、「英会話学校に通う」という形での英語学習は、このままやめることになるかもしれない。その場合には、それに代わる学習方法を模索していくことになるだろう。昨年の大みそかには「英検1級への挑戦」を目標に掲げていたが、結局今年はそれが出来なかった。来年にできるかどうかも少々怪しいが、目標としては抱き続けていきたいと思っている。

健康面では、5月の定期健診でなかなか良い結果が出るなど、基本的に健康な日々を過ごした。歯も丁寧に磨く習慣がすっかり身についたが、風邪で数回休講してしまったのは、昨年同様だった。来年こそは、休講をなくしたいものである。

来年の2月7日には39歳になる。不惑の40歳を迎えるまで、あと1年とひと月あまりである。不惑の年に少しでもふさわしいほどに成熟していけるよう、これからも真面目に生きていこうと思う。読者の皆さんも、どうぞ良いお年をお迎え下さい。

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2007年1月12日 (金)

何事も“潤いのある温かい心”で

一昨日の夜7時から9時まで、学生5人と一緒に、名張市内の居酒屋で新年会をした。実を言うと、学生と一緒に新年会をするのは初めてである。その初めての新年会で思ったのは、「こういうのも大切だな…」ということである。

私はどちらかというと、いわゆる「宴会」が少し苦手なタイプであった。というのも、お酒があまり強い方ではないし、それに何よりも、これまでの私は、一人で静かに過ごす時間の方が好きだったからである。人付き合いも、実はあまり良い方ではなかった。

しかし一昨日、学生たちと一緒に新年会をしてみて、「こういうのもいいな…」と思った。不思議と心がポカポカと温かくなったのである。

もちろん、日頃の憂さ晴らしで飲み過ぎるのはよくないだろう。飲む量は、ほどほどがよい。飲む頻度も、ほどほどがよいだろう(私はふだん家で飲酒することはほとんどない)。しかし、人と人とのつきあいの中で、ほのぼのとした雰囲気の中で、時には一緒に飲食をともにするというのも(アルコール付きであろうとなかろうと)とても大切なことだ、と改めて気付いたのである。学生もとても喜んでくれていた。

自分のことだけ考えると、少しでも時間を惜しんで、研究のための本を読みたいという気になりやすいものだ。もちろん、私の仕事の上では、本を読むことは非常に大事である。しかし、時には人との交わりの中で飲食をともにし、潤いのある温かい心で互いに励まし合うことも、とても大切なことだと分かったのである。

それに、そもそも研究それ自体も、そのような“潤いのある温かい心”があれば、より一層うまくいくと思うのである。というのも、そういう心があれば、「世のために貢献できる仕事がしたい」と思いやすいからである。

また、そのような心があれば、授業にもより一層、気持ちが入るにちがいない。

そんなわけで、今年は“潤いのある温かい心”で何事にも取り組んでいきたいと思った次第である。

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2006年12月31日 (日)

2006年の回顧と2007年の抱負

今年もあと残すところ数時間となった。年の終わりを迎えるにあたって、今年の回顧と新年の抱負を、研究・教育・英語・健康、この4つの面にわたって、手短に述べておくことにしたい。

2006年の回顧

研究面では何といっても、私にとって初めての本を出版できる運びとなったことが最も大きなことだった。これまでの私のハイエク研究の積み重ねを、1冊の本という形にまとめ上げられたことは、やはり非常に大きな成果だったと思う。

教育面では、昨年は週平均6コマだったが、ことしは通年で換算すると週5.5コマの授業(前期7コマ、後期4コマ)だった。その担当授業をほぼ順調にこなすことができた。受講学生による授業評価も、昨年に引き続き、今年もおおむね好評を得られたので、ホッとしている。

英語では、ECCでの実力テストの判定によれば、おおよそ、TOEICで言うと700点台前半、英検で言うと準1級レベルに相当する実力が安定的についてきたようである。リスニング力もだいぶ上がってきたし、読むスピードも、それに伴っていつの間にか上がっていた。聞いたり読んだりした順番に、英語を頭から理解できる能力が少しは向上したのだと思う。

最後に、健康面では、6月中旬から通い始めた虫歯の治療が今月中旬に終了したことが大きい。月平均2~3回のペースで、結局、半年間ずっと通い続けることになったが、悪かったところを全て治療してもらった。その過程で、歯磨きの仕方も上達でき、普段の歯・歯ぐきの状態が大きく改善されたと診断してもらったことが、大変嬉しかった。「適度な運動」という面ではまだ物足りなかったが、昨年に引き続いて、駅などでエレベータやエスカレータを使わず、ほとんどすべての場合において階段を使ったことは、脚のためになったと思う。風邪は何度か引いてしまったが、いずれもそんなに長引かなくなった。風邪予防のための手洗い・うがいの習慣は完全に身についたし、普段の食欲も、かつてに比べればずいぶんと増したように思う。

2007年の抱負

研究面では、まず、3月に出版される予定の本がどのような反応を受けるかであるが、もしも一定の評価を得られたとするならば、それだけ責任も大きくなることになるが、どういう反応が得られるかをまずは待たねばならないだろう。いずれにせよ、時代の趨勢を正確につかみつつ、わが国におけるハイエク研究の進展に、今後も貢献していくことを目指したい。その一環として、「ハイエクの思想をグリーン・リベラリズムの発展にいかに生かすことができるか」というテーマに、ハイエク思想の現代的応用の試みとして、着手してみたいと思っている。

教育面では、来年4月から、本務校の皇學館大学で担当授業がさらに一つ増えることが決まっているとともに、他大学での非常勤も来年10月から1科目引き受けることになったので、通年で平均するとおよそ週7コマとなる。これを“負担”と考えずに、「それだけ私という人間が必要とされているということだ」と解釈して、来年はさらに生き生きと授業に取り組んでいきたいと思う。

英語では、これまで資格試験を受けることにやや消極的だったが、ECCの先生にも「君ならできるよ」と勧められたこともあるので、英検1級に合格することを本気で目指してみたい。

最後に、健康面では、引きつづき歯の手入れを丁寧にしていくことと、新年こそは、一度も休講せずにすむよう、一年じゅう健康で元気ハツラツと過ごしていきたいと思う。あと、来年からは、階段を使うことに加えて、毎日の生活の中に適度な運動(徒歩)を、もっと取り入れていきたいと思う。

読者の皆さんにおかれましては、今年一年、この『教育・研究日記』をご愛読くださり、誠にありがとうございました。どうぞよいお年をお迎え下さい。新年もどうぞよろしくお願い致します。

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2006年10月25日 (水)

体調回復後に再開します

読者の皆さんへ

先週の火曜日以降、本欄の更新が滞っているが、実を言うと、それ以来、体調を少し崩している。幸い、授業に大きな支障は出ていず、休講はせずに済んでいるが、今も微熱状態が続いているようだ。

そのようなわけで、本欄の更新は、体調が完全に回復してから再開させていただくことにいたします。

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2006年8月12日 (土)

お盆休みを迎えて

ニュースによると今日がお盆休みの帰省ラッシュのピークとのことだが、私も明日、妻の実家の愛媛県西条市に向けて、妻と娘を連れて帰る予定である。

私自身は実母が私たちと一緒に住んでおり、実の親と離れて暮らしているわけではないから、私にとっての夏の帰省は妻のためのものとなる(山中家の墓参と兄弟姉妹の集まりは、少し時期を早めて、先月末に行なった)。もちろん、私としても、伊藤家(妻の旧姓)の方々と会えることはとてもうれしいことである。

その帰省の前に博士論文と事典項目執筆の仕事を一段落させることができたことは、お盆休みを迎えるにあたって、非常によかったと思う。

お盆となるとやはり、亡くなった父や祖父母、それにご先祖のことに自然と思いを馳せるようになる。普段の生活では、こんなふうにゆったりとした気持ちでそのような思いを持てることはあまりないから、そういう意味で、この夏の一番暑い時期に休めることは、健康の面でもさることながら、心の休息・充電の面でも、大変ありがたいことだと思う。

少し考えてみるとすぐに分かることだが、私が今こうしてここに生きているのは、やはり父母が私をこの世に生んでくれたおかげである。幼少期の私を育ててくれたという恩があるのはもちろんだが、そのように何かをしてくれたということ以外に、そもそもここにこうして人生を生きる機縁を与えてくれたということが、父母から受けた最大の恩だと思う。

その父母がこの世に生まれてくる機縁を与えてくれたのが、祖父母だ。その祖父母がこの世に生まれてくる機縁を与えてくれたのは曾祖父母である。その曾祖父母に……と考えていくと、命のつながりの神秘さを感ぜずにはいられない。

もしもこの世を生きることが苦しみと感じられているなら、その機縁を与えた父母や先祖をありがたくは思えないことだろう。しかし、もしもこの人生を喜びと感じることができれば、逆に父母や先祖に感謝できるようになるに違いない。

この人生を喜びと感じるか苦しみと感じるかは、その人それぞれの人生観によるのだろう。しかし少なくとも私は、せっかく生きるのなら、やはりそれを喜びと感じていたい。そして、その喜びの人生を生きる機縁を与えてくれた父母や先祖に、やはり感謝の思いを捧げたいのである。

そのようなわけで、このお盆休みは、父母や先祖のご恩に思いを馳せ、これからの人生も喜びをもって生きていきたい、という思いに改めてなれるような時間にしたいと思っている。

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2006年8月 9日 (水)

整理整頓の大切さ

今日は、ちょっとした用事が一つあった以外は、自宅で休養することにした。大きな一仕事を昨日終えて、さすがにホッとしていたからである。

そんなわけで今日はゆっくりと過ごしたのだが、その時間を利用して、今日は自分の部屋のちょっとした整理整頓をすることにした。少しばかり雑然としていたからである。特に以前から気になっていたのは引き出しで、もうすぐ3歳になる娘に、かなりひっちゃかめっちゃかにされていたので(鍵を紛失してしまっているのでその引き出しに鍵をかけられないのである)、その片付けをすることにしたのである。おかげで、きれいにすることができた。気分もスッキリ爽快である!

実を言うと、整理整頓にはちょっとした思い入れがある。大げさに聞こえるかもしれないが、今の私があるのは、何を隠そう、この整理整頓のおかげなのである。

小学校4年生までの私は、整理整頓をまったく知らない少年であった。ランドセルの中は教科書もノートもプリントもごっちゃになっていたし、教室の机の中には、給食で残したパンを入れたまま、硬くなってしまったのも入っていた。習字を習っていたにもかかわらず字を書くのも下手で、というより、ていねいに書こうという気になっていず、上手に書こうと思えば書けたはずなのだが、実際にはいい加減に書いていたため、宿題の日記に自分で書いた文字があとで自分でも何を書いたのか読めなかったほどであった…!そんな調子だから、もちろん、学校の成績もよくなかったのである。

私の母はいわゆる“教育ママ”ではなく、あまりうるさく「勉強しなさい、勉強しなさい」と言われた記憶はないのだが、学校の成績があまりにもよくなかったものだから、さすがに心配になったらしい。小学校5・6年のときの担任の先生に、相談しに行ったのである。

その担任の先生が、今の私がこうしてあるその基礎を作ってくださった、私の最初の恩師である。

その先生が母に与えてくださったアドバイスが、非常にユニークなものであった。学校の成績のことで相談しに行ったにもかかわらず、私が成長してから母に聞いた話によると、勉強のことは一言も言わなかったそうである。

その代わりにして下さったアドバイスが、「整理整頓の習慣を身につけさせてあげて下さい」というものだったというのである。

「子どもにさせるだけではダメです。お母さんも一緒になって、整理整頓の習慣を身につけさせてあげて下さい。そうすれば、すぐには結果は出ませんが、2・3年もすれば、必ず成績も上がりますよ」というのが、その先生のアドバイスだった。

それを受けて、母は私に整理整頓の習慣を身につけさせてくれた。そして本当に、中学校2年生の2学期から成績が伸び、トップレベルの進学校(大阪府堺市の三国丘高校)に進学することが出来たのである。

私はよく「〔血液型は〕A型ですか?」と言われることがある。私自身は血液型の性格判断をあまり気にしない方であり、そんなに信じてもいないなのだが、A型というのはキチンとした性格だとされているらしい。ところが、私の血液型は、おおざっぱと言われるO型なのである。両親ともにO型だからO型にしかならないはずであり、実際にそうである。

つまり私は、生まれつきはおおざっぱで整理整頓の出来ない子どもであり、したがってO型の性格といわれる性格に一致していたのだが、後に私はA型の性格といわれる性格を、努力して、あとで「身につけた」のである。

だから、血液型の性格診断にあまりとらわれすぎることなく、性格改善に努めた方が、積極的な生き方が出来るのではないかと私は思う。

いずれにせよ、今の私があるのは、キチンと整理整頓する習慣を身につけたことによるのである。だから私は今でも、生活の基本に立ち返るつもりで、整理整頓に努めている。

その整理整頓の大切さを教えてくれた担任の先生は、山本洋二先生といった。懐かしいままにここにそのお名前を記しておきたい。

実をいうと、小学校を卒業して以来、この山本洋二先生にはお会いできていない。今どこでどう過ごされているかも知らないままであり、まったくもって恩知らずなことだと恥じ入るばかりなのだが、このご恩に報いる道は、私の能力を生かして世の中のお役に立つことだと思い、日々の仕事に取り組んでいる次第である。

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2006年6月25日 (日)

日本サッカーの未来

ここのところ硬い話題ばかりが続いていたので、今日は、やわらかい話題で書こうと思う。それは、日本代表の敗退が決まった今回のワールドカップサッカーのことである。

学生諸君の中には、もしかすると、「日本のサッカーはダメだ…」という思いに打ちひしがれた人も多かったかもしれない。それが、ひいては、いつの間にか日本人全体に対する劣等感に、そして日本人の1人である自分自身への劣等感へと知らず知らずのうちにつながってしまっているかもしれない。

しかし、もしもそうだとしたら、ちょっと待ってほしい。「そんなに結果を焦る必要はないでしょう。もっと長い目で、日本サッカーの成長を見守ってあげましょうよ」と私は言いたいのである。

よく考えてみよう。今回、日本の出場は3回目である。日本のサッカーの歴史は、たとえば今年3月のWBCで優勝した野球に比べて、まだまだ浅い。日本サッカーの成長は、まだまだこれからだと思うのだ。その成長プロセスの一環だったと思えばよいのである。

また、今回の結果を受けて、接触プレーなどのときの、日本サッカー選手の身体の弱さ、体格の不充分さが指摘されているが、私自身は、日本人だからといって、必ずしも小柄で線の細い選手しか出てこないとは思わない。というのも、日本の伝統的な競技である柔道や相撲において、日本は既に頑強な選手を多々輩出してきているからだ。

そういう意味では、これからの日本サッカー選手は、身体の強さをもっと鍛えるために、日本のお家芸たる柔道や相撲からたくさんのことを学べるだろうと思うのである。そうして、大柄で屈強な選手も出てくれば、たとえばその選手がポスト役として最前線で身体を張り、くさびのボールをもらって相手をひきつけているうちに、その横を小柄で敏捷な選手がすばやくボールをもらってゴールする、といったプレーも可能となるだろう。

その意味では、現在の日本サッカー代表チームは、一部の選手を除いて、ほぼ全員が小柄で敏捷なタイプに偏りすぎていたのかもしれない。つまり、選手のタイプに多様性が欠けていたのである。柔道や相撲などからも学びつつ、大柄で頑強な選手がもっと多く出てくれば、日本の現在のよさである器用ですばやいパス回しの技術がもっともっと生かされることにもなるだろう。

要するに、今回の結果だけで、日本サッカーを見限ることはないと思うのである。もっと長い目で、日本サッカーの成長ぶりを見守っていこうではないか。日本の個性を生かした世界レベルのサッカーを実現していくことは、年月のかかることかもしれないが、きっときっと、可能なのだから…。

だから今回の結果にガックリきた学生諸君も(私もその1人である。やはりあの結果には非常にガッカリした)、そんなに気落ちせずに、気を取り直して、日本サッカーの成長をこれからも見守り続ける気持ちになってほしい。そして、そういう気長な成長を、自分自身に対しても期待して、地道に一歩一歩、喜んで、努力を重ねていってほしいのである。

山中 優

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2006年5月15日 (月)

アクセスカウンターを追加しました

大変遅まきながら、本ブログのアクセスカウンターを設置しました。本日よりカウントし始めますので、これまでどれだけのアクセス件数があったのかは全く不明ですが、ともあれ、今日からアクセス件数がカウントされることになります。みなさんのアクセスをお待ちしています。

山中 優

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2006年4月21日 (金)

更新を再開します

ずいぶん長い間、本欄の更新が滞ってしまった。実はその間、例の博士論文に補論を付け加えようとして、七転八倒、悪戦苦闘していたのである…。

そうこうしているうちに新年度の授業期間にも突入したため、余計に更新が滞ってしまっていた。

だが、ここにきてようやく授業も軌道に乗ってきて、少し余裕も出てきたので、博士論文の補論を書こうとしての“悪戦苦闘ぶり”について、また追って本欄に記載するつもりである。

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