2006年5月18日 (木)

道路公団民営化をめぐって(5)

私は、この事例のうちに、「官の論理」の「民の論理」への侵食を看取せざるを得ない。

とはいえ、私は決して、官の論理の必要性それ自体を否定するものではない。むしろ民の論理だけですべてがうまくいくとは限らないというべきだろう。しかし、NHKスペシャルで伝えられた内容から、私は「民営化の名の下に、政治の論理がかえって陰湿な形で働いている」という気がしてならないのである。私はこのことを、舞鶴若狭道と中部横断道の事例のうちに強く感じざるを得なかった。

○舞鶴若狭道の場合
たしかに、舞鶴若狭道(福井県)の場合、「原子力発電所がある」というのは、採算性とはまた別の重要な特殊事情であろう。もっとも原発に関しては、石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料に代わるエネルギー源として、太陽光や風力などの自然エネルギーではなく、原子力を大々的に活用することが果たして正しいのかどうか、というまた別の根本問題があるが、ここではその点についてはひとまず措くことにしよう。

いまここで私が問題としたいのは、たとえ原発という特殊事情によって採算性を度外視してでも高速道路を建設すべきだとしても、それでは一体なぜ、舞鶴若狭道の建設が、新直轄方式ではなく、民営化された新会社の手によって、なされなければならないのだろうか?--ということである。原発の活用というのは国策として推進されているものであり、まさに官の論理によるものなのであるから、それに伴う高速道路の建設も、官の手によって、すなわちこの場合は新直轄方式によって、建設されるべきなのではなかっただろうか?

にもかかわらず、原発という特殊事情を考慮しての採算性を度外視した舞鶴若狭道の建設が、官の手によってではなく、民の手で行なわれるべしとされたのは、「官の論理の濫用による民の論理の歪曲」、あるいは「官による民への侵食」だと思われてならない。

民にできることはあくまでも採算性に基づいた経済活動なのであって、それを越えて、原発という特殊事情によって高速道路の建設がなされるべきなのだとすれば、それはあくまでも官の論理に基づくのだから、その実施も官が引き受けなければならなかったはずなのである。それを民営化された新会社に押し付けたというのは、財政赤字を理由とした「官の責任放棄、民への責任転嫁」としか私には思えない。

実際、福井県知事は、新会社の手による建設という福井県としての希望を、新会社自体に行って近藤会長に直接伝えたのみならず、総勢23人もの陳情団を引き連れて国土交通省の副大臣室を訪ね、舞鶴若狭道の(新直轄ではなく)“新会社による”建設の実現を、(新会社にではなく)“国土交通省副大臣に”お願いしに行く様子を、NHKスペシャルは伝えていたのである。

○中部横断道の場合
また、中部横断道(山梨県)の場合、採算性を度外視した建設について新直轄方式を併用するという結論自体は正しかったとはいえ、少しでも山梨県側の費用負担が少なくなるように、新会社の負担を大きくしようとした山梨県の行動にも、私は官の側の一種の責任放棄、民への責任転嫁を感じざるを得ない。

というのも、この場合、新会社の採算性に基づいた自主的な経営判断をまずは尊重し、その結果新会社によっては建設できない路線を引き受けるものとして補助的な役割を担うはずの“新直轄方式”が、いつの間にか、県の苦しい財政事情を原因とした、建設費用負担の民への押し付けのための道具として使われてしまったからである。

○結論
私は、高速道路の建設という一種の公益事業の場合、官と民とがともにそれぞれの役割を果たす必要があること自体は、現実問題としては仕方ないのかもしれないと思わないことはない。

しかしながら、その場合、採算性に基づいた建設という民の論理を越えて、採算性以外の要素をも考慮した建設もやむなしという結論を出したとするならば(この結論自体、異論の余地はあるだろうが)、その場合はあくまでも官の手によって、官がどこまでも責任を持って建設すべきだったと思うのである。

道路公団民営化に際して、民営化の論理の貫徹を抑えてまで、新直轄方式という官の論理の余地を政治的判断として残しておいた以上、採算性の低い路線の建設は、県の財政事情という要因をねじ込んで民に押し付けるのではなく、あくまでも赤字覚悟の上で官の財政負担によって行なうべきであっただろう。そして、そこまでして地元に高速道路を建設すべきかについて、それぞれの地方議会で議論して決めればよい問題のはずだったのである。

山中 優

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2006年5月17日 (水)

道路公団民営化をめぐって(4)

○国の果たした役割:とくに中部横断道の場合
この場合、福井県も山梨県も、実は国に、すなわち国土交通省に陳情していた。つまり国の力を頼りにしていたのである。福井県と山梨県は、国を通じて、新会社に対して間接的に圧力をかけたというわけである。

それにしても、なぜこのようなことが可能だったのだろうか? ここでは、新直轄方式のみならず、もう一つの仕組みが大きな威力を発揮していた。それは、新会社の経営判断のみで新会社の手による建設が決まるのではなく、新会社の自主的な判断を尊重しつつ、最終的には新会社と国とが“協議の上で”、新会社がどの路線を建設するかを決定する、という仕組みである。

この仕組みのもと、国は中日本高速道路株式会社に対して、中部横断道のどの区間を新直轄で建設するかについて、新会社の原案ではなく、山梨県の譲歩案を国の案として、新会社に対して提示してきたのである。

そこで新会社はどうしたか? 国の案(=山梨県の譲歩案)を蹴って、あくまでも新会社の原案を貫き通すことも不可能ではなかった。しかし、そうなると【①富沢-②南部-③六郷-④増穂】がつながらなくなってしまうことになる。

つまり、
新会社の原案 :      ②南部-③六郷-④増穂 を新直轄で

          (①富沢-②南部は新会社)

山梨県の譲歩案:①富沢-②南部-③六郷       を新直轄で

であったが、新会社が自らの原案を貫き通せば、③六郷-④増穂の区間は、新会社も山梨県・国も建設しない、つまり誰も建設しないことになる。

そうなると【①富沢-②南部-③六郷-④増穂】が全部はつながらなくなってしまうため、利用者の大幅減が考えられるから、新会社の採算見込みが大幅に悪化することになる。そうすると、新会社が道路公団から引き継いだ巨額の借金の返済計画も大幅に狂ってくるから、それだけは新会社としては避けたかったのである。そこで、結局、中日本高速道路株式会社としては、国の案=山梨県の譲歩案を呑まざるを得なかった、と近藤氏はNHKのインタビューに対して答えていた。

○中日本管轄内の未開通高速道路建設についての結論
以上要するに、第二東名、舞鶴若狭道、それに中部横断道の3つの路線について出された結論は、以下の通りであった:

第二東名は新会社が建設(←採算性が高いため)
舞鶴若狭道も新会社が建設(←採算性は低いが、原発という特殊事情を考慮)
中部横断道は、国の案=山梨県の譲歩案で新直轄を併用

これについて、われわれはどう考えるべきでなのであろうか?

《続く》

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2006年5月16日 (火)

道路公団民営化をめぐって(3)

NHKスペシャルで取り上げられていた「中日本高速道路株式会社」の場合、建設すべきかどうかが問題となっていたのは、第二東名、舞鶴若狭道、それに中部横断道の3つの路線である。

○第二東名
そのうち、第二東名は採算性が最も高く、総合評価もAランクとされ、新会社の手で建設すべきことで新会社経営陣の意見はすんなりと一致した。

ところが、後の2つ(舞鶴若狭道と中部横断道)は、双方ともに採算性の評価が最低のeランク、総合評価も最低のCランクとされたため、新会社の手で建設することは困難だったのである。

○舞鶴若狭道
この2つのうち、舞鶴若狭道(福井県)については、しかしながら結局、原子力発電所があるという特殊事情が考慮され、新会社の手ですべて建設されることが決められた。舞鶴若狭道は50kmが未開通、その建設費用は2300億円であり、この未開通区間の料金収入だけで建設費用を賄うことはきわめて難しいとされていたが、その沿線に原子力発電所があり、防災上、高速道路は不可欠との理由から、採算性を度外視して新会社が建設すべきとされたのであった。

○中部横断道
また、中部横断道(山梨県)について攻防が繰り広げられたのは、新会社と新直轄方式とを併用するとして、それでは一体、どの路線を新直轄方式で建設するかをめぐってであった。

素直に考えるならば、新会社が採算性の低さを理由に建設できないとした路線を、そのまま新直轄方式で引き受ければよいということになる。しかし、実際はそう単純に事は運ばなかった。というのも、山梨県の財政事情が大変厳しいため、山梨県としては自らの費用負担がなるべく少なくなるようにしたかったからである。

もっと具体的に説明しよう。問題となったのは、【①富沢-②南部-③六郷-④増穂】の路線である〔①~④の番号は説明の便宜上、山中が加えた〕。

中日本高速道路株式会社の案では、①富沢-②南部は新会社が建設するが、②南部-③六郷-④増穂は新直轄方式で建設してもらいたいというものだった。

ところが、山梨県の原案では、②南部-③六郷間のみを新直轄でというものだった。新会社の案だと山梨県の原案よりも100億円、山梨県の負担が増えることになる。山梨県としてはそれは何としても避けたかった。

そこで、山梨県は自らの原案では②南部-③六郷間のみだったのを、①富沢-②南部をも新直轄に加え、新会社の原案よりも新直轄の路線を3km短くすることによって、山梨県の原案よりも40億円の負担増は引き受ける。その代わりに、残りの③六郷-④増穂は新会社の手で建設させたいと山梨県は考えたのである。

つまり、

山梨県の原案 :      ②南部-③六郷       を新直轄で

新会社の原案 :      ②南部-③六郷-④増穂 を新直轄で

⇒山梨原案よりも100億円の負担増

山梨県の譲歩案:①富沢-②南部-③六郷       を新直轄で

⇒山梨原案よりも40億円のみ負担増

--というわけである。結局、新会社はこの山梨県の譲歩案を呑まざるを得なくなったとNHKスペシャルは伝えている。

《続く》

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2006年5月15日 (月)

道路公団民営化をめぐって(2)

政治学概論(名張・伊勢)の学生諸君へ

5月12日の記事に引き続いて、NHKスペシャルの内容をもとに、昨年10月1日に道路公団が民営化された後、半年の間に繰り広げられた、未開通の高速道路の建設をめぐる攻防について、ここに書いていくことにしよう。この「道路公団民営化をめぐって」のシリーズは、今回が(2)であるが、(5)まで続く予定であることを予め伝えておく。

○新直轄方式:平等を重んずる民主主義の論理の一例として
採算性のみを考えれば民営化された新会社の手によっては建設できるはずのない路線も、結局は建設されることが決まったのは、高速道路の建設が純粋に民の手によって行なわれるのではなく、官の手によっても建設できる余地が制度上残されたからであった。その仕組みとは、“新直轄方式”である。

この“新直轄方式”とは、国と地方自治体とが税金を使って高速道路を建設する方式である。つまり、道路公団が分割民営化されたといっても、それはすべてが民間の手によって採算性をもとに建設すべきか否かを判断するのではなく、たとえ採算性の低い地方の路線であっても、地元の要望に応え、地域格差をなくすという政治的判断から、官の手によって建設できる道がまだ残されていたのである。

つまりこの場合、平等という共通善(の1つ)を実現するためならば政治権力を積極的に使ってもよい、という民主主義の論理が働いたのである。この民主主義の論理については、名張のテキスト『新版 はじめて出会う政治学』でいえばpp. 31-32において国鉄の例に即して説明がされており、伊勢のテキスト『新版 現代政治学』ではpp. 40-41において抽象的に民主主義の論理が説明されているので、参照されたい。

いずれにせよ、民の論理(すなわち経済的自由を重視し政治権力を警戒する考え方)のみならず、官の論理(すなわち政治的・社会的平等を重視し政治権力の積極的行使を求める考え方)が、道路公団民営化後も、高速道路の建設をめぐって依然として根強く働いていた、というわけである。

しかし、話はここで終わらない。すなわち、新会社と新直轄方式との併用による“全線建設”が決まった、というだけで話は終わらないのである。というのも、両者をどのように併用するか、すなわち、どの路線を、新会社と新直轄方式とのどちらが建設を請け負うのかをめぐって、国・地方自治体と新会社との間で、激しい攻防が繰り広げられていたからである。

《続く》

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2006年5月12日 (金)

道路公団民営化をめぐって(1)

政治学概論(名張・伊勢)の学生諸君へ

本欄の5月8日の記事で「専門的・時事的な話題を取り上げます」と宣言しておいたので、その約束を守ることにしよう。

最初のトピックとして選んだのは、「道路公団民営化」についてである。これは、政治学概論(名張)ではテキスト『新版 はじめて出会う政治学』第2章で取り上げられているトピックである。政治学概論(伊勢)のテキスト『新版 現代政治学』では直接に取り上げられてはいないが、内容的には第2章の中の「自由民主主義のゆらぎ」の具体例の一つと言える。名張でも伊勢でも授業はテキストの第2章に入っているから、この「道路公団民営化」は、双方の学生諸君に対して、テキストに関係する専門的・時事的な話題として、参考のために最初に取り上げるにふさわしいトピックの1つだと思う。

この「道路公団民営化」について、われわれにとって実にタイミングのよかったことに、4月26日に「 “全線建設”はこうして決まった~道路公団民営化・半年の攻防~」と題されたNHKスペシャルが放映されたばかりなのである。これをDVDに録画しておき、じっくりと見たが、こういうドキュメンタリー〔documentary:フィクションではなく、実際の記録に基づいて作ったもの〕を作らせると、やはりNHKは上手いものだとつくづく思う。その番組の内容を踏まえつつ、「道路公団民営化」についてここに書いてみることにしよう。

日本道路公団は、昨年10月1日に、地域別に分割民営化された。その結果生まれたのは、「東日本高速道路」「中日本高速道路」「西日本高速道路」--この三つの株式会社である。

そのうちNHKスペシャルで取り上げられていたのは、名古屋に本拠を置く「中日本高速道路株式会社」であった。その会長に就任したのは、道路公団最後の総裁だった近藤剛氏である。近藤氏は大手商社出身で、その後参議院議員へと転じていたが、2003年、小泉内閣による構造改革の目玉の一つとして道路公団民営化を目指すことが謳われる中で、公団の総裁に指名された人物である。その最後の総裁だった近藤氏が分割民営化後に会長に就任したのが「中日本高速道路株式会社」だったのである。

それにしても、なぜ日本道路公団は分割民営化されることになったのだろうか? それはあまりにもその累積債務、もっと簡単に言えば、要するに赤字金額が膨れ上がってしまったからである。

諸君はわが国の道路公団がいったいどれほどの赤字を積み重ねてきたと思うだろうか?--実はその額は、なんと40兆円である。40兆円……それがどれだけの札束の量になるのか、私にもまったく見当がつかないのだが、試しに0を並べて書いてみると、¥40,000,000,000,000となる。いずれにせよ、莫大な金額の借金を日本道路公団は蓄積してきたというわけである。

それでは一体、なぜ日本道路公団は、これほどまでの借金を残すことになってしまったのだろうか?

それは、経営努力をしなくても何とか商売ができるという気の緩み(すなわちモラルハザード)が起こってしまったからである。

道路公団時代には、高速道路の建設は国が決定し、その国の命令によって公団が行なっていた。したがって、たとえ料金収入によって賄いきれない赤字が出ても、いざというときには国がお金を出してくれるから、民間企業のように倒産する心配はなかったのである。

ちなみに道路公団の場合、郵便貯金や公的年金資金が、「財政投融資」として、高速道路の建設に当てられてきた。小泉首相の掲げる構造改革で、道路公団のみならず郵政公社も民営化の対象とされたのは、高速道路の(経済効率性の観点からすれば)無駄な建設と、郵便貯金の運用のされ方とが、実はつながっていたからである。

そこでそのような経営上の気の緩みをなくし、無駄を省いて借金を返済していくために、日本道路公団は分割民営化され、民間企業として、自助努力で経営しなければならないことになったのである。

昨年10月に民営化された後、各高速道路会社が早速決めなければならなかったのは、道路公団時代に整備計画としてすでに建設が決められていた路線のうち、実際にはまだ建設されていない高速道路について、どれを作り、どれを作らないかであった。

民間会社としての経営の論理を素直に貫けば、当然、現実には建設できない路線も出てくる。実際、NHKスペシャルによると、「中日本高速道路」の近藤会長は、昨年12月に、「(中日本…の管轄区域の路線のうち)すべての未着工道路を建設することはできない。優先順位を決めて、建設できるものだけを建設していく」という方針を打ち出していたのである。

ところが、最終的には、未着工の路線について今年の2月7日に決定されたのは、NHKスペシャルのタイトルにもあるように、“全線建設”--すなわち民間の論理だけからすれば到底採算の合わないはずの路線も、実際に建設に踏み切ることだったのである。

いったいどうしてこのようなことになったのだろうか? 実はこの“全線建設”は、分割民営化された3社だけがすべてを引き受けるわけではない。日本道路公団が民営化されたとはいえ、そこには従来どおり国と地方自治体とが税金を投入して、「民の論理」ではなく「官の論理」で政治的に建設できる余地が制度上残されていたのである。それは一体どのような仕組みなのであろうか?

今日はこの辺までにして、続きはまた次回に回すことにしよう。

山中 優

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2005年9月19日 (月)

郵政民営化について:若干のコメント

9月11日の衆院選が自民党の大勝に終わり、郵政民営化が確実な情勢になった。それに伴って、郵政民営化をめぐって過熱する一方だった政争や報道合戦も、少し落ち着きを取り戻したようである。

筆者はこれまで、過熱した雰囲気の中で誤解されることを恐れて、あえてこの問題について発言を控えていた。また、ここ数週間は博士論文の執筆に専念してきたことも、発言を控えてきた理由である。だが、ハイエク研究者としては、やはり何らかのコメントを出さずに済ませるわけにもいかないだろう。そこで、以下、若干のコメントを筆者なりに加えておくことにしたい。

私は郵政民営化について、「官から民へ」という方向性自体は正しいものだと思っている。というのも、この研究日記の8月8日欄に書いたように、途上国ならともかく、すでに先進国の一員となったわが国の場合には、これ以上、門戸開放を先延ばしにすることはできないと思われるからである。国会に実際に出された法案の詳細について綿密に吟味する用意は今の私にはないが、基本的な方向性としては、いまやわが国は外国市場からの保護にこれ以上甘んじるわけにはいかないだろうと思う。

したがって、国会での論議に望まれるのは、賛成か反対か、という単純なものではなく、どのように民営化していくかについて、対案も提出された上で、地道に議論を積み重ねていくことだろう。その意味で、ついに対案を出せずに終わった衆院解散前の民主党が今回大幅に議席を減らすことになったのも、無理はなかったと思われる。

しかしながら、他方で私は、一種の小泉ブーム再来の中で、あまりにも拙速に郵政民営化が進められることにも、一抹の懸念を覚えている。私が特に今後の混乱要因となりうるものとして懸念しているのは、郵政三事業のうち、郵貯と簡保であるが、私がそれを懸念するのは、それらが金融に関するものだからである。

本欄7月6日の記事で書いたように、自由貿易論者でありグローバリゼーション擁護論者のバグワティ氏でさえ、金融市場の場合には性急な自由化は慎むべきであり、適切な規制が必要不可欠であることを力説していた。また、かつて1980年代にわが国で行なわれた「分割民営化」によって出現してきたのは、生産的で健全な民間活力の解放というよりは、一攫千金を狙った株式取引の過熱であり、異常なまでの土地転がしであった。要するに、“バブル経済”だったのである。

それはハイエクの唱える市場秩序とは似て非なるものであった。というのも、ハイエクは市場秩序を担う人間像について、かつて次のように述べていたからである:

かれらは、分別ある人を尊敬し、また、たくさん消費できたらという欲望によってよりも、類似の目的を追求する仲間から成功したと思われたいという願望によって導かれ、資本を蓄積して、家族と仕事の将来に注意を払う善良な農夫や供給者を尊敬する、という気風をもった。(ハイエク全集第十巻、春秋社、228頁)

すなわち、ハイエクはあくまでも地道な経営努力を行なう企業家を想定していたのであって、あまりにも赤裸々な金銭欲に動かされるままに一攫千金を追い求める投機経済を奨励していたわけでは決してなかったのである。

そのような訳で、筆者は郵政民営化について、「官から民へ」という基本的な方向性は、すでに先進国となったわが国については不可避の指針とならなければならないが、とくに郵貯と簡保という金融分野の民営化・自由化については、拙速に行なわれるべきではなく、むしろ適切な規制の仕組みを慎重に整えた上で、行なわれるべきだと考えるものである。さもなければ、1997年のアジア金融危機のような事態が、今度はわが国を震源地として起こらないとも限らないと思われるからである。

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2005年6月 8日 (水)

JR脱線事故は民営化のせい?(2・完)

527日の産経新聞では、あるJR西の幹部の指摘として、次のような言葉を伝えていた:

われわれは、民間企業の何たるかを知らずに「真の民間企業になる」との目標を掲げていた。どこかにひずみが生じていたんでしょう。

確かにJR西には他のJR各社に比べて不利な条件があったという。それは、周知のように、赤字ローカル線の比率の大きさである。これはまさに、国鉄時代の政治的な“我田引鉄”の産物、まさに“政府の失敗”による「負の遺産」と言うべきであろう。その点では気の毒であったという他ない。

しかしながら、「真の民間企業になる」のであれば、やはりそれは赤字路線の整理を断行するほかないだろう。たしかにそれは「痛み」を伴うだろうが、それこそが、われわれの引き受けねばならない市場経済の常なのである。

たしかに鉄道は公益性も兼ね備えた事業だから、他の民間事業と全く同日に論ずることはできないかもしれないが、交通機関ということであれば、当然バスもあるはずである。それを無理に維持し、その穴埋めを京阪神の利益で無理やり行おうとしたところに、今回の脱線事故の要因があるのだから、やはりそれは、あまりにも性急な運転士育成と並んで、民営事業のイロハをおろそかにした結果だと言わざるを得まい。

とはいえ、たしかに、JRには、他の私鉄にはない、もう一つの不利な初期条件――それも非常に重大なそれ――があったらしい。それは、「狭いレール」である。


5
30日の産経新聞の「複眼鏡」と題された、ジャーナリストの武田徹氏の論説によると、日本の鉄道は1067ミリメートルの軌道幅(二本のレールの間の幅)を採用してスタートを切ったが、これは国際標準の軌道幅1435ミリメートルよりも狭いことから、鉄道技術の世界では「狭軌」と呼ばれているという。

日本の鉄道が狭軌を採用したのは、鉄道に関する知識が明治政府の要人に乏しく、「日本は国土が狭いから軌道幅も狭くて良い」と根拠なく考えたからだと伝えられている――というのである!

武田徹氏はまた、次のように述べている:

関西ではJRと私鉄が並行して走る路線が多く、熾烈な競争が繰り広げられているが、JR在来線は狭軌、私鉄の多くは標準軌なのだ。つまり、その戦いは骨格で劣るJRが偉丈夫の私鉄に挑むようなもの。JRは初めからハンディを負っていた。

不利な狭軌道の上で早く走らせるために一層の車両の軽量化が求められた。しかし、クーラーは快適性確保に必要なので屋根の上に重い空調機器を載せる。結果として車両の重心位置は高くなる。

武田氏によると、近代日本史には、「改主建従」と、その逆の「建主改従」が盛んに政策論争されていた歴史があったという。


前者は、狭軌のままでは輸送力増強がかなわないとして、新規建設の手を休めてでも軌道幅を「標準軌」化すべきだという意見で、後者は、鉄道建設を望む地方の人々の声に応えることこそ重要として(またもや政治的な“我田引鉄”!)、改軌より新線建設を急ぐべしという意見である。


そして結局大勢を占めるにいたったのは後者であり、それが戦後に引き継がれて、旧国鉄から
JRに変わっても、依然として在来線はすべて狭軌のままだったというのである。その代わり、「改主建従」論は私鉄によって実践されていったという。

武田氏の結論は、もう一度この「改主建従」論を見直すべきであり、「不幸な結果を導かない民営化の在り方を検討する必要もあるだろう」というものであった。

私も、この武田氏の意見に賛成である。氏の意見は民営化そのものへの反対ではない。そうではなく、あくまでも「不幸な結果を招かない」民営化のあり方を検討すべしという意見であり、私も全く同感である。

そういう意味では、あの国鉄民営化は、あまりにも一気にやりすぎたのかもしれない。あれはきわめて政治的な争点だった。


しかしながら、なぜそんなにまで性急な、「改主建従」論をおろそかにしたままの民営化が政治的に断行されたのかと言えば、それは、国鉄の利害関係者が“鉄の三角同盟”をガッチリと組んで、「親方日の丸」のもと既得権益に執着し、頑なに抵抗していたからだったと言えまいか。だからこそ、それを打破しようとするあまり、民営化推進派の方も、稚拙な分割民営化に走ってしまったのではないか?

要するに、分割民営化をめぐる推進派と反対派の双方ともに、あまりにも“政治的”すぎたのである。


したがって、二度とこのような悲惨な結果を招かない民間企業へと脱皮していくためには、ぜひともJR西日本には、国鉄時代から引きずっていたその政治性をさらりと捨て去り、鉄道事業の基本をおろそかにしない「真の民間企業」へと成長していってもらいたい。さもなければ、JR西日本の未来はないからである。

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JR脱線事故は民営化のせい?(1)

あのJR福知山線の脱線事故から1ヶ月余り経った。あれ以来、私なりに新聞記事を収集し、あの事故の原因がどこにあったのかに関する分析に注意してきたが、どうもあの事故の原因を民営化そのものに求める議論もあるらしい。

しかしながら、私にはそう思えない。むしろ、民営化それ自体というよりも、基本を疎かにした民営化によるものだと思われるのである。

このトピックは、一個人としても無視しえない関心事だが、政府の役割を一定程度認めつつも「できるだけ市場に任せるべし」という立場をとっていたハイエクを研究している者としても、黙ってみているわけにはいかない論点だと思うので、今日はこの点について、私見を述べてみたい。

たしかに、民営化後にJR西運転士の勤務が過酷になったという事実はあるらしい。2005522日の産経新聞によると、「JR西日本が国鉄分割民営化前に比べ、運転士の勤務時間を1日30分増やす一方で、乗務の合間の休憩時間を減らしていたことが21日、複数の運転士の話で分かった」という。

また、懲罰的な性格が強かったと言われている、例の悪名高き“日勤教育”が現在のような形で行われるようになったのは、530日の産経新聞によると、昭和624月の国鉄分割民営化後のことだという。同記事はまた、「脱線した快速電車を運転していた高見隆二郎(23)=死亡=も、事故当日のオーバーランやダイヤの遅れのため、運転士になって二回目となる日勤教育を受けることを恐れ、無謀な高速運転につながった可能性があると指摘されている」とも述べている。

要するに、運転士の勤務が過酷になったのも日勤教育も、いずれも民営化後に起こったことである。だとすると、今回の脱線事故の原因(あるいは遠因)は民営化のせいなのだろうか?


5
16日の産経新聞「論説委員室から」によると、「中には民営化そのものに遡って問題視する短絡的批判もあり、首をかしげたくなる見解も少なくない」とある。私自身はこのような見解に直接出会ったわけではないが、全国紙の論説委員が言うのだから、今回の脱線事故の原因として民営化そのものを挙げる議論が実際にあるのだろう。しかし、はたして本当にそうだろうか?

ここで注意したいのが、私鉄の運転士育成の状況である。上記の5月30日産経新聞の記事はまた、この点に関して、次のようにも伝えていた:

 競争相手となる私鉄では、新入社員が運転士になるまで、阪急電鉄、阪神電鉄では最低五年、京阪電鉄は『入社後十年は必要』(広報担当者)だ。飛行機の機長と同様に、各社とも列車運行の重責を担う運転士の登用に慎重を期している。
 それに比べて、JR西の運転士の若さは際立っており、関係者にも『JR西の運転士は促成栽培の感は否めない』との批判があるほどだ。

だとするならば、JR西は、むしろおよそ鉄道事業者として踏まえるべき運転士育成上の基本をきわめて疎かにしていたと言わざるを得まい。〔続く〕

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