2009年5月31日 (日)

世界政治学会に備えて

今日は英語で書いた論文を1本完成させることができた。7月に南米チリで行われる第21回世界政治学会(IPSA)での研究報告のための論文である。

この英語論文は、今月に入ってから、授業の合間を縫って書き続けてきたものである。拙著『ハイエクの政治思想』(勁草書房、2007年)の主に第1章(およびその他の章)の内容を踏まえたものだが、5月23日(土)にその草稿を書きあげた。

その草稿の英語を見てもらうため、丸善の英文校正サービスを利用したのだが、5月28日にそれが納品されたので、その後、最終的な推敲を経て、今日、そのPDFファイル(WordファイルをPDFファイルに変換したもの)を、世界政治学会のオフィシャルサイトへと無事アップロードすることができたのであった。分量としては、A4サイズで13ページ、4276単語の英文となった。

その丸善の英文校正サービスによる「原稿評価カルテ」によると、全体的に、「平均的レベルです」(5段階評価の3)あるいは「習熟したスキルを持っています」(5段階評価の4)という評点であった。項目別にみると、次のとおり:

英語表現について 平均評点 3.3
 構文の正確さ 3
 文章運びのスムーズさ 4
 単語の選び方 3

英文法 平均評点 3.7
 主語と述語の一致 4
 冠詞a, an, theの使い方 3
 時制の正しさ 4

英語表記のルールや論文スタイルについて 平均評点 4.0
 句読点の使い方 4
 参考文献の書き方や引用の手法 4
 アカデミック・スタイルの遵守 4

また、校正者からのコメントも付けられていたのだが、それによると、校正前の原稿は「英語のライティングスキルという観点から見ると、原稿は非常によく書けており、あとは文法などのささいなミスを変更するだけ」だった-とのことであった。

ちなみに、5段階評価の5は、「非常に高度なスキルを持っています」というものだが、私はまだ3~4の間のようである。今後は、全体の平均評価が4点台となることを目指していきたいと思っている。

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2009年2月10日 (火)

ただいま監訳中

春休みに入り、多少なりともまとまった時間を、ハイエクの監訳にも割くことができるようになってきた。その監訳作業を進めていく中で、改めて強く認識させられているのが、「英語は名詞中心、日本語は動詞中心」ということである。

この「英語は名詞中心、日本語は動詞中心」というのは、安西徹雄『英語の発想』(ちくま学芸文庫)で解説されていることである。たとえば、その62頁にはこんな例文が挙げられている:

A slight slip of the doctor's hand would have meant instant death for the patient.

日本語であれば「医者の手がほんのわずかに滑る」と動詞を使って言うところを、英語では A slight slip of the doctor's hand という名詞句にまとめてしまう。同様に、「患者はすぐに死ぬ」は instant death for the patient となる。

したがって、翻訳においては、名詞構文→動詞構文という転換が必要となるのである。これと同じことが、江川泰一郎『英文法解説 改訂三版』(金子書房)36頁では、「名詞構文の名詞はその周辺の語句も含めて、実質的には1つの文に相当する」と説明されている。

この「名詞構文の名詞はその周辺の語句も含めて、実質的には1つの文に相当する」という原則が、まさにハイエクの文章にも当てはまるのである。非常に多くの文章にそれが言えるのだが、今日、特にそれを痛感させられた--したがって翻訳にも大変苦心した--のが、次の文章だった:

An economy in the strict sense of the word......is indeed an organization or a deliberate arrangement of a given stock of resources in the service of a unitary order of purposes.
(Hayek, "Studies in Philosophy, Politics and Economics", p. 164)

この文章で「名詞→動詞」という転換が必要だとすぐに分かるのは、organization と arrangementである。ここはそれぞれ、organize, arrangeという動詞に転換して訳すことになるが、この転換にはそんなに苦労しなかった。

この文章で大問題だったのが、末尾の a unitary order of purposes である。もともとの下訳でどう訳されていたかは、ここには書かないことにするが、これは大変難しかった。要するに、ハイエクがここに込めた意味を損なうことなく、しかも自然な日本語に表現することが大変難しかったのである。

しかしながら、おそらく間違いないと私に思われたのは、この order についても「名詞→動詞」の転換が必要なことであった。また、途中でいったん切ることや、適当な言葉を補うことも必要だと思われた。

こうして苦心した結果、結局この文章に対して私がつけるに至った訳文は、次のとおりである:

厳密な意味での経済は、蓄積された一定の資源を意図的に配置し、編成していく営みに他ならない。さまざまな目的をある単一の優先順位に沿って序列化しておき、その序列にしたがって目的を実現していくために、資源を意図的に配置し、編成していくのである。

もちろんこの訳文は仮のものであり、出版段階で最終的にどのような訳文に落ち着いているかはまだ全く分からないが、いずれにせよ確かなことは、安西徹雄氏による“英語の発想”の解説が、私にとって、非常に大きな拠り所となっていることである。これからもそれに依拠しつつ、監訳作業を進めていくことにしたい。

【追記】書き忘れていたが、翻訳していく上でもうひとつ重要な原則は、安西氏によると、「すぐれた翻訳は原文よりも長くなければならない」という原則である。すなわち「訳文が原文より長くなることは気にしなくてもよい、むしろそれが当然であり、必要でさえある」というのである(安西徹雄『英文翻訳術』108-109頁)。私の上記の訳文が--すぐれた翻訳であるかどうかはともかくとして--原文よりも長くなっているのは、その原則に従ったためであることを、ここに書き添えておくことにする。(2009/02/10 12:56記)

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2008年12月31日 (水)

大掃除を終えて1年を振り返る

27日から今日の大晦日までの6日間連続で、今まで借りていた家の大掃除をしていた。もう少し早く終えてしまうつもりだったのだが、いざやり出してみると、掃除をすべきところが続々とたくさん出てきて、キレイさっぱりと明け渡せるようになるまで、今日の午後6時頃までかかってしまったのである。しかし、何とか年内にそれを終えることができたので、今はホッとしている。正月休み明けの1月5日に、私たち借主の立会のもと、この貸家の仲介業者による部屋のチェックを受けることになるが、そのための準備はおそらく十分に整えられたことと思う。

それにしても、今年はわが人生のなかで、公私ともに最も多忙な1年だった。春学期には週平均11コマの授業を名張、伊勢、および大阪市立大学という3つの場所で行ったし、夏休みに入ってからは、10月初旬に行われた皇學館大学社会福祉学部の10周年記念国際シンポジウムの準備に大わらわだった。そしてこの年末には引っ越しと大掃除である。このような忙しさは、大げさな表現ではなく、今までに経験したことのないほどの多忙さだった。しかし、それらをすべてやり遂げることができて、今は充実感でいっぱいである。

そのあまりの忙しさで、これまで本ブログに書きそびれていたのだが、実は研究面でも、この11月から12月にかけて、ちょっとした大きな出来事が二つあった。それは、拙著『ハイエクの政治思想』(勁草書房)の増刷と、来年の世界政治学会で研究報告できることが決まったこと、この二つである。

拙著の第2刷が発行されたのは、今年の11月20日だった。第1刷の発行が昨年の3月15日だったから、それからおよそ1年8か月で増刷されたことになる。第1刷は1200部だったが、第2刷は500部である。一般的に、第1刷が売り切れれば、出版社に対する責任を果たしたことになると聞いているので、著者として安堵した次第である。

その拙著の第1章の議論を英語で報告できる機会を与えられたのが、来年7月にチリの首都サンチアゴ(Santiago)で開かれる世界政治学会(International Political Science Association)においてである。今年10月の日本政治学会の総会で、3年に1度の IPSA が今回はサンチアゴで行われること、そしてその IPSA 2009 Santiago における報告者を募集中であることを聞き、思い切って応募してみたところ、12月5日に採用通知が届いたのであった。

来年にはハイエク全集第Ⅱ期第5巻政治学論集の監訳作業をいよいよ仕上げていかねばならないので、来年はその監訳とIPSAでの研究報告の準備という二つの点で、英語漬けの毎日が続きそうである。

26日に引越を終えてから今日までは、今まで借りていた家の大掃除で手一杯だったので、新しい家の方はまだ段ボール箱だらけであるが、幸い、今すぐ必要な本は箱に詰めずに、カバンに入れて持って来てあるので、明日の元旦からは、この新しい家の新しい書斎部屋で、早速、監訳作業を再開させたいと思っている。

それでは読者の皆様、よいお年をお迎え下さい。

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2008年12月27日 (土)

引っ越し作業を終えて

昨日の26日、これまでの貸家から新築した家への引っ越し作業を終えた。依頼した業者は「アリさんマークの引越社」だったが、大変スムーズに、しかも気持ちよく作業を進めてくれたので、非常に有難かった。

昨日はその他にも、インターネットやテレビ、電話の設定作業もあった。ケイ・オプティコムのeo光サービスで、ネット・電話・テレビのすべてをセットで申し込んだので、その工事や設定作業も、業者の方にしていただいた。そのため、今回の引っ越しで関係業者の方すべてが我が家をあとにされたのは、結局、午後6時頃となった。

これで荷物の運び込みは終わったが、まだ段ボールが山積み状態のままなので、その片付け作業が残っている。否、その前に、これまで住まわせていただいた貸家を引き渡すため、年内にその掃除や片付けも済ませておかなければならないから、今年いっぱいはギリギリまで、そうした作業に従事することになりそうである。

この新居に移り住んでからまだ2日目にすぎないので、まだまだ慣れないことが多いのだが、それでも、住み心地が格段によくなったことは、もう既に実感できている。というのも、断熱性が飛躍的に向上したため、以前までのような肌寒さを冬の早朝に感じずに済むようになったからである。また、日当たりも非常によくなり、晴れていれば、日中は1階の部屋でも照明をつけなくてもよいほどになったのも嬉しいことである。

それ以上に大きな喜びだったのは、やはり、ソーラーパワーである。操作パネルで確認してみて驚いたのは、もう余剰電力の売電がかなり行われていたことだ。今この文章を書いている時点で、すでに109.87kwが売電されていたのである。

もっとも、これは、ソーラーパネルが設置された日から昨日までの間、自分たちで事前に荷物を運び込みに来た以外は、ほとんど全くこの新しい家にいなかったから、太陽光で発電された電力のほとんど全てが余ることになったからだろう。しかし、すでに実際に暮らし始めた今日も、晴れの天気だったためだろうけれども、エアコン暖房をつけなければ、たとえテレビや洗濯機を動かしていても、余剰電力が発生していたことは、嬉しい驚きだった。

もう一つ大きな喜びは、英語ニュース番組をいつでも視聴できるようになったことだ。eo光テレビの場合、視聴できるのはイギリスのBBC WORLDではなくて、アメリカのCNNj だが、いずれにせよ、英語ニュース番組を好きな時にいつでも視聴できるようになったのも、非常に心が躍ることである。

こうして、いよいよ待望の新居生活が始まった。一日でも早く荷物の整理作業を終え、落ち着いて研究の仕事が自宅でできる状態にしたいと思っている。

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2008年9月25日 (木)

翻訳の苦しみからの解放を求めて(2):安西徹雄『英語の発想:翻訳の現場から』

本ブログ8月29日の記事で言及した安西徹雄氏の本を、このほど読み終わった。そのときに挙げた『英文翻訳術』に加えて、同じくちくま学芸文庫から出ている『英語の発想--翻訳の現場から』も読んだのだが、この2冊とも、2度繰り返し熟読したのである。それはまさに“目からウロコ”の連続だった。

いまここで、その一部始終を詳しく説明している余裕はないのだが、とにかく、この2冊の本のおかげで、英語を読むのが非常に楽になった。日本語らしい翻訳ができるようになってきただけではなく、英文の内容を読み取ること自体も、非常に楽になってきたのである。これは嬉しい驚きだった。

これまでは英語を「英語の発想のまま」で読み取ろうとしてきた。もちろん、まずはそれが第一に必要なことだろう。しかし、私はやはり日本人である。だから、英文で書かれている内容を、最終的には日本語の発想に合わせて理解する方が、はるかに“腑に落ちる”のである。考えてみれば、これは当然のことであった。

たとえば、A slight slip of the doctor's hand would have meant instant death for the patient. という英文があるとする(『英語の発想』62頁に掲載;『英文翻訳術』では53頁)。これを英語の発想そのままに理解するならば、「医者の手のわずかな滑りが、患者のたちどころの死を意味したであろう」となる。

これを実際に翻訳する必要がなければ、これをこのままにしておいても、さしたる不便はないだろう。少なくともこれまでの私にはそうだった。

しかし、これを日本語の発想に置き換えるならば、「医者の手がほんのわずかに滑っても、患者はたちどころに死んでいたであろう」となる。こう理解しなおした方が、日本語で育った来た私には、はるかによく分かるのである。

もちろん、ここには両者の間での発想の違いがある。それは、『英語の発想』のあちこちで的確に解説されているように、英語では、動作主(人間であれ無生物であれ)による「働きかけ」の発想が強いのに対して、日本語では、むしろ物事が「自然にそうなった」と捉えることが多い--という違いである。また英語では、日本語よりも、「名詞中心の構文」が圧倒的に多いことも、大きな違いである。

これまでの私は、こうした英語の発想に沿って、英語を英語として理解しようとしてきた。それはもちろん大切なことだと思う。

しかしそれだけではなく、英語の発想はそれとして理解しつつ、最終的にはそれを日本語の発想に置き換えて理解しておく方が、英語を読み進めていくときのストレスが格段に減るのである。

このストレス減り具合は、誠に驚くべきものであった。これまでの私は、知らず知らずのうちに、このストレスと闘いながら、英語を読んでいたのであった。しかし今の私は、そのストレスから大いに解放されつつある。むしろ非常に楽しくなってきたとさえ言ってよいだろう。

そんなわけで、私は今、翻訳の苦しみのみならず、そもそも英語自体を読むストレスからも、解放されつつあるのであった。誠にありがたい限りである。

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2008年8月29日 (金)

“翻訳”の苦しみからの解放を求めて:安西徹雄氏の本

採点作業を盆休み中に終了して後、ずいぶん長い間、本ブログの更新が滞ってしまっていた。その原因は、『ハイエク全集 Ⅱ-5 政治学論集』(春秋社から刊行予定)の翻訳に苦しんでいたことである。ハイエクの非常に“ドイツ語的”な、ゴタゴタした英文を、学者以外の誰にでも読みやすいスッキリした日本語に翻訳することは、私にはとうてい不可能なことのようにさえ思われ始めていた。

そうして七転八倒していたところ、今日、春秋社編集部の方から興味深い本を紹介していただいた。それは、安西徹雄『英文翻訳術』(ちくま学芸文庫)という本である。この安西氏は、アマゾン書店のサイトによると、シェークスピア研究の第一人者であり、達意の翻訳家として知られているという。恥ずかしながら、この安西氏のことを、私は全く知らなかった。

この安西氏の著書としては、同じくちくま学芸文庫から、『英語の発想』という本も出されているらしい。アマゾン書店のサイトに掲載されたその本の内容紹介には、「翻訳とは、二つの言語間のギャップを、いちばんのっぴきならない形で乗り越える作業だといえる」という一節があるが、本当にそうだと思う。日本語の発想と英語の発想は、全くと言っていいほど、互いに異なっているからである。だからこそ、英語の原文だけを読んでいるかぎりでは非常によく分かるのに、それを日本語に訳すとなると、七転八倒するのであった。要するに私はまだ、その二つの言語の発想の違いを「乗り越える作業」に、全く習熟できていないのである。

そのような次第なので、この安西氏の本をさっそく読んでみようと思う。それが私を今の苦しみから解放してくれるかもしれない。

ところで、私の翻訳の仕事が滞っているもう一つの大きな原因は、大学での仕事に忙殺されており、翻訳に専念できる時間的余裕が(ほとんど全くと言っていいほど)ないことである。そのため、もしかすると、翻訳そのものは他の方にしてもらい、私は監訳に回るかもしれない。いずれにせよ、まずはこの安西氏の本を読んでみることにしようと思う。

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2008年5月 9日 (金)

『電子版 研究社 英語大辞典』を発注

今朝、『電子版 研究社 英語大辞典』を発注した(私の場合、丸善の研究者向けのWebshopであるAcademic Clubを通じて発注したが、それ以外の方法でも購入できることはもちろんである)。というのも、最近、愛用するようになったモバイルノートパソコン(東芝のdynabook CX/47E ←この2月に購入)で手軽に辞書を引けるようにしたかったからである。

電子辞書は以前から持っており、これも愛用してきたのだが(CASIO製のXD-LP7000)、たとえば電車の中で翻訳の作業をするときなど、限られたスペースの中で英語関係の仕事をするときには、たとえコンパクトな電子辞書といえども、少なからず場所をとることになるので、この際、ノートパソコンひとつですべての作業ができるようにしようと思ったのである。そうすれば、たとえ自宅や研究室での作業であっても、便利さの度合いは飛躍的にアップするはずである。

それにしても、この『電子版 研究社 英語大辞典』を購入することにしたのは、それが『新編 英和活用大辞典』も収録していたからである。

そもそも、この研究社の『新編 英和活用大辞典』というのは、大変便利な辞典である。たとえば「意見を抱く(あるいは主張する)」と英語で言いたいときに、opinionとセットで使う動詞は何かを調べたいとすると、opinionを引けば、そこにたとえば"hold  an opinion"と言えばよい、ということが書いてある辞典である。逆に、"hold an opinion"という英文が出てきた場合、こなれた日本語ではどう訳せばよいかも調べられる(意見を“持つ”ではやや不自然な訳語であろう)。

こう書いただけでは何でもないように思われるかもしれないが、普通の英和辞典だと、こうスムーズに調べられるとは限らない。というのも、用例に"hold an opinion"という例が掲載されているとは限らないからである。

とはいえ、たしかに"hold an opinion"ぐらいなら、英和辞典にもその用例が載っているかもしれない。しかし、英和辞典に決してできないことは、hold以外に、opinionと一緒に使われる動詞にはどのようなものがあるかを一挙に調べることである。ところが、この『新編 英和活用大辞典』を使えば、そのような動詞には、accept  an opinion(意見を受け入れる)から、win  the good opinion of...(...の好評を博する)に至るまで、一挙に分かってしまうのである。とくに英語を書きたい場合に、この辞典は大変便利だと言えるだろう。

私がこの『新編 英和活用大辞典』を使うようになったのは、高校生の頃からであった。その頃は『新 英和活用大辞典』という書名だったが、自宅の部屋に今でも置いてあるその奥付を見てみると、「1939年第1版 1958年第2版 1984年第28刷」と書かれていたので、その歴史の古さに驚いた。大変なロングセラーである。

その後『新編 英和活用大辞典』と改名され、新たに刊行されたのは、研究社のウェブサイトによると1995年7月である。この『新編…』の方は、大学の研究室に置いてあり、これまでも時折使っていた。しかしなにぶん大部の辞典なので、手軽に使うというわけにはいかなかった。使うときには、結構“気合い”が必要だったのである。

それを今回、その電子版を購入することで、もっと手軽に使えるようになるに違いない。今からその納品を楽しみに待つ次第である。

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2007年9月 5日 (水)

アルク「通訳トレーニング入門」を開始

今日からアルク(ALC)の通信講座「通訳トレーニング入門」を始めた。先月下旬に購入しておいたのを、今日から始めることにしたのである。

購入のキッカケは、私の購読している英字新聞『ヘラルド朝日』2007年7月26日の28面に掲載されていた広告に目が止まったことだった。ウェブサイトではこちらに掲載されているが、それによると、たとえ通訳を現実に目指していなくとも、通訳になるためのトレーニング法は、英語力の上達に非常に役立つという。なぜなら、通訳することが前提の場合、聞いた内容を他人に伝えなければならないため、音を必死に捕まえようとする姿勢が養われるからである。それに対して、何となく聞いている場合には、分かったつもりでも、実は多くの情報を聞き落としている。私の英語力の上達にいま必要なのはコレかもしれないと思ったので、熟考した結果、先月下旬に注文したというわけである。

この通信講座「通訳トレーニング入門」の受講料は44,100円だった。開始レベルはTOEIC 550点~、英検2級となっている。私はTOEICをまだ受けたことはないが、ECCでの模擬テストでTOEIC 700点レベルという判定が出ているから、おそらく大丈夫だろうと思う。

実際、第1日目の今日のレッスンは、順調に進めることができた。今のところ、このレッスンは毎晩8時から9時(あるいは10時頃まで)に取り組むことを計画している。標準学習期間は4ヶ月に設定されている。私の英語力が伸びていくことを期待して、明日からも焦らず地道に続けていこうと思う。

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2007年4月 2日 (月)

新年度がスタート

今日からいよいよ新年度がスタートした。正確には昨日からだろうが、昨日は日曜日だったから、気分としては今日が新年度のいわば“仕事始め”である。人事異動により教員スタッフ構成にも変化があった。何よりも大学の場合には、卒業生が巣立ち、新入生が入ってくるし、在学生も学年が進むから、雰囲気が一変する。明日が新年度最初の新入生の登学日となっているから、キャンパスには初々しい気分がみなぎることになるだろう。楽しみである。入学式が明後日の4日に挙行される。

さて、その新年度の授業担当であるが、4月~7月までが週平均8コマ、10月から翌年1月までが7コマとなる。「週平均」という表現をしたのは、水曜日の4・5講時連続の授業が隔週で開講されるからだ。つまり、たとえば最初の週は9コマだが、その次の週は7コマとなるというように、週によって変わるのである。4月~7月までは9コマ→7コマのサイクルで、10月~1月までは8コマ→6コマのサイクルで、授業を進めていくことになる。いずれにせよ、昨年度よりも少し担当が増えた。

今年度からの大きな変化は、本務校の皇學館大学以外に、一つ非常勤で別の大学にも講義に行くようになることだ。10月~1月まで、大阪市立大学法学部の2部で政治学概論を担当することになった。上記の担当コマ数には、この非常勤の授業もカウントしている。

もう一つ、今年度からの大きな変化は、英語を習いに行っているECC難波校でのクラスと曜日が変わることだ。時事英語上級クラス(木曜日)から、時事英語の最上級クラス(水曜日)へと移るのである。時間帯もこれまでの18:30~19:50から、20:00~21:20となり、帰宅がその分遅くなる。クラスのレベルも上がるから、授業の雰囲気もだいぶ変わることだろう。ただし、先生は同じなので、その点ではすぐに馴染めそうである。

いずれにせよ、今日から新年度がスタートした。また新たな気持ちで、教育にも研究にも、英語の勉強にも喜んで勤しみたいと思う。

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2007年3月13日 (火)

英文を書く練習を始めました

昨日から、英文を書く練習を始めた。「日本語→英語」の練習である。題材としては、ハイエクの主著の一つ『自由の条件』を選ぶことにした。ある仕事を頼まれていて、ハイエクの民主主義論を読み直す必要があるので、その余勢を駆って、その『自由の条件』の民主主義論に当たる第7章の和訳文を、原書の英文に正しく直す練習をすることにしたのである。この方法が、私にとって最も良いやり方であることが分かった。

現在の私の英語力をさらに向上させるには、「英文を読む・聞く」という英語の“インプット”だけではなく、“アウトプット”=「英文を話す・書く」能力も上達させる必要があることは、かなり以前から感じていた。また、そうしたい衝動に駆られていたことも事実である。

幸い、単語のレベルを落とせば、今の私でもそのアウトプットがある程度は自由にできる。そもそも実際の会話の場面では、その現段階で使える単語のレベルで「とにかく話す」という姿勢が非常に大切である。思い浮かんだ日本語にピッタリ合うような複雑な表現が英語では出てこないからといって、その場で黙りこんでしまっては、会話にならないからである。そのような場合は、思い切って、自分のその時点での英語の実力レベルにまで落として、とにかくおおまかにでも自分の言いたいことを伝えようとする姿勢が大事なのである。

しかしながら、やはり他方で、日本語で思い浮かぶ複雑なレベルの内容を、その同じレベル(あるいはそれに近いレベル)の英語を使って表現できるのが一番良いことも事実である。特に何かの国際的な学会などで研究報告をしようと思えば、それは必須のことなのである。

そのようなわけで、英文を書く練習をかなり以前から始めたかったのだが、その練習として最適な方法が、実はなかなか思い当たらなかった。通信講座を利用することも考えたが、そういう講座の場合、どうしても題材が誰にでも親しめる一般的なものになる。その通信講座をビジネスとして成り立たせるには、できるだけ多くのニーズに応えなければならないから、それは当然のことだろう。しかしながら、私の場合は少し特殊で、自分の専門分野に関わる内容でないと、私にとっての実用性が欠けてしまうことになる。ところが、そのような高度な専門性に応える通信講座となると、ビジネス英語を除けば、医学の分野でのそれに限られてしまうのである(医学では論文を英語で書くのが普通だから、それだけ需要も多いのだろう)。

かといって、今の段階でいきなり、たとえばもうすぐ書店に並ぶ予定の私の本を、ダイレクトに英訳しようと思っても、残念ながらなかなか思うようには進まないことが分かった。英語で論文を一本書いたことはあり、その時には不思議とスラスラ書けたのだが、それはもう6年も前のことになってしまったので、今一度、練習し直す必要がある(その論文名については、こちらの【論文】(4)を参照)。それにそもそも、その時よりももっと高度な内容を、本の中では日本語で表現したが、その日本語に合うだけの英語のレベルには、やはりまだ到達していないのである。「英語→日本語」のときにはかなりのレベルの英語表現が日本語に直せても、それが「日本語→英語」となると、その途端にどうもスムーズには進まなくなってしまう。私の日本語レベルに合う英語表現をすぐさま思い浮かべるための思考回路が、私の頭の中にはまだできていないのである。

そこで、冒頭に書いた練習方法をとることにした。具体的には、次のようなプロセスを踏んでいる:

①まず邦訳書と原書の両方を机上に広げる。
②次に邦訳書の和訳の一文を読んで、頭の中で英文を思い浮かべてみる。
③しかし今の段階ではまだ全部は分からないので、あまり考え込みすぎることなく、さっさと原書の英文を見てしまう。そうして「あぁ、なるほど…!」と、感動しながら納得する。
④そしてその英文をノートに書き写すのである。
⑤その際、必要があれば、改めて辞書を引いて語法を確認する。
⑥そしてもう一度、英文を書いてみる。そうすると、②の段階よりも英文が(はるかに)スムーズに出てくるようになっている。

この①から⑥までのプロセスを、一文ごとに繰り返す。なかなか時間がかかるので、とりあえずは1日につき1~2段落とすることにした。だいたい、1つの段落でB5版のノート1頁が手書きの英文で埋まっていくようである(次行を1行あけて書いた場合)。

こうして、ちょっとした試行錯誤を経て、ようやく私にとって最適の練習方法に出会えた。嬉しい限りである。これを繰り返していくうちに、私の日本語レベルに相当する(あるいはそれに近い)英語表現が、徐々に頭の中に蓄積されていくことだろう。その蓄積が進んでいけば、いずれ必ず、スラスラとその英語表現が口をついて出てくる日が来るにちがいない。結果を焦らなくとも、練習を続けていけば、自然とそういう日が来るものである。その日を楽しみにしつつ、気長に練習を積み重ねていきたいと思っている。

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2007年2月 1日 (木)

BBCのLearning English

以前に本欄で、NHKラジオやCNN ENGLISH EXPRESSを活用するようになったと書いたことがある(たとえば昨年8月25日9月8日)。しかしその後、実は、自宅での英語の勉強のための素材を、イギリスBBCのウェブサイト上にあるLearning Englishに変えた。理由は次の二つである:

①CNNは当然アメリカ英語だが、私にはイギリス英語の方がより必要であること。

②NHKラジオを聞いていたUSENの聴取料が、家計にちょっと負担になってきたこと。

①について補足すると、もし私がこの先留学することがあるとしたら、それはアメリカではなく、イギリスになるだろう。というのも、ハイエク研究の世界で、たしかに経済学の分野なら、アメリカでの研究が盛んだが、政治思想の分野なら、それはイギリスだからである。それに、何故かは分からないが、私の好みに合うのも、実はイギリス英語の方なのである。なので、最近では、BBCをもっぱら活用している。

②USENにNHKラジオ英会話のチャンネルがあり、一日中繰り返し放送されているので便利であることは、以前にも書いたとおりである。しかし、その聴取料は毎月6000円弱であり、これがなかなかバカにならない。今年の4月からは娘を私立の幼稚園に行かせることになっているので、その教育費を考えると、我が家にとって、USEN放送の聴取は“贅沢”になってきたのである。もともと、最初から自ら進んで契約したのではなく、一昨年の4月にチューナーがクジで当たったことがきっかけで契約を結んだというのがその経緯だったから、是が非でも聴取したいと思っていたわけではないので、やめても支障はないのである。とはいえ、最低2年間はサービスを利用する約束だから、いま解約すると違約金が発生するが、その違約金の額はあと2ヶ月の聴取料よりも高いから、今度の4月になるのを待って、解約するつもりである。要するに、私のUSEN利用動機は、音楽を聴くことではなく、もっぱら英語学習のためだったが、英語学習のための素材なら他にもっと、私に向いたものがあった、ということなのである。

以上のようなわけで、最近ではBBCのLearning Englishのコーナーを活用するようになった。何よりも無料で使えることが大変ありがたい。その中のWords in the Newsでは、時事英語に出てくる表現を学べるし、時事的な話題についても知ることができる。また、Quizzesでは、クイズ形式で文法問題をオンラインで解答できるようになっている。その他にもいろいろなコーナーが用意されているが、今のところ、私が活用しているのは、以上の二つである。

というわけで、最近の私は、BBCを英語勉強に活用している次第である。

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2006年10月12日 (木)

ECCの中間テストを受験

今日は、毎週木曜日に通っているECC難波校での中間テスト(Mid-term Test)の日だった。私は時事英語クラスなので、テストも時事英語を内容としたものだった。リスニング・パートとリーディング・パートに分かれていて、前者が30分、後者が40分、計70分間のテストである。

毎年4月から始まるECCのレギュラー・コース(毎週定期的に通う1年間のコース)では、年に3回のテストが用意されている。10月のMid-term Test、1月の実力テスト、それに3月のFinal Testである。私のクラスで言えば、10月と3月のテストが時事英語に関するものであり、1月の実力テストはTOEICに準じた内容である。したがって、時事英語テストは昨年度末の3月に受けたFinal Test以来、半年ぶりだったことになる。

さて、その手応えのほどはというと、リスニング・パートは以前に受けたどのテストよりも、よく聞き取れたような気がする。いくつかの聞き取れない箇所もあったが、ほぼ理解できた。もちろん結果が出てみないと何とも言えないのだが、リスニングに関しては、確実に実力が上がってきているように思う。

その一方で、リーディング・パートの方は、以前と同じような出来具合だった。相変わらず「まぁまぁ出来た」という感じである。

以前の私のテスト結果には、リスニングよりもリーディングの方が出来が良いという傾向がずっと続いていたのだが、もしかすると今回はリスニングの出来がリーディングに追いついているかもしれない。

リスニングの力が向上してきているのは、以前に本欄の9月10日に書いたように、やはりシャドゥイングなどの日々の練習が功を奏しているからだと思う。その点ではうれしく思っている。

だがその一方で、リーディング力が現状維持にとどまっていることには、「これではいかんな…」という思いがした。私が購読している英字新聞はInternational Herald Tribuneであるが、普段、分からない単語はとばして、大体の意味をつかんでいるだけにとどまっていた。しかし、それを読むときに、もう少し丹念に語彙を増やしていれば、時事英語のリーディング力も伸びていたはずなのである。ところが実際にはそれがあまりできていなかったので、今回の手応えも以前と変わらなかったのであった。要するに、リーディングに関しては、さらなる向上のための練習が不足していたのである。

そんなわけで、次の時事英語テストである3月のFinal Testに向けては、リスニングとともに、リーディングの練習にも力を入れたいと思う。

ちなみに、私の現在の年齢は37歳である。私が10代の頃、英語力に関しては「若いうちでないと伸びない」ということをよく聞いたものである。たしかに若いうちに練習しておくことは非常に大切なことだろう。しかし、だからといって、たとえば30歳を過ぎたからといって、あきらめてしまう必要は全然ないと私は思う。たとえ37歳の私でも、日々コツコツと練習すれば、やはり伸びるのである。

だから読者の皆さんのなかで、もしも私と同じ、あるいはそれ以上の年齢で、その年齢を理由として諦めてしまっていた人がおられたとしたら、そうではなくて、これからでも自分の力を信じて、日々コツコツと練習していかれればよいのではないかと思うのである。

ましてや、まだ20代の学生諸君には、もっともっと自分を信じて努力してほしい。諸君が自分を見限ってしまうのは、あまりにも勿体ないことだ。若さを生かして、是非とも頑張っていってほしいと思う次第である。

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2006年10月 5日 (木)

基本英単語のコアイメージを身につけよう!

英書講読の受講者諸君へ

英文を読んでいくときに必要な力は文法力と単語力であることを前回述べたが、今回は単語力をのばしていくためのアドバイスを書いておくことにしよう。

授業で取り上げるような、なかなか本格的な英文を読んでいく際には、もちろん、いろいろな単語をたくさん覚えていく必要がある。それを単なる丸暗記の苦痛な作業にしてしまうのではなく、納得しながら面白く覚えていく方法はいくつかあるのだが、それについては授業中に取り上げる単語の意味を解説していくときに一つ一つ説明していくとして、ここでは、それ以前に必要な基本的な力を身につけていくのに、うってつけの番組がこの10月から放映されていることを紹介しておこう。

それは、以前から本欄でも何度か言及している次の番組である:

新感覚 キーワードで英会話 NHK教育テレビ

この4月から9月まで放映されていたのだが、おそらく好評だったからだろう、この10月2日から、再放送されているのである。

この番組で取り上げられる単語はどれも中学レベルのものばかりだが、実はこれらの基本語のコアイメージを正しく身につけておくことが、非常に大切なのである。

たとえば、諸君は次の単語はすでに知っているにちがいない:

go / come

諸君はこれを「行く」 / 「来る」 と暗記しているのではないだろうか?

ところが、たとえば家でお母さんに「ご飯ができたよ」と言われたときに、「いま行きます」と答える場合、実は、

I'm going now. ではなくて、I'm coming now. と言う。つまり、goではなくてcomeが使われるのである。

これにはちゃんと理由があって、go / come のコアイメージさえシッカリとつかんでおけば、「なるほど!」と納得できることになる。このgoやcomeといった基本的な単語であればあるほど、辞書で調べてみると実にたくさんの意味が載っているのだが、それらの意味は互いに無関係なのではない。むしろ、それらはすべて、そのコアイメージから派生したものであって、そのコアイメージをつかんでおけば、その意味の広がりもスムーズに理解できるようになる。そうすると、英単語の面白さが、分かってくるのである。

この番組は月~木の午後11:00~11:10の放送であるが、毎週日曜日の午前7:00~7:40に再放送があって、その週の放送をまとめてみることができる。さらには、翌週の月~木の午後0:00~0:10にも再放送されている。今からでも遅くはないので、テキストも購入して(定価はたったの350円である!)、ぜひともこの番組を見ることを強くお勧めしておきたい。

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2006年9月30日 (土)

英文法力を身につけるために

英書講読の受講者諸君へ

10月3日(火)2時間目より秋学期の英書講読が始まるにあたって、時間の制約上、授業中にはおそらく充分には伝えられないかもしれないことについて、あらかじめここでお伝えしておきたい。

4月にも言ったことだが、この授業の1年間を通しての大きなねらいは、次の2つである:

①英語「を」読む:英文自体を理解できる能力を身につける。
②英語「で」読む:英文で書かれている内容・テーマについて理解し、物事を考えるための手がかりとする。

この2つのうち、春学期(4~7月)に行なってきたことは、もっぱら①の方であった。というのも、①ができなければ、②はおぼつかないからである。

この秋学期では、②に重点を移すことにする。というのも、英書講読の本来のねらいは、むしろ②の方だからである。本当は、この英書講読という授業では、①を当然の大前提として、もっぱら②に専念することが想定されているのである。

ところが、実際には①の力が必ずしも十分に身につけられていない場合が大いに考えられたため、あえて春学期は①に専念してきたのであった。

しかし、①にのみ専念してばかりもいられない。先にも述べたように、その本来のねらいはむしろ②の方だからである。春学期中に①について取り上げられたトピックの分量には限りがあったが、それもやむを得ないことであった。あまりにペースを速くしても、ついてこれない受講者が続出する恐れが多分にあったからである。

したがって、これから先、①については諸君の自主性に委ねるしかないことになる。

そこで、諸君が①の力を自分で身につけていくにあたって、大変参考になる本を、ここでいくつか紹介しておくことにする。

そもそも、①にとって不可欠なのは、次の2つの力である:

(a)文法力
(b)単語力

この(a)と(b)のうち、春学期の授業で解説に力を入れたのは、(a)の方であった。サブテキストに指定していた『ビッグ・ファット・キャットの…』は、英文法の基礎中の基礎を分かりやすく解説してくれていた本である。

しかし、これは実は初歩中の初歩を解説してくれているのみであるから、入り口としては最適であったものの、これだけではやはり不十分である。なので、授業では他の教材もコピーして配布したが、それでも、授業中にできることには自ずと限界があった。

そこで、これから先、諸君が自分で勉強しようとする場合に非常に有用な本をここで紹介しておこう。それは、大西泰斗/ポール・マクベイ共著の次の3冊である(授業で配布したコピーはこれらの本からだった):

『ネイティブスピーカーの英文法絶対基礎力』(研究社)
『ハートで感じる英文法』(NHK出版)
『ハートで感じる英文法 会話編』(NHK出版)

この3冊の中でも、特に英語の本を読むにあたって、「どれか1冊だけを挙げてほしい」と言われるとしたら、私は『ネイティブスピーカーの英文法絶対基礎力』を勧めておきたい。「絶対基礎力」と銘打っているように、この本があれば、諸君は英語を読みこなしていくのに必要不可欠な文法事項を、しかも非常に分かりやすく、学び直せるにちがいない。というのも、この本のねらいは、丸暗記だけの文法から脱却して、「ネイティブが感じているように英語を感じる」ことができるようになることだからである。この本を読めば、「目からウロコが落ちる」ことが多々あるにちがいない。とにかく、非常に面白く、しかも「ためになる」本である。

あとの2冊『ハートで感じる英文法』シリーズは、昨年7~9月と今年1~3月にNHK教育テレビで放映され、非常に大きな反響を呼んだ番組のテキストである。DVDも別に販売されているので、気軽に英文法を楽しんで学びたいという向きには、こちらからの方が入りやすいかもしれない。

さて、もう一つ、(a)文法力だけではなく、(b)単語力も大変重要なのだが、この単語力を身につけていくのに良い本については、本欄の次回の記事で紹介させていただくことにしよう。

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2006年9月20日 (水)

NHKラジオ「徹底トレーニング英会話」も聴いています

USENでNHKラジオ英語講座を聴いていることは以前にも述べたとおりだが、その時に述べた「英会話入門」と「英会話上級」に加えて、今月からは新たに「徹底トレーニング英会話 Let's Practice!」も聴くようになった。テキストも購入して聴いている。

この「徹底トレーニング英会話」は、コンテンツ・クリエーターの岩村圭南氏によるもので、その狙いはズバリ、「英語の筋肉を鍛えます」というものだ。“徹底トレーニング”と銘打っているだけあって、音読を中心とした実に様々な練習方法が用意されている。毎日練習するにはうってつけの教材である。

私がなぜ、この講座も聴くようになったのかというと、もっと英語を「話せる」ように練習したかったからである。最近ではリスニング力が伸びつつあることを実感できているのだが、「話す」となると、なかなかスムーズに、まとまりのあるフレーズが口から出てこない。つまり、岩村氏の言う「英語の筋肉」の鍛え方が足りないのである。そこで、この講座に従って、日常の英会話も練習していくことにした。

実を言うと、この岩村氏によるNHKラジオ英語講座を聴き始めたのは、これが初めてではない。正確な年は忘れてしまったが、数年前にも一度聴いていたことがある。その当時の講座名はその後半部分が"Let's Speak!"となっていたが、講座自体のコンセプトは当時も同じであった。つまり「英語の筋肉を鍛えます」である。たしか、この講座が初めてNHKラジオで始まったとき、岩村氏が「これは“体育会系”の講座です」といった主旨のことをテキストで述べておられたように記憶している。要するに「練習あるのみ」という講座なのである。

その体育会系の英語講座を私は数年前にも聴いていたのだが、その時には、恥ずかしいことに、長続きしなかった。それには主に次の二つの原因があったように思う。ひとつは、その当時はまだ、自分のハイエク研究において手探り状態が続いており、そちらの方を最優先せざるを得なかったことであるが、もう一つの理由は、ネイティヴ・スピーカーの英語感覚を、その当時は今ほど理解して身につけてはいなかったことである(もちろん、今でもその英語感覚を完全にマスターできたわけではないが…)。そのために、岩村氏が豊富に提供して下さっていた練習の素材を、テンポよく吸収できずにいたのである。

なぜテンポよく吸収できなかったのかというと、素材として提供されている英会話の文章の意味を、「これが何故こんな意味になるのだろう…」とか、「ここで何故この単語が使われているのだろう…」といちいち立ち止まって考え込んでしまうことが、あまりにもしばしばだったからである。

たとえば、今月号のスキットの冒頭には、こんな簡単なフレーズが載せられている:

Thanks for inviting us over for dinner, Mr. Watanabe.
(夕食に招待してくれてありがとうございます、渡辺さん)

このようなフレーズに出くわしたとき、当時の私なら、「ここで何故“over”が使われているのだろう…」と考え込んでしまっていたはずである。当時の私には、たとえばこの“over”によって加えられているニュアンスがよく分からなかったのである。それについて深く考えることなく、とにかく丸暗記してしまえ!--と思うことが私にはできなかったため、そのたびに深く考え込んでしまい、しかもその答えが分からずに終わってしまう、ということがたびたびだった。そして、それに耐えられなくなったため、結局続けられなくなってしまったのであった。

しかし、幸いなことに、今ならそれが理解できる。それは、本欄でたびたび紹介している、大西泰斗・Paul C. MacVay両氏による一連の共著のおかげである。たとえば、上記の“over”の意味を今の私が分かるのは、次の書物のおかげである:

『ネイティヴ・スピーカーの前置詞』(研究社)

皆さんもきっと、この本を読めば、この“over”に込められた意味がお分かりになるだろう。ここで私が下手に説明するよりも、その説明はこの書に譲っておきたい。

それに加えて、この over のような前置詞・副詞のコア・イメージを理解できたのは、田中茂範氏による次のNHKテレビ英語講座のおかげでもある:

「新感覚 キーワードで英会話」(NHK教育テレビ,火~金午後11:00~11:10)

ちなみに、この番組は今年の4月~9月までの放送だったが、この10月からの再放送が決定したそうである(放送曜日は一部変更)。たいへん有用な番組なので、本欄の読者の皆様にも強くお勧めしておきたい。テキストも毎月購入しておかれるとよいだろう。もうすでに、10月号が発売されているはずである。

いずれにせよ、現在の私は幸いなことに、ネイティヴ・スピーカーの英語感覚に少しでも近づくことができてきたため、岩村氏の“体育会系”の英会話練習について行くのに、苦を感じなくなっている。むしろ、練習したくてウズウズするようになっていたのが、最近の私だった。なので、今では楽しく練習できるようになっている。

もう一つ、この“体育会系”の英会話練習に喜んでついていく気になった理由としては、もしかすると、「体を動かすことの喜び」を今月になって思い出せたこともあるかもしれない(これについては、本欄の9月4日同7日の記事をご参照下さい)。今週はちょっと、外で軽い運動をすることはできずにいるが、体を動かしたときの楽しみを今月の初めに強烈に味わえたので、「よぉし、練習するぞ!」という気持ちになりやすくなっていたのである。

そのようなわけで、今月に入って、NHKラジオ「徹底トレーニング英会話」で毎日練習している次第である。これからもコツコツ続けていきたいと思っている。

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2006年9月10日 (日)

シャドウイングの効用

『CNN ENGLISH EXPRESS』をフル活用して英語力を上げようと毎日練習し始めていることを前回書いたが、その練習の中で「これは効果的だな…」とつくづく感心しているのが、「シャドウイング」という練習法だ。

英語の聞き取り練習をしている人にはすでにお馴染みの練習法だと思うが、これは「スクリプトを見ないで、流れてくる英語をそのすぐ後から影のように繰り返す」というもので、なかなか難易度の高い練習法である。

このシャドウイングの練習をしていて分かったことは、「シャドウイングできない箇所は、本当の意味では理解できていない箇所である」ということだ。テキストにはもちろん英文(スクリプト)も載っているから、そのスクリプトを見れば意味が一応は理解できるのだが、いざシャドウイングをしてみると、それがうまくできない箇所がいくつも出てくる。そのたびに、その箇所を繰り返し音読練習をし、意味が即座に分かるようになるまで、さらにシャドウイング練習を続けるのである。そうしているうちに、だんだんと即座に理解できる箇所が増えてくるのが分かるので、なかなかやり甲斐のある練習である。

このシャドウイングの練習をしていて、初めて認識できたことがある。それは、次の2点だった:

①聞こえてくる音を「そのまま素直に」受け取ることで初めて、聞いたときに即座に分かるようになるということ。
②シャドウイングができるようになると、英文を「読む」のも早くなり、会話で使えるようになる表現も増えるということ。

①は当たり前のことを言っているようであるが、私には新たな発見だった。英文を見て理解できたとしても、それがどのような音として聞こえてくるかを同時に理解していないと、リスニングでは対応できない、ということ自体は、前から頭では理解していた。しかしながら、これまでの私は、「なんでこの英文がこんなふうに発音されるんだ!」という一種の反発心を、ネイティヴの話す、必ずしも一字一句きちんと発音されていない、ちょっと崩れた発音に対して抱いていた。このことを、練習していくうちに、自覚できたのである。

しかしそれでは実践的なリスニング力の向上は覚束ないだろう。そうではなくて、そこはやはり、聞こえてくる音を「そのまま素直に」受け止めて、その文字と聞こえてくる音とを自分の中で一致させていかなければならないのである。そのように素直になったとき、面白いことに、聞いて分かる発音が格段に増えてきたのである。

②も私にとっては、新たな発見だった。第一義的にはリスニング練習としてシャドウイングをしているのだが、それに伴って、自然とその英文を「読む」のも早くなり、会話で使える表現も身についていくのである。たとえば、「~の進路を追う、~の動向を追跡する」というのは英語で keep track of~というが、これをたんに目で読んだときに受動的にそう理解できるだけではなく、自分でも使える表現として、自然と身についてしまうのである。シャドウイングのときに即座に理解し、後から影のように繰り返すことができるようになると、「読む」力も「話す」力も、同時に伸びるのであった。

「聞く」「読む」「書く」「話す」--これらは決して別々のものではない、ということは、頭では分かっているつもりだった。しかし、それを本当に肌で実感したのは、これが初めてだったのである。

もっとも、この「シャドウイング」というのはなかなか高度な練習法であり、その前提として必要なのは、英文を「日本語の順番に当てはめて、後から訳し上げる」のではなく、「聞こえてくる順番に、英語の語順で文の頭から情報を処理していく」というやり方に慣れておくことである。これを、『CNN ENGLISH EXPRESS』によると、「区切り聞き」というそうであるが、この「区切り聞き」に慣れておいてから、これをもっとスピードを上げて、聞こえてくる英文をその順番で次々と処理していく練習となるのが、シャドウイングなのである。

この「区切り聞き」で行われるために必要な、「英語が出てくる順番に、前から順に理解していく」ことを、まず英文を「読む」ときに私がスムーズにできるようになったのは、以前にも本欄で言及した、大西泰斗・Paul C. MacVay両氏による一連の共著のおかげであるが、ここでは特に、次の書を掲げておきたい:

『ネイティブスピーカーの英文法絶対基礎力』(研究社、2005年)1,575円

いずれにせよ、シャドウイングの練習によって、CNNのようなニュース英語への理解度が着実に上がっていっていることが実感できるのはうれしい。これからもコツコツと練習を続けていきたいと思う。

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2006年9月 8日 (金)

CNN ENGLISH EXPRESSのフル活用を決意

私が通っているECC難波校の時事英語クラスで使われているテキストの一つは、『CNN ENGLISH EXPRESS』という月刊誌(朝日出版社刊)である。アメリカの三大放送ネットワークの一つであるCNNから題材を集め、学習用に編集されたものだ。ECCでのテキストはもう一つあって、それはイギリスの公共放送局BBCから題材を集めたテキストであるが、こちらは月刊誌ではなくて、一冊で完結した書物である。毎週木曜日の授業プログラムは、CNN→CNN→BBCというサイクルで進められていく。

その時事英語クラスでは、BBCのテキストの方は15本のニュースしか収録されていないので、上記のサイクルで行なっても一年間で何とかほとんど全てを学習できるが、CNNのテキストの方は、その内容が盛りだくさんなので、そのすべてを授業で取り上げることはできない。また、毎月の号がテキストとして用いられてもいない。最初に4月号を少しずつ学習した後のテキストは、9月号にまで飛んでしまった。要するに、CNNの月刊誌をフルに活用することは、各自の自宅学習に任されているのである。これは1週間に1回しか授業がないという制約からして、仕方のないことだろう。

4月から7月までは、私の勤務大学での授業の持ちコマ数が週7回あって、授業をこなしていくだけで精一杯になってしまったため、CNNの月刊誌をECCでの授業以上に、自分で学習する時間を作れずにいた。しかしながら、その内容をよくよく見ていると、自宅学習用になかなかよくできているので、思い切って9月号からの毎月号を自主的に購入して、フルに活用していくことにしたのである。

そうしていざ始めてみると、「これはいいぞ…!」と思えるようになった。これを続けていけば、徐々にではあるが、着実に英語力が伸びていくことを予感できるのである。毎日学習を進められるように、うまく工夫して編集されているので、その気になりさえすれば、毎日練習できるのがありがたい。

実を言うと、これまでは、レッスン日の木曜日にのみ備えて何とか勉強を中断させずに済んだという状態だった。だが、今回、『CNN ENGLISH EXPRESS』をフル活用する決心をしてからは、練習を毎日続けることができ始めたのである。毎日の練習が何事を身につけるのでも最も効果的だから、今回、練習を毎日できるようになったことを大変嬉しく思う。

もっとも、このCNN月刊誌のニュース記事に添えられている文法解説自体は、従来の学校英文法に依然として忠実に書かれているが、私自身はそれには頼っていない。というのも、英文法については、『ハートで感じる英文法』(NHK出版)をはじめとした大西泰斗氏(東洋女子短大教授)とPaul C. MacVay氏(麗澤大学助教授)による一連の共著や、現在NHK教育テレビで放送中の「新感覚キーワードで英会話」の監修者・田中茂範氏(慶應義塾大学教授)の著作の方が、ネイティヴ・スピーカーが体得している言語感覚にまで根を下ろした生きた英文法を教えてくれているからだ。私が現在、このCNN月刊誌を使って学習する際に、あまり抵抗なくスムーズに進んでいけるのも、以前に生きた英文法を勉強できたおかげであることは間違いないのである。

ちなみに、田中茂範氏の著作については、本欄で以前に取り上げたことがあるので、詳しくはこちらを参照されたい。また、大西泰斗氏とPaul C. MacVay氏のオフィシャル・サイトもなかなか有用だと思う。

それにしても、その生きた英文法を基盤として実践的な英語力を身につけていくためには、生の英語にたくさん触れていくしかないから、その意味で、『CNN ENGLISH EXPRESS』の毎月号をフル活用していくことは、私の英語力を着実に向上させてくれることだろう。毎日コツコツと練習に励んでいきたいと思っている。

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2006年8月31日 (木)

NHKラジオの英会話をUSENで聴いています(2)

本欄8月25日の記事で、NHKラジオ英会話をUSENで聴き始めたことを書いたときに、「英会話上級(講師:遠山顕氏)はテキストなしでも90%ぐらい分かる」と書いたが、今日、それを少し訂正しなければならないことが分かった。というのも、今週に入ってからの理解度は、80%ぐらいになったからである。

もちろん、「90%」というのもウソではなかった。その時には確かにそうだったのである。だが今週に入って、理解度は80%ぐらいになった。その原因は、素材が変わっていたからである。

90%のときは、ニュース仕立ての内容だった。ところが、今週は日常会話でよくあるシーンを想定した内容だった。その途端に、理解できる度合いが80%に落ちたのである。

同じ日常会話でも、難易度の少し落ちる「英会話入門」だと95~100%分かるのだが、「英会話上級」の日常会話となると、理解度が80%に落ちるのであった。

ここから分かることは、私の英語力に少々偏りがあることだ。難しく思える時事英語だと却ってよく分かることが多いのだが--といっても、そのニュースの分野にもよるが--それよりも内容的には易しいはずの日常会話だと、むしろ分からないことが増えてしまう。つまり日常的な英語の方が、却って私には訓練不足なのである。

実は、このことを自覚したのは今回が初めてではない。かなり以前に、本欄で同じことを書いている。それは、昨年11月26日の記事においてであった。そのときに私は「日常語からやり直す決意」を表明していたはずだった。

だが、それ以来も依然として、実際に私が触れる英語には圧倒的に時事英語や学術論文の英語が多かったため、日常語になると却って分からないことが増えるという状況が今でも続いているのであった。

とはいえ、一足飛びにこの欠点を解消できるわけではないだろう。コツコツと積み重ねていくしかあるまい。もしかすると、私の英語力におけるこのような状況は、これからもまだ続くかもしれない。しかし、自覚していれば、徐々にではあれ、日常語の分野でも力を伸ばしていこうと思えることだろう。これからも焦らず、着実に継続していこうと思う。「継続は力なり」なのだから…。

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2006年8月25日 (金)

NHKラジオの英会話をUSENで聴いています

最近、久しぶりにNHKラジオの英会話をまた聴くようになった。しかし、それを聴いているのはラジオでではない。USENで聴いているのである。

USENというのは、おそらくは昔の「有線放送」が現代的に衣替えしたものだと思うのだが、実は“有線”ではない。衛星放送を専用のチューナーで受信して聴くようになっている。そのUSENの番組の中に、NHKラジオの英語講座もすべて含まれているのである。一日中、繰り返して放送されているので、いつでも好きなときに聴くことができる。

そもそも私がUSEN放送を聴くようになったのは、本当にひょんなことからだった。あれは去年の4月に、TSUTAYAに行ったときに(何の用事で行ったのかは今ではもうスッカリ忘れてしまったのだが)、その出入り口付近でクジ引きを提供している若い青年に声をかけられたのである。

そこで立ち止まらずに帰宅するという選択肢もあったのだが、なぜかそのときは不思議に気を惹かれたので、そのクジを引いてみることにした。引いてみると、一本目はハズレだったが、もう一回引けるというので、また引いてみると、二本目で「当たり」がでて、それがUSENの専用受信チューナーだったのである。今思うと、あれはUSENのキャンペーン活動の一環だったのだろうと思うが、その当たりによって、専用の受信チューナーが無料でプレゼントされることになった。

実を言うと、私がTSUTAYAに行くことはめったにない。DVDやCDを借りるという習慣が、私にはないからだ。だからあのときに限ってなぜ行ったのか、今思い出そうとしてもどうしても思い出せないのだが、何らかの理由で行ったときに限って、そうやってクジに当たったのだから、面白いものである。

とはいえ、実際にUSEN放送を聴くためには、受信契約を結ばなければならない。その受信料がひと月約6,000円弱である。USENとしては、チューナーを無料でプレゼントしてでも、受信契約者を増やしたいという営業戦略だったのだろう。だとすると、あのクジの当たる確率がどこまで低いものだったのかも、もしかすると定かではないのかもしれない。

ともあれ、私としてはクジに当たったという幸運に舞い上がることなく、冷静に説明を聞いて判断したのだが、それでも受信契約を結ぶことを決めた理由は、その番組表のなかに、英語放送も多く含まれていたからである。アメリカの公共ラジオ局NPRや、イギリスのBBCラジオ放送が聴ける。NHKラジオの英語講座もすべて含まれていたことは上述したとおりである。もちろん、音楽関係の番組が圧倒的なのだが、その音楽もポップスなどだけではなく、クラシック関係もなかなか充実していたし、子供向けの音楽番組もあった。その番組表に惹かれたので、妻ともよく相談した上で、受信を決めたのである。

これまでは私のUSEN利用としては、もっぱら英語ニュースを聴くことだったが、そのすべてを理解できるわけではない。だから、それだけを聴いていると、時には、そのすべてを理解できないことがちょっとしたストレスになることもあるのである。

そこで、「聴いて分かる」という面白さを味わうために、最近では、NHKラジオ講座の放送も聴くようになったのである。主に聴いているのは、「英会話入門」(講師:高本裕迅氏)と「英会話上級」(講師:遠山顕氏)である。テキストなしで聴いても、前者は95%~100%、後者も90%ぐらいは分かるので、聴いていてフラストレーションがたまることなく楽しむことができるのは、やっぱりうれしい。

もう一つうれしいのは、以前に(おそらく2,3年前に)NHK講座を聴いていたときよりも、リスニング力がかなり上がっていたことだ。「英会話上級」に出てくるナチュラルスピードの英語ニュース仕立てのものも、初めて、しかもテキストなしで聞いてみても、その大半を理解できる自分を発見したときはとてもうれしかった。それは、少しずつでも、ECCにも通いながら、コツコツ練習を積み重ねてきた成果だと思う。

それでもやはり、初めて聞く単語や聞き慣れない表現も少しは出てくるので、テキストも買うことにした。現在発売中なのはすでに9月号なので、8月放送分の残りはテキストなしで聞き続けることになるが、9月からはテキストも持って聴くことにしようと思う。番組の内容以外にもおもしろい情報が載せられているのもなかなか興味深い。

そんなわけで、最近ではUSEN放送でNHKラジオの英会話を再び聴き始めた次第である。

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2006年6月27日 (火)

チャンクでつなげていく英会話:『英語感覚が身につく実践的指導』を読む

本欄の6月20日の記事で、NHK教育テレビの「新感覚 キーワードで英会話」を担当されている田中茂範教授(慶應大学)の編集された『Eゲイト英和辞典』のことについて触れたが、今日は、同じく田中教授(と佐藤芳明氏・阿部一氏の三氏の共著)の『英語感覚が身につく実践的指導:コアとチャンクの活用法』(大修館書店、2006年6月刊)について、書くことにしよう。

この本を手に入れたのはつい最近だが、この本にも大変参考になることが書かれてあった。そのうち単語のコア・イメージを知りそれを身に付けていくことの重要性については、『Eゲイト英和辞典』と共通するので、今日は「チャンクの活用法」について、これまで漠然と感じつつあったことが本書に明確に書かれてあったことを、読者の皆さんにお伝えしておきたいと思う。

私がこれまで漠然と感じつつあったが、それがまさに明確に書かれていたこととは一体何であったのかというと、それは、会話の場合、「何かを話そうとした場合、完全な文がいきなり浮かんでくることはなく、むしろ表現断片が呼び起こされ、それに新たな表現断片を先行断片に連鎖化させることで、言いたいことを表現する」(『英語感覚が身につく実践的指導』p. 187)ということである。この表現断片のことを、本書では「表現チャンク」あるいは単に「チャンク(chunk)」と呼び、それが別のチャンクを呼び起こすという連鎖反応のことを「チャンキング(chunking)」と呼んでいる(p. 187)。

つまり、現実の会話においては、論理的に完結した文章がはじめから完成された形で述べられるのではなく、言い直し、ためらい、言い換え、繰り返しなどといった試行錯誤がされていきながら、ある表現断片(チャンク)が、連鎖反応的に次のチャンクを呼び起こし、そのチャンクの連鎖によって、結果としてある文章が編成されていくというのである(pp. 185-189)。

実際、インタビューにおける会話の聞き取り練習をしようとすると、きれいな文章がよどみなくながれていくというのではなく、まさに言い直し、ためらい、言い換え、繰り返しなどといった試行錯誤がされていきながら、会話が次々と展開されていく。したがって、その教材で文字化された英文を読むと、文の最初と最後で必ずしも首尾一貫していない場合が多い。たしかに、全体としてはおおまかな意味が共通しているのだが、それが書き言葉におけるように最初から完成された文章として語られているのではないのである。

このことは、英会話の上達に向けて、非常に大切なことを意味している。それは、「即興で、英文を話す、つまり、意味を編成するとはどういう営みであるかが分かるはずである。それは、文を作るという認知的負荷を下げることにもつながり、気楽に英語を話すことの弾みになる」(p. 205)ということである。

この「気楽に英語を話すことの弾み」となるもう一つのこととして本書で挙げられているのは、「単語が足りないという思い(幻想)を捨てる」ということである。つまり、「もちろん、必要に応じて単語の駒数は増やしていく必要はあるが、とにかく持ち駒を有効利用することが肝心である」というのである(p. 243)。

たとえば、本書では「花を生ける」という表現を英語にしようとする場合が挙げられているが、その場合、arrangeが思い浮かばなければ、put flowers in a vaseでもよい、というわけである。そこにelegantlyを加えれば、より一層、本来言いたいことに近づく。いずれにせよ、こうした状況でputを使うことができる、ということが重要なのである(p. 243)。

この「単語が足りないという思いを捨て、持ち駒で勝負する」ということに加えて、会話の途中で、相手から、自分のわからない単語を引き出すということもできる。本書で挙げられているのは、たとえば、I'm looking for...と言って「栓抜き」に相当する言葉が思い浮かばないとする。その場合、I don't know how to say it.とか、What do you call it? などのように、「単語がわからないんだけど、どう言うんだっけ?」と相手に聞くのである。それでもダメなら、I want to drink this.などと状況説明をするなどして、要するにあきらめないで意図を伝えるのである。そうすれば、相手から的確な表現(a bottle opener)を得ることができることもある、というのである(pp. 245-246)。それでもどうしても埒が明かない場合は、well, forget it, well anyway,などといって話題を放棄して、別の話題に行くこともできるという(p. 246)。

いずれにせよ、実際に英語で会話をしようとする場合、文を最初から完璧に組み立てて完成させた上で言わなければいけないとか、単語が足りないという思いから躊躇するのではなく、文を作るという思いを捨ててチャンクでつなげ、持ち駒の単語を使い切る、という姿勢で積極的に会話にチャレンジすべし、ということなのである。

このことは、私が以前から漠然と感じていたことではあったが、それが今回、本書で明確に力強く説かれているのに触れて、非常に意を強くした。もちろん正しい文章を作れることは大事だし、単語を増やすこともきわめて大切である。しかしそのことにとらわれすぎて、英会話に躊躇してしまうのも、大変もったいないことだろうし、それでは上達もできないだろう。とにかく練習を実際にしていかなければ、上達できないからである。

そのようなわけで、もちろん一方では正しい英文法を身につけたり、単語を増やしていく努力は継続していきつつ、躊躇することなく、手持ちの単語とチャンクでつなげていくこととで、思い切って英会話を実践していきたいと改めて決意した次第である。

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2006年6月20日 (火)

新たに英和辞典を購入

つい最近、新たに英和辞典を1冊購入した。新しく英和辞典を買うのは、ずいぶん久しぶりである。

新しく買ったのは、もちろん、英和辞典を持っていなかったからではない。書物形式のものも、電子辞書も、すでに持っていた。にもかかわらず、今回、新たに英和辞典を買ったのは、それがある新しい考え方のもとに編まれた、新しいタイプの英和辞典だったからである。

それは、田中茂範ほか編『Eゲイト英和辞典』(2003年、ベネッセコーポレーション)という辞典である。この辞典の面白いところは、基本語や多義語の中核的な意味(すなわちコア)の解説に重点を置いているということである。すなわち、そのコアイメージをイラストで図解して、視覚的に分かりやすく解説しているということである。

たとえば、short という単語を取り上げてみよう。私たちはこの語を「短い」と覚えてこなかっただろうか? しかし、この辞典によると、この「短い」という訳語は、short という英単語のコアを正しく捉えていない。それが証拠に、「短い」と覚えていると、次の英文の意味が分からないことになる:

We need eighty dollars, but we're still five dollars short.(80ドル必要なのだが、まだ5ドル……さて読者のみなさんは--とくに学生諸君に聞いてみたいのだが--どう訳すと思いますか? ちなみにこの例文は『Eゲイト英和辞典』p. 1518に掲載されている)

この最後のところを「5ドル短い」と訳してしまうと、わけが分からなくなるだろう。それでは一体、これはどう訳すべきなのだろうか?

実は、これは「5ドル足りない」という意味になる。どうしてこういう意味で short が使われるのだろうか?

『Eゲイト英和辞典』によると、short のコアは、「短い」ではない。そうではなくて、「(平均値・基準値・期待値に)届かない」というのが、この単語のコアである。そこから、「(長さや時間が)短い」という意味も出てくれば、「(数値・期間などが)不足の」という意味も出てくることになる。

この short のようなきわめて基本的な単語であればあるほど、その意味は(恐ろしいほどに)たくさんある。ためしに、go や come や run といった動詞を調べてみると、本当にたくさんの意味が辞書には載っているはずである。それをただ機械的に暗記しようとしても、到底覚えることはできないし、仮に覚えることができたとしても、その暗記作業は苦痛以外の何ものでもないだろう。

ところが、このコアさえしっかりと理解しておけば、そこから意味がいろいろな方向に派生していくことが、ひとつひとつ納得できる。そうすれば、機械的に無理に暗記しようとしなくても、自然と頭に入っていくことになるのである。

私がこの辞典のことを知ったのは、実はNHK教育テレビのある英語番組を見たことがキッカケである。それは「新感覚 キーワードで英会話」という番組である。

この番組は、take, give, get など、英語初級者でも知っている基本的で重要な単語を、目で見てイメージで理解できるように作られた、10分間の番組である。火~金の夜11:00~11:10の放送だ。私の場合は予約録画しているが、毎月出されるテキスト(定価350円)を読むだけでもいいだろう。基本単語を改めて基礎から身につけなおすのには絶好の講座だと思う。

このNHKテレビ講座の講師をされているのが田中茂範氏(慶應大学教授)であり、その田中氏の編集されている辞典が、上記の『Eゲイト英和辞典』(本体価格3100円)だったというわけである。

この英和辞典とNHK講座で、基本単語を改めて、正しいコアイメージを理解しながら身につけていくことを楽しんでいる今日この頃である。

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2005年11月26日 (土)

私の英語はまだ赤ん坊:日常語からやり直す決意

私は2年前からECCに英語を習いに行っている。研究の仕事に必要となるからだ。昨年は英会話クラスだったが、今年は時事英語クラスをとっている。通っているのは毎週木曜日の夜である。

一昨日は、今年度2回目のカウンセリングの日だった。自分の現在の英語力を振り返り、これからの課題を明らかにするのである。今回のカウンセリングで相談したのは、英語を「話す」ことについてであった。おかげで、自分の英語力の現状について、冷静に見つめ直すいい機会となった。

英語のレッスンに通い、また普段からできるだけニュース英語などに触れるようにしているおかげで、リスニング力については、このまま続けていけば着実に伸びていく手応えは感じ始めていた(完全に聞き取るにはまだまだであるが…)。

しかしながら、依然として、ディスカッションで自分の言いたいことが、私の日本語と同じレベルで言うことができない。今の私の英語力では、微妙なニュアンスを英語で伝えることができないのである。

私のこれまでの英語体験は、圧倒的に「英語→日本語」であった。それも「読むこと」にかんするそれである。最近は「聞くこと」の方にも徐々に慣れてきたが、「読むこと」にせよ「聞くこと」にせよ、あくまでもそれは英語の“インプット”である。

しかし、それだけではいよいよ飽き足らなくなってきた。今度は「日本語→英語」、すなわち英語の“アウトプット”をしたくてたまらなくなってきたのである。あるいは、「日本語でまず考えてから、それを英語で言う」のではなく、むしろ思い浮かんだ内容を、日本語を介さずにダイレクトに英語で表現したくなってきた、という方が正確かもしれない。

そういう観点から自分の足元を見つめなおしたとき、自分の身の回りにある身近なものを英語でどう言い表せばいいのか-それが分からないものがたくさん、実にたくさんあふれていることに、今さらながら気がついた。いわば、まだ言葉を覚えていない“赤ん坊”のような気分になったのである。

以前に買って本棚に置いておいた『話すための英語:日常会話編』(井上一馬著、PHP新書、1999年)を手にとって改めて読んでみると、その上巻まえがきには、次のように書いてあった:

日本で行われている英語の試験は、大学受験を筆頭に今でもまだ論説文を中心にした長文読解に重点が置かれているため、〔中略〕日常会話とかなりかけ離れた抽象的な言葉や難解な文章をまず勉強しなければならなかったから〔話せるようになることが至難の業だったの〕です。〔原文改行〕しかしながら、それをやってしまうと、土台ができないうちからその上に家を建ててしまうようなもので、いつまでも英語力がフラフラと安定しないものになってしまいます。頭でっかちになってしまうのです。(10頁)

まさにこれまでの私の英語力は「頭でっかち」だったのであり、土台のシッカリしないフラフラのものだったのである。中級程度から上級・最上級へと伸びていけなかったのも当然であった。

「私の英語はまだ赤ん坊」-今さらながらこう自覚できたことで、かえって非常にスッキリした気分になった。それなら、ちょうど我が家の2歳になった娘が今ちょうど言葉を覚え始めたように、私もいわば、英語の世界に生まれて今まさに言葉を覚えようとしている赤ん坊のように、日常語から覚えていけばよいのである。そうすることで、もっともっと英語が好きになれるに違いない。

そのような訳で、いわば“英語の赤ん坊”のような気分で、日常語からやり直す決意をした次第である。

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