2009年1月13日 (火)

新居での早起き生活

新年が明けてから、はや13日目となった。その間も、引っ越し後の整理整頓などで、なかなか落ち着かなかったのだが、ここにきてようやく、落ち着いてきた。また、これまでは、まだここが自分の家という実感が少なく、住んでいるというよりも「泊まっている」という感覚だったのだが、最近やっと、ここに「住んでいる」という実感が徐々にわいてくるようになった。

引っ越し作業とその後の整理整頓に明け暮れている間は、仕事が手につかなかった。朝早く起きて研究の仕事をすることもままならず、むしろ朝早くに起きられない日々が続いた。もっと正確に言うと、4時台には必ずと言っていいほど、いったん目が覚めるのだが、そのときに布団から出て起き上がる勇気が出なかったのである。そのため仕事がはかどらないというフラストレーションがたまっていたのだが、昨日からようやく早起きができるようになったので、そのフラストレーションも解消された。

私の場合、不思議なことに、4時頃に必ずいったん目が覚めるので、大切なのはそこで“二度寝”をしないことだ。そんなに早く起きても、案外、日中にあまり眠たくならないのである。もちろんそのためには、夜早く寝なければならないが、やはり、少なくとも私の場合は、研究には早朝の時間を利用した方が、その他すべてのことも順調に運んでいくための鍵である--ということを再認識させられた。

そのようなわけで、幸い、新居での生活にもかなり慣れてきたので、これからは、この新居での早寝早起き生活を定着させたいと思う。そのために大切なことは、遅くとも10時までには床に就くこと、そして4時台に目覚めた時に、いさぎよくスパッ!と起き上がることである。

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2008年12月27日 (土)

引っ越し作業を終えて

昨日の26日、これまでの貸家から新築した家への引っ越し作業を終えた。依頼した業者は「アリさんマークの引越社」だったが、大変スムーズに、しかも気持ちよく作業を進めてくれたので、非常に有難かった。

昨日はその他にも、インターネットやテレビ、電話の設定作業もあった。ケイ・オプティコムのeo光サービスで、ネット・電話・テレビのすべてをセットで申し込んだので、その工事や設定作業も、業者の方にしていただいた。そのため、今回の引っ越しで関係業者の方すべてが我が家をあとにされたのは、結局、午後6時頃となった。

これで荷物の運び込みは終わったが、まだ段ボールが山積み状態のままなので、その片付け作業が残っている。否、その前に、これまで住まわせていただいた貸家を引き渡すため、年内にその掃除や片付けも済ませておかなければならないから、今年いっぱいはギリギリまで、そうした作業に従事することになりそうである。

この新居に移り住んでからまだ2日目にすぎないので、まだまだ慣れないことが多いのだが、それでも、住み心地が格段によくなったことは、もう既に実感できている。というのも、断熱性が飛躍的に向上したため、以前までのような肌寒さを冬の早朝に感じずに済むようになったからである。また、日当たりも非常によくなり、晴れていれば、日中は1階の部屋でも照明をつけなくてもよいほどになったのも嬉しいことである。

それ以上に大きな喜びだったのは、やはり、ソーラーパワーである。操作パネルで確認してみて驚いたのは、もう余剰電力の売電がかなり行われていたことだ。今この文章を書いている時点で、すでに109.87kwが売電されていたのである。

もっとも、これは、ソーラーパネルが設置された日から昨日までの間、自分たちで事前に荷物を運び込みに来た以外は、ほとんど全くこの新しい家にいなかったから、太陽光で発電された電力のほとんど全てが余ることになったからだろう。しかし、すでに実際に暮らし始めた今日も、晴れの天気だったためだろうけれども、エアコン暖房をつけなければ、たとえテレビや洗濯機を動かしていても、余剰電力が発生していたことは、嬉しい驚きだった。

もう一つ大きな喜びは、英語ニュース番組をいつでも視聴できるようになったことだ。eo光テレビの場合、視聴できるのはイギリスのBBC WORLDではなくて、アメリカのCNNj だが、いずれにせよ、英語ニュース番組を好きな時にいつでも視聴できるようになったのも、非常に心が躍ることである。

こうして、いよいよ待望の新居生活が始まった。一日でも早く荷物の整理作業を終え、落ち着いて研究の仕事が自宅でできる状態にしたいと思っている。

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2008年12月 2日 (火)

テレビは夜8時まで

今日から我が家では、テレビやビデオを見るのは夜8時までとすることにした。その方が翌朝の目覚めがもっとよくなり、生活のリズムが整うと考えたからである。見たい番組がある場合には予約録画しておいて、翌日以降の夜8時までの時間に見ることにするのである。

それから、だいたい6~7時台に食べることにしている夕食時には、テレビを一切つけないことにした。その方がごはんをおいしくいただけるし、5歳の娘も食事に集中するようになるだろうからである。今日のおかずのメニューは、マグロの酢豚風と、豆苗--妻によると“とうみょう”と読むのだそうだが--のゴマ和えだったのだが、テレビをつけずにいただいていると、それをどう調理しているかに興味がわき、妻にそれを聞きながら、非常においしく味わって食べることができた。大変嬉しいことである。

また、就寝時間については、娘は9時と決め、私は10時に就寝することにした。ブログの更新は、その前の9時台に行う。そうすれば、長らく滞ってきた本ブログの更新が、今後再び進んでいくだろう。

そうして生活のリズムを整えれば、早朝の時間も有効に活用できるようになると思う。ともあれ、これからは、テレビをつけない夜8時以降の時間を、交感神経を鎮めて、質の良い睡眠に入るための静かな時間とすることにしたい。

--そうこうしているうちに、10時を少し過ぎてしまった。それでは、おやすみなさい…。

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2008年11月10日 (月)

洗濯物を干した一日

先週来ずっとひいていた風邪もようやく治り、体調も回復した。今日は授業のない日だったので私は自宅にいたが、妻が幼稚園の「母の会」の役員を務めており、今度の日曜日にあるバザーの準備で一日外出していた。

その妻が気にしていたのが、洗った後まだ干していない洗濯物がたくさんたまっていたことだった。そこで、今日は私がその洗濯物係を務めることにした。ベランダに干したり、コインランドリーに出かけて行って乾燥機にかけたりした。たくさんあったので、自宅とコインランドリーを、自転車で3往復することになった。乾かした後の服も全部たたみ、タオル類をいつもの棚に入れるところまで行なうことができた。

そうして家事の仕事をしていると、非常に爽やかな気分になった。“働き者の自分”でいられたことが嬉しかったのである。監訳の仕事も少し進めることができた。明日からの仕事にも、晴れやかな気持で臨めそうである。

風邪をひくまでの私は仕事を焦って行おうとしていたが、それではかえって捗らないし、疲労もたまってしまう。なぜ焦っていたのかといえば、それは仕事のことを多かれ少なかれツライこと、シンドイことだと考えてしまっていたからだと思う。

そうではなくて、これからは仕事それ自体をもっと楽しむことにしたい。その方が、あせってやろうとするよりも、かえって捗るだろうと思う。時間を忘れるぐらい集中して、「いつの間にか、もうこんな時間になっていたのか…」というように没頭できるのが理想である。また明日から新たな気持で歩いていきたい。

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2008年5月 6日 (火)

緑のカーテン

今日、家族3人でホームセンターに行き、我が家の軒先でゴーヤ(ニガウリ)を育てるために必要なものを一式購入し、早速それを植えた。夏の到来に備え、“緑のカーテン”にするためである。この“緑のカーテン”が育てば、冷房にあまり頼らなくても、部屋を涼しくすることができる。ツル科の植物なら何でも良いのだが、実益もかねて、食べることのできるものにした。

Vfts0003 そうして出来上がったのがこれである。プランターにまずゴロ土を敷き、その上から野菜の有機栽培用の土をかぶせ、石灰をまぜる。その後、ゴーヤの苗を植え、最後に、ツルをはわせるための園芸用のネットを張って出来上がりである。

この作業をしたのは夕方だったのだが、近所の子供たちがちょうど遊んでいるときで、私たちがこの作業をし始めると、興味津々の様子で寄ってきたので、「それじゃあ、ここをこうしてくれる?」と声をかけてみると、みんな喜んで手伝ってくれたのが、大変微笑ましかった。

この苗が順調に育てば、この夏には我が家に緑のカーテンが出来上がるはずである。毎日世話をして、その成長を楽しみに待つことにしたい。

今日こうしてゴーヤの苗を植えることができたのは、そのためには何をそろえるのが必要か、妻があらかじめインターネットで調べておいてくれたおかげであった。感謝、感謝である。

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2007年10月 2日 (火)

毎日少しずつ着実に、そして部屋は整理整頓

昨日から秋学期の授業期間がスタートした。年末年始の休みを挟んで、来年1月までの4ヶ月間、授業が続くことになる。幸い、順調に滑り出すことができた。体にエンジンがかかってきたように思う。体力も徐々に回復してきたようだ。

やりたいこと、やるべきことは、なかなか沢山ある。試みに書き出してみよう。

○研究:来年3月までに論文1本執筆(そのための文献精読)、同じく3月までに春秋社刊ハイエク全集第Ⅱ期第5巻政治学論集の翻訳

○教育:隔週で週6コマあるいは8コマの授業(そのための準備を含む)

○委員会関係:学生委員会、広報委員会、FD推進委員会等の諸委員会の仕事

○クラブ・サークルの顧問:サッカー部、フットサル部、軟式野球サークル、ソフトボールサークルの練習を、時々見に行ってあげること(あまりできていない…)

○英語:通訳トレーニング入門(毎晩30分ほど)、ECC英会話学校への通学(毎週土曜日午前、ただし仕事が土曜日にも入ることが先月は多くて、ほとんど行けていなかったが…)

--などなどである。

これらの仕事をコンスタントにこなしていくためには、うまくスケジュールを組んで、毎日少しずつ進めていくことだ--と改めて実感している。それも、できるだけそのスケジュールを定期的なものとし、それを習慣づけた方がよい。授業の時間割は動かせないものとして定められているから、それ以外の時間に他のことを組み入れていくことになる。

週ごとの仕事のリズムが完全に定まるまで、まだもう少し手探りの状態が続きそうだが、今月半ばぐらいには、だいたいの要領が分かってくるだろう。どうやら研究の時間は、私の場合、やはり朝食前の早朝の時間を利用するしかなさそう(あるいはそれがベスト)である。

順調に滑り出せた大きな要因の一つは、部屋を整理整頓したことだった。研究室も自宅の部屋も、少々乱雑になっていたので、先月末に思い切って整理整頓を敢行したのである。おかげで、気分がスッキリした。

また、大学の仕事は自宅に持ち帰らないことにした。それにこれからは、夏・冬・春休みでも平日には大学に行って、休み期間中の研究は、自宅ではなくて研究室で行うことにした。私の場合、その方が生活のリズムにメリハリがつくことが分かったからである。現在、自宅に置いてある本を、毎日少しずつ、研究室に持って行っているところである。自宅では語学の勉強に限ることにした。その方が、自宅の部屋もきれいに保ちやすいからである。

いずれにせよ、大切なのは、そうしたリズミカルなスケジュールのなかで、毎日少しずつ進んでいくことだと思う。一気に進もうとしない方がよい。毎日着実に、少しずつ。少しずつでよい。その積み重ねが、大きな成果へとつながっていくのだから…。

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2007年9月22日 (土)

取り越し苦労は百害あって一利なし

最近、更新が滞ってしまっていたが、その間、10月からの授業開始に備えて、その準備に取り組んでいた。国際政治論のテキストを変更したので、主にその準備に追われている。

そうして準備しようとしていくなかで自分の性格について改めて分かったことは、万全に準備しようとする気持ちのあまりに、ともすると考えすぎてしまうことだ。要するに“取り越し苦労”してしまうのである。元来、慎重派であり、行動する前にいろいろと思考を巡らせるタイプなのだが、それが過ぎてしまうと、精神的なストレスになってしまう。そうして、自分で勝手に疲れてしまうのである。

真面目なのはよいことだが、心の余裕も大切だろう。「案ずるより生むがやすし」という諺もあることだし、取り越し苦労はやはり「百害あって一利なし」なので、これからは何事においても、もう少し楽観的に物事を考えるような人間でありたいと思う。

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2007年6月29日 (金)

環境家計簿で暮らしのCO2ダイエット

地球温暖化=気候変動問題をテーマとした総合演習(教職)の授業の一環で、「環境家計簿」を受講生諸君につけてもらうことにした。個人・家庭での取り組みへの意識を高めてもらうためである。実はわが家でもまだつけていなかったので、今月からつけ始めることにした。

「環境家計簿」にもいろいろな種類があるようだが、私の場合は、環境LOHASのホームページ掲載のものを使用することにした。ここには家庭内での活動による排出量のみならず、ガソリンの使用も計算することになっているから、移動に伴う排出も考慮されている。

これでわが家での今月のCO2排出量を計算してみたところ、239kgだった。上記の環境LOHASのホームページによると、日本の一般家庭の年平均が約3.5トン~6トンだから、月平均に直すと約290kg~500kgが一般家庭の平均排出量となる。わが家の場合239kgだったから、平均値を下回っていたことになる。これはなかなか嬉しい数字だった。普段からいろいろとちょっとしたことで、不必要な電気や水道の使用を控えるようにしてきた成果だったように思う。

とはいえ、改善の余地はまだまだある。とくにコンポストを活用してのゴミの削減は全く手つかずである。家庭菜園を持っているわけではないので、たとえ生ゴミやその他分解可能なものを堆肥化したとしても、その堆肥の活用先がまだ全く分かっていないのである。なので、コンポストもまだ購入していない。これは全くこれからの課題である。

とはいえ、わが家のCO2排出量が平均値を下回るものだったことは、やはり嬉しかった。これからも楽しく、ゲーム感覚で、「暮らしのCO2ダイエット」(これは東京電力によるキャッチフレーズだが)をすすめていきたいと思う。

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2007年6月16日 (土)

初めてのカメの世話

今日はじめて、我が家で飼っているミズガメの世話を私の手で行なった。これまでの私は、エサを時々やる以外のことを、このミズガメのためにしてやったことがなかった。ところが今日は、汚れた水の入れ替えや、甲羅の掃除といった世話まで、すべて私がしたのである。

このカメは、たしかもう7・8年も前から我が家にいるが、実は自らすすんで飼い始めたものではない。そうではなく、ひょんなことから、我が家で世話を引き受けることになったのである(その経緯はここには書かないことにする)。それ以来、私の父と母がよく面倒をみてやっていた。父母はこのカメに「カメ吉」(かめきち)という名前をつけた。父などは特に、休みの日になると、このカメ吉をよく可愛がったものである。ずっと水槽に閉じこめておくのは可哀想だというので、よく庭先に放してやっていた。そうして放しているうちに、いつのまにかどこかへ行ってしまい、「行方不明」になったことも3度ばかりあった。そのようなときには家じゅう大騒ぎで、必死に探しに行ったものである。幸い、その3度の行方不明事件にもかかわらず、カメ吉は無事に見つかり、今でも我が家で飼われている。

その父が2年前の4月に亡くなってからは、母が一人でその面倒を引き受けることになった。母も父に負けず劣らず、カメ吉の面倒をよく見てやっていた。最近では、近所の子どもに(悪気はないのだが)イタズラをされ始めたというので、勝手にフタをとられてイタズラされないよう、2本のヒモでフタをくくり、さらにはブロックをそのフタの上に置くという念の入れようだった。そんな様子をいつも見ていた私は、「自分からすすんで飼い始めたものではないのに、よくもまあ、これだけよく面倒をみてやるものだなぁ…」と感心していたものである。

そんなふうに、いつもそばで見ているだけだった私が、今日はじめてこのカメ吉の面倒を見ることになったのは、そうしなければならなくなったからである。

母は6月11日(月)午後1時15分、急性白血病のため、入院先の病院で亡くなった。65歳だった。翌12日に通夜を、13日に葬儀を済ませたばかりである。そのようなわけで、最近は教育にも研究にも全く手つかずの日々であり、葬儀の終わった後も色々な手続で多用な日々を過ごしてきたが、昨日あたりからようやく、少しは落ち着いてきた。

母は6月2日に入院したが、それ以来、同居していた私と妻のみならず、すでに自立して東京・大阪・京都・奈良とそれぞれの場所で暮らしている兄2人、姉1人、妹1人が急遽集まって、交代で病室での母の付き添いに明け暮れた(今月に入ってから本ブログの更新ができなかったのはこの理由による)。医者をしている姉の夫にも、京都からたびたび駆けつけてもらい、ずいぶん助けていただいた。その少し前から母は体調がすぐれなかったから、その間、我が家では誰も、カメ吉のことには全くかまってやれなかった。そうしてフト気がついてみると、カメ吉を飼っている水槽のなかの水は、淀んだ池の水のように濃い緑色になって、それはそれは大変な濁りようだった。その甲羅にも、その緑色のものが少なからず付着している。そんなわけで、今日私が世話をすることにしたのである。

父も母も他界した今、このカメ吉を飼うのはやめて、どこかの池にでも放してしまおうか--とも一瞬考えた。しかし、小さな頃から人の手で飼われて育ってきたこの小動物に、野生で生き抜いていくための能力はもはや残ってはいまい。また、もしもこのカメが外来種だったとしたら(まだ詳しく確認はしていないが)、このカメをどこかに放すことで、そこでの生態系に悪影響を及ぼさないとも限らない。それに何よりも、このカメ吉は、わが愛する父母が本当に可愛がってきた生き物である。それを今さら、その世話を、一緒に住んできた息子の私が放棄するわけにもいかないだろう--そう思って、その世話を私が引き継ぐことに決めたのである。

今日、その世話を初めて行なってみて、私の父母がいかに愛深い人だったか、よく分かった。イヌのように毎日散歩に連れて行く必要はないが、それでもいざやってみると、案外、手間のかかるものである。しかし、繰り返しになるが、このカメは、自らすすんで飼い始めたものではない。ひょんなことから、その世話を「引き受けた」に過ぎない。にもかかわらず、父も母も、本当によくその面倒を見ていたのである。

だから私も、今日からこのカメ吉の世話を引き継いでいこうと思う。ありし日の父母の姿を思い浮かべながら…。

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2007年3月19日 (月)

子どもと散歩

最近、春休みで時間に多少の余裕があるのを幸いとして、3歳半になる娘と、夕方に外で遊ぶ機会を、いつもより少しは多く取れるようになった。やはり子どもは、外で遊んでいるときが一番生き生きとしている。

今日は5時頃から家の前で少しボール遊びをしたあと、三輪車に乗って近くの田んぼに行った。幸い、我が家の周りにはまだアスファルトに覆われていない、土に触れることのできる場所が多少は残されている。今の季節はその田んぼには何も育てられていないので、子どもをそこで遊ばせることができる。土の道なら、走って転んだとしても(まだ転んだことはないが)、大きな石さえなければ怪我の心配はない。やはり子どもには、硬いアスファルトよりも、柔らかい土の方がはるかに魅力的なようだ。

今日はさらに、その田んぼからさらに足を伸ばしたがったので、歩いて5分ほどの小さな公園にも行ったが、今日はもっともっと足を伸ばしたがったので、そこからもう少し北に上がったところにある、溜め池へも散歩した。その溜め池までは初めてだったので、娘も興味津々だったようだ。

その溜め池は釣り堀も兼ねているようで(「会員以外の釣りを禁ず」という看板がかけられていた)、私たち親子が池沿いを歩いていると、おそらくフナだったと思うが、金網で隔てられている池の岸辺にドンドン寄ってきて、口を開けてエサを要求しだした。20尾ぐらいはいたであろうか。あいにくエサとしてあげられるようなものは何も持っていなかったし、そもそも勝手にエサをやってよいものかどうかも分からなかったので、我々はただそのフナたちを眺めているだけだったが、娘はやはり興味津々だ。空にはスズメなどの鳥も飛ぶので、その姿にも娘は感動して「あっ、トリ!」と生き生きと声を出して指をさす。

そうこうしているうちに、午後6時からの「アンパンマンくらぶ」の放送時間が近づいてきたので、三輪車の置いてあるところまで戻り(その途中までは肩車をした)、およそ1時間弱の散歩の時間を終えたのであった。「おとうさん、おさんぽ、たのしかったね!」と娘が喜んでくれるので、父親としても大変嬉しい。

こうして我が家では幸いにして、散歩しながら動植物に触れることのできる機会を多少は持てる環境があるのだが、散歩させている時にいつも非常に神経を使うのが、車である。というのも、道路が車中心に作られていて、歩行者にはあまり優しくない道が多いからだ。できるだけ車の通れない道を選ぶが、それでもどうしても車も通る道を使わなければならなくなるので、そんな道では抱っこして通ることにしているが、もう少し、歩行者に優しい道を作れないものか…と、散歩のたびごとに、街作りのあり方に思いを馳せるのである。

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